Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 友よ】

《第3週 火曜日 業後》②

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築地駅から道なりに進み、聖路加国際病院の前を通ってガーデンタワーを左に曲がる。川沿いの少し狭い道に入るとその店はあった。仰々しい問があり、塀に囲まれていて、よく手入れされた庭園が見える。
そういやこういうところだと靴は脱がなきゃいけないんじゃないか。替えとか持ってきてないし。もうやだ、ほんとに帰りたい。でも此処まで来て引き返して帰るわけにはいかない。門を潜ると、店の方が出迎えてくれた。
「すみません、大石悠さんの名前で予約が入っていると思うんですか」
「お連れ様ですね、ご案内いたします」
磨き上げられた廊下を案内されて、庭を眺めながら部屋に向かう。池には錦鯉が優雅に泳いでいる。明るすぎない程よく陰影のある柔らかい空間が心地よい。通された部屋は広すぎず、かといって居酒屋の個室風の小上がりのような狭さでもないちゃんとした個室で、他の部屋の声も聞こえてこない。
先生が来るまで何か先に飲み物は用意するか訊かれたが、そのまま待つことにした。しかししばらくすると、お茶を用意してくれたのでそれはいただくことにした。スマートフォンで暇を潰していると、やがて先程の案内の人に連れられて大石先生がやってきた。
「お疲れ様、待たせたねごめんね」
よく考えたら、おれが座っているのは奥の床の間の近くで、上座だ。どうしよう、先生のほうが目上だし、譲ったほうがいいのか。判断に迷ってソワソワしていると見抜かれた。
「気にしなくていいよ、今日はおれが招いたんだからそこでいいでしょ」
大石先生は慣れた様子で飲み物を頼み、料理も運び始めて良いと案内の方に伝える。この方が部屋の担当になるらしい。こちらが断らない限りは介添してすべて世話してくれるので、自分で鍋をあれこれしなくてもいいのだと。すごい、お金は力だ。
「そうだ、芝公園でお借りしたハンカチのことすっかり忘れてて。すみません後日探して洗ってお持ちします」
「え、気にしなくてもいいのに。おれ忘れてたよ?今の今まで」
こないだも芝公園で会ったときも思ったが、仕事を終えた大石先生はなんとなく、うまく言えないけど、学校で見るよりもだらっとしているというか、ゆるい感じがする。あのときは酔ってるからかな?と思ったけど、今の状態を見ているとどうもそうではないらしい。もしかしてこれが素なんだろうか。
部屋に運ばれた先付を肴に、先生は頼んでいた日本酒を飲み始める。おれは翌日を考えて飲まないつもりで炭酸水を頼んでいたけど、最初だけでいいからと勧められて一杯だけいただくことにした。すると、ふわりと芳しい香りが鼻を抜け、果実酒のような柔らかな甘味と細やかな酸味が広がった。喉の奥がじんわりと熱い。
おいしい、と呟くと満足そうな顔でもう一杯勧めてきたので、有り難く頂戴する。普段日本酒なんか飲まないのだけれど、出されるものが基本的に日本料理なので、合わないわけがない。ついつい無言で味わってしまう。
「長谷くんはわかりやすくて素直でかわいいな、玲が気に入るのなんかわかるなあ」
先生は心底楽しそうに言いながら、手酌で自分の杯に酒を注いだ。
「先生は、そのときどきで藤川先生のこと玲って言ったり、アキくんって呼んだりしますね」
「うん、最初はアキくんだったからね、どうしてもね。名前途中で変わってるから、本人も最初はなんて呼んでもらうべきなのか迷ってたよ」
ああ、そうか。事件のあとすぐに今の名前に変わったわけではないし、前の名前の時代の記憶もなくなったから、自己認識に戸惑ってたんだろうか。
「彼を引き取った、今のお父さんが、実の親が呼んでたのに倣ってアキくんと呼んでたんだ。中学校の先生方は玲くんとか藤川くんって呼んでたな。おれが玲って呼び方するようになったのはこの学校で再会してから、人前で呼ぶときだけだったから本当はアキくんって呼ぶほうが慣れてる」
食事を楽しみながら飲んでいると、結構大石先生のペースに巻き込まれて早くも酔いが回ってきた。先生お酒相当飲む人なんだろうか。自分で頼んでいた炭酸水をグラスに注いでもらって、少しだけ飲んだ。
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