Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 友よ】

《第3週 火曜日 午後》⑦

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頃合いを見て先生の携帯に発信して声をかけた。まだ眠そうな声ではあったが、もう起きて仕事していること、とりあえずサプリメントを摂ったこと、今日は籠もって書き物を終わらせること、一部持ち帰りになるので気にせず時間になったら帰っていいことを告げられた。
「なんかこないだからずっと何かしら書いてますよね、もしかして今準備してる論文とかですか」
「今は違うかなあ…授業で使うものもコレまでの蓄積があるし。けど、その時々で寄稿とか講演頼まれたりとかいろいろあるみたいですからねえ。まあ直接の犯罪被害者で、その後の回復経験や治療についての知見持ってたらそれなりに頼られるんだと思いますよ」
小曽川さんは引き続き淡々と仕事を進める。何をしているか尋ねると、先生に来た学生からの質問に代わりにメールで回答したり、先生の記述内容を補強するために同様の研究の文献を探したり、引用したいが絶版している書籍の貸し出しを問い合わせたり、先生に任されたことを着実にこなしていた。
手元に置いていたスマートフォンの画面のバックライトが点いて、メッセージの着信を知らせる。大石先生からだ。
「今日の晩ごはん水炊きでいい?」
完全に飲む気だ。いや、飲みに誘われたから飲みだけど、先生お酒強いのかな。おれは正直あまり強くないから食べる方メインになっちゃう気がする。でも、食べるったってそんなにバクバク食べる方でもない。話したいことはいっぱいあるから間が途切れるとかはないだろうけど、実際どうだろう。
「おまかせします、あまり飲めないですが好き嫌いはないです」
返信すると間もなく「ありがと、わかった」と返信が来た。そのあと猫のようなキャラクターのスタンプで「またね!」と送ってきたが、どう見ても雲間の向こうに敬礼した猫が消えかかってさよならフォーエバーしている。どういうチョイスなのかそれは。
とりあえず時間までの間、書庫にある本を読んだりしながら大石先生に何を話すか、何を訊くか、整理して合間合間にスマートフォンのアプリでメモした。
あと、その途中で芝公園で借りたハンカチを返し忘れていることに気づいた。ポケットに入れた気がする。家に持ち帰って、その後どうしたか定かでない。もし失くしてしまってたら新しく買って返さないと。それもメモした。
退出時間になる少し前、集中したいとき横槍入るとあからさまに機嫌が悪くなると聞いた後なので心配ではあったが、どうしてももう一度会っておきたくて書庫を出て先生を直接訪ねると、特にそんなこともなく先生はすんなり部屋に通してくれた。
「どうしかした?そろそろ帰る時間でしょ」
先生の机には沢山の本や封書が積み上がっていて、机の袖にあるキャビネットの上まで堆く埋まっている。
「いや、籠もるって書いてたからちょっと心配で…あまり根詰めないでくださいね。あと一個素朴に気になったことがあって…先生がLINEのスタンプ送ってきたこと無いから、ああいうの使うことあるのかなって」
「え?なんで?ないよ?何?急に」
うん、ですよね。納得。しかし、先生は席を立って怪訝そうな顔で俺に近づいてくる。
「あ、いえ、べつに、なんでもないんですけど…」
「嘘だぁ、なんか長谷あやしくない?何?」
腰に手を当てて見上げてくる先生は偉そう、いや実際偉いんだけど、何しろ小柄で華奢で、何と言っても顔がいい。近くで見るほど顔がいいって強みだなあ…と実感する。
「そんなことありませんよ、隠すほどのことありませんって」
「そんなこと言ってないじゃん、なんか隠してんの?」
しまった墓穴掘った。何も考えず、詰め寄ってくる先生を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
「なんでもないんです、先生スタンプ使わないから、おれから送るとき使ってもいいのかなって」
「そんなの好きにしたらいいのに、学生だって送ってくるやつはいるよ」
顔を上げた先生の額に、ゆるくカールした髪の上からそっと口づける。
「よかった、じゃあ次から使いますね。ほんとにそれだけです」
首を傾げて納得いかない顔で腕組みをして席に戻る先生の背中に声をかける。
「先生、先生も特に用事無くてもLINEくれていいですからね」
返事がない。怒っちゃったのかな。
「では、本日は失礼しますね」
「…うん」
その様子が気になりつつも、部屋を出て扉を閉めた。
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