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【2020/05 友よ】
《第3週 火曜日 午後》②
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一瞬、頭が真っ白になった。
「え、でも先生ひとりにしてほしいって」
「詭弁ですよそんなの」
そう言うと細かな黒い粒が混じった象牙色のマカロンを口に含み、ミルクティで潤しながら飲み込んだ。小曽川さんは全く落ち着いている。長くあの先生に仕えているのは伊達じゃない。
「あの人、不安とか辛いことあると思いつめすぎて自滅するから。思考を強制的にシャットアウトしないと潰れちゃう。さっき妙に機嫌良かったでしょ、ああいうときは危ないの」
冷えたペットボトルの水を一口飲んで、遠のきかけた意識を引き戻す。
「それは、小曽川さんが此処に来たときにはもう、そういう感じだったんですか大石先生と」
「いや、てかそもそもあの二人、一緒に暮らしてたんですよ。詳しくは知りませんけど」
おれはそんな人と連絡先まで交換して、夜飲みに行く約束してしまったのか。知ってたらそんなことしてないし、先生と肉体関係だって持たなかった。弁当そっちのけで頭を抱えて蹲っていると、おれの顔を下から覗き込むようにして小曽川さんが見てくる。
「だからおれ忠告したんですよお、長谷くん聞いてます?」
小曽川さんも大石先生も事前に知らせてくれていたのに、先生に振り回された挙げ句、その誘惑にまんまと乗って、家に上げてくれたり一緒に住んでもいいと言われて浮かれてしまっていた。またおれは好意を弄ばれたんだなと思うとひどく気持ちが落ち込んだ。
「はぁ、おれもう、本当、なんで人を見る目がないんですかね」
力なく呟いて、再び箸を手にとって食事を再開する。おそらくはこれもかなり質のいい肉を使ったお高い弁当なのだろうけど、なんかもう、味がよくわからない。
「でも長谷くんが悪いんじゃないですよ、たまたまあの人がああいう人なだけですよ」
優しく慰めるように背中をトントン叩いて小曽川さんは言うけど、おれは自分が好きになった人から碌な目に遭ったことが無い。昔からそう。小さい時遊んでくれた近所のお兄さんにしても、小学校の図書館の先輩にしても、佐藤さんにしても。そうなるとおれ自身にそういう要因がある気がする。それが具体的にどうとかないし、うまく言語化できないけど。
「あと、先生には内緒にしてほしいんですけど、おれ、今日大石先生と飲みに行く約束してるんですよ」
目を瞬かせながら小曽川さんが「あらまあ…それはそれは…で、どうするんですか?行くんですか?」と言いながら再びこちらに顔を近づける。
「行くのやめようかな会って思いましたけど、でも逆にそうなると、先生とのこと相談できそうなのも、大石先生の気がするんですよね」
手にしていた鮮やかな黄色のマカロンをテーブルに放って、小曽川さんが両手でおれの肩を掴んで揺すった。ゆるっとした口調や服装と結構鍛えてそうな体型にギャップがあるとは思ってたけど、やはり結構、いや、思いの外力強い。
「いやいやいや待って?まだカラダの関係がある元カレにこないだあの人と寝たんですけど~って相談するの、ある意味強すぎるでしょ…てかどうなっちゃってるんですか倫理」
「落ち着いてください、いくらおれだっていきなりそんなことは言いませんよお」
揉み合っていると、そこにまさかの大石先生が通りかかった。別に何も悪い事していないのに、おれたちは申し合わせることもなく自然と声を潜め、身を屈めた。屈んだところで大した隠れもしないんだけど。寧ろそこそこ体格が良い(学生さんから見て)おじさん二人がテーブルの下でヒソヒソやってるほうが目立つ。
「なんかえっちなことしてた割には戻りが早くないですか?」
「うーん、でもうちの建物の方から来たから会うには会ってたはず…」
大石先生が過ぎ去るのを待って改めて席につき、最後の数口を急いで掻き込んだ。殻になった弁当箱と割箸を袋に入れて水の入ったペットボトルを手に席を立った。
「おれ、ちょっと先行って先生の様子見てきます」
後ろから呼び止める声がして、振り返ると鮮やかなピンク色のマカロンが飛んできた。受け止めると「大石先生がやってないからって長谷くんがどうこうしちゃだめですよ」と誂うように小曽川さんが言う。
おれは笑って「しませんよ」とだけ言い残して、先生の部屋に向かった。
「え、でも先生ひとりにしてほしいって」
「詭弁ですよそんなの」
そう言うと細かな黒い粒が混じった象牙色のマカロンを口に含み、ミルクティで潤しながら飲み込んだ。小曽川さんは全く落ち着いている。長くあの先生に仕えているのは伊達じゃない。
「あの人、不安とか辛いことあると思いつめすぎて自滅するから。思考を強制的にシャットアウトしないと潰れちゃう。さっき妙に機嫌良かったでしょ、ああいうときは危ないの」
冷えたペットボトルの水を一口飲んで、遠のきかけた意識を引き戻す。
「それは、小曽川さんが此処に来たときにはもう、そういう感じだったんですか大石先生と」
「いや、てかそもそもあの二人、一緒に暮らしてたんですよ。詳しくは知りませんけど」
おれはそんな人と連絡先まで交換して、夜飲みに行く約束してしまったのか。知ってたらそんなことしてないし、先生と肉体関係だって持たなかった。弁当そっちのけで頭を抱えて蹲っていると、おれの顔を下から覗き込むようにして小曽川さんが見てくる。
「だからおれ忠告したんですよお、長谷くん聞いてます?」
小曽川さんも大石先生も事前に知らせてくれていたのに、先生に振り回された挙げ句、その誘惑にまんまと乗って、家に上げてくれたり一緒に住んでもいいと言われて浮かれてしまっていた。またおれは好意を弄ばれたんだなと思うとひどく気持ちが落ち込んだ。
「はぁ、おれもう、本当、なんで人を見る目がないんですかね」
力なく呟いて、再び箸を手にとって食事を再開する。おそらくはこれもかなり質のいい肉を使ったお高い弁当なのだろうけど、なんかもう、味がよくわからない。
「でも長谷くんが悪いんじゃないですよ、たまたまあの人がああいう人なだけですよ」
優しく慰めるように背中をトントン叩いて小曽川さんは言うけど、おれは自分が好きになった人から碌な目に遭ったことが無い。昔からそう。小さい時遊んでくれた近所のお兄さんにしても、小学校の図書館の先輩にしても、佐藤さんにしても。そうなるとおれ自身にそういう要因がある気がする。それが具体的にどうとかないし、うまく言語化できないけど。
「あと、先生には内緒にしてほしいんですけど、おれ、今日大石先生と飲みに行く約束してるんですよ」
目を瞬かせながら小曽川さんが「あらまあ…それはそれは…で、どうするんですか?行くんですか?」と言いながら再びこちらに顔を近づける。
「行くのやめようかな会って思いましたけど、でも逆にそうなると、先生とのこと相談できそうなのも、大石先生の気がするんですよね」
手にしていた鮮やかな黄色のマカロンをテーブルに放って、小曽川さんが両手でおれの肩を掴んで揺すった。ゆるっとした口調や服装と結構鍛えてそうな体型にギャップがあるとは思ってたけど、やはり結構、いや、思いの外力強い。
「いやいやいや待って?まだカラダの関係がある元カレにこないだあの人と寝たんですけど~って相談するの、ある意味強すぎるでしょ…てかどうなっちゃってるんですか倫理」
「落ち着いてください、いくらおれだっていきなりそんなことは言いませんよお」
揉み合っていると、そこにまさかの大石先生が通りかかった。別に何も悪い事していないのに、おれたちは申し合わせることもなく自然と声を潜め、身を屈めた。屈んだところで大した隠れもしないんだけど。寧ろそこそこ体格が良い(学生さんから見て)おじさん二人がテーブルの下でヒソヒソやってるほうが目立つ。
「なんかえっちなことしてた割には戻りが早くないですか?」
「うーん、でもうちの建物の方から来たから会うには会ってたはず…」
大石先生が過ぎ去るのを待って改めて席につき、最後の数口を急いで掻き込んだ。殻になった弁当箱と割箸を袋に入れて水の入ったペットボトルを手に席を立った。
「おれ、ちょっと先行って先生の様子見てきます」
後ろから呼び止める声がして、振り返ると鮮やかなピンク色のマカロンが飛んできた。受け止めると「大石先生がやってないからって長谷くんがどうこうしちゃだめですよ」と誂うように小曽川さんが言う。
おれは笑って「しませんよ」とだけ言い残して、先生の部屋に向かった。
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