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【2020/05 命令】
《第三週 月曜日 夜》①
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「直人さん、もう忘れてるでしょ。おれがなんであなたと契約したのか」
そう言うと、直人さんはふみに部屋から出るよう指示し、口を挟もうとしたところを更に一睨みして追い出した。
「やっぱりお前の基本的なスタンスは変わらないんだな。あくまでも自分を自分の代わりに痛めつけてほしい、考える余地を奪ってほしい、できれば消してほしい。ベタベタ触って愛玩しないでほしい、応じられないときもあるから対価は二の次。契約は契約だけど他の男と寝ないとは言ってない。」
おれの襟首を掴んで引き起こすと、そのままベッドに強引に押し倒して押さえつける。
「本当に困った子だよ」
直人さんがおれを抱きかかえて自分の腹の上に乗せて転がり、肩口にあるおれの頭をクシャクシャ撫でた。
「直人さん、おれはだからそういうの」
「なんだ、たまには甘やかさせてくれたっていいだろ」
何も言わず只おれを抱いて横になっている時間が暫く続いた。そして、そっとおれに話しかける。
「玲、前も言ったが暫くはこちらから連絡するまでお前から連絡は取らなくていい、此の辺りにも近づくな。気づいてるかもしれんが、お前も公安に張られてる。心当たりないか?」
「うーん、なくはないけど、モメたくない相手だなあ」
直人さんの腕をすり抜けて横に転がっていくと、後を追って覆いかぶさって再び抱き寄せられた。
「もういいじゃないですか」
「よかあないよ、いいからこっちに来なさい」
転げ回ってきゃっきゃしている間に髪も衣服も乱れた。顔にかかった髪の毛を払っておれの頬や瞼にキスして、鼻先をこすりつけたりして、直人さんは言った。
「本当はもっと早く気付けばよかったんだがな」
おれが「公安?」と言うと、直人さんは大きな声で笑った。
「そうじゃないよ、お前をちゃんと可愛がりたかったんだってこと。自分の欲求の正体さ」
それはおれがかなり前に話したことだった。
キュートアグレッション。可愛いものへの攻撃性の話だった。
可愛いものを見たときに分泌されるドーパミンは攻撃的になるときに分泌されるものと同じであるため起きる現象だ。
脳幹の中脳部分にある中央に3列ずつ左右対称に計40個の神経核のうち、外側のA列の下から10番目の神経核が愛情神経「A10神経」である。
あまりに可愛いもの、美味しそうなものなどを見ると、刺激を感じ取ったその「A10神経」から視床下部、扁桃体、側坐核、海馬、尾状核、前頭葉にドーパミンを分泌される。
分泌されるドーパミンがこのオキシトシンの分泌を促進し、報酬システムを昂進させて、いわゆる「多幸感」を与えるのだが、それに因り興奮し制御できなくなった脳の防御反応として、感情を均衡化させるべく攻撃に転じるとされている。
尚、可愛いものを見て活性化する脳の部分は、美味しいものを目にして「食べたい」と感じる場合に活性化する脳の部分は、どちらも新線状体とその周辺部である。
また、相手を貶したり攻撃したり、痛い目に遭っているところを見て快感を得るシャーデンフロイデも愛情ホルモンのオキシトシンに起因している。
内分泌の面からもう少し詳しく話をすると、可愛いという刺激を受けるとポジティブなホルモンと反対のホルモンが同時に生成されるという話もある。
ドーパミン・オキシトシン・セロトニンは幸福な環境下で分泌され多幸感を与えるポジティブなホルモンだが、攻撃性や不安に関するネガティブなホルモンもコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)→副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)→コルチゾール・アドレナリン・ノルアドレナリンという順番で放出され伝達していく。
これもやはり脳は感情を均衡に維持しようと働くための防御反応で、対峙する感情が同時に表現されるため「二相性の表現」となる。キュートアグレッションもこの典型である。
これらの働きは幼いものや小さいものを愛し守り、生活を侵す者は排除するために発達した機能であるが、それ故に愛情と攻撃性は常にコインの裏表であるともいえる。
尚、オキシトシンが不足すると共感能力が低下し、相手のことを深く想像できず、理解できなければ憎しみに転じ無用な攻撃を続けてしまうリスクがある。
共感性や想像力に乏しいASD(神経発達症のうちの自閉症スペクトラムのこと、旧名アスペルガー症候群)による自閉傾向にこのオキシトシンの分泌障害が関わっていると仮設を立て臨床試験が行われ、効果も認められ点鼻投与する治療が検討されている。
但し、このオキシトシンは母乳を分泌するためのホルモンでもある。
この疾患は男性患者が多いため男性患者への適応については性腺への影響(女性化・不妊化リスク)があり、また臨床試験時に実際に投与開始後から女性化乳房や乳腺腫瘤が出現して投薬を中止した方がいたため実用化に至っていない。女性の場合もオキシトシンの働きによる子宮平滑筋の収縮からの腹痛が起こり、苦痛の増大や流産リスクを伴うおそれが想定されるため生理期間や妊娠を予定しているひとには使用できない。
また、オキシトシンには此処に挙げたASDによる想像力や知覚統合能力やコミュニケーション力の改善の他にも、抗ストレス、不安の軽減、薬物・アルコール依存の改善、リラクゼーション効果、疼痛緩和、高度肥満者の食欲抑制などの作用も報告されているが、同様の理由により実用化はされていない。
そういう話を、いつだったか直人さんにプレイ後のんびり風呂に浸かってたら面白い話はないかとせがまれて話したのだった。
「おれは最初お前を見た瞬間からどうしようもなく甚振りたかった、あまりにも理想通りだった。でも、そういうことだったのかもしれないなと思ってる」
「だんだんひどいことしなくなったのってまさかそのせい?やだなあ、言わなきゃよかった」
むくれていると、そのおれの頬を両手でギュッと挟んで潰していたずらっぽく微笑んで言った。
そして「まあ完全になくなったわけじゃないさ、でも、おれも単純に歳とったんだなって思う」と寂しそうに呟いた。
そう言うと、直人さんはふみに部屋から出るよう指示し、口を挟もうとしたところを更に一睨みして追い出した。
「やっぱりお前の基本的なスタンスは変わらないんだな。あくまでも自分を自分の代わりに痛めつけてほしい、考える余地を奪ってほしい、できれば消してほしい。ベタベタ触って愛玩しないでほしい、応じられないときもあるから対価は二の次。契約は契約だけど他の男と寝ないとは言ってない。」
おれの襟首を掴んで引き起こすと、そのままベッドに強引に押し倒して押さえつける。
「本当に困った子だよ」
直人さんがおれを抱きかかえて自分の腹の上に乗せて転がり、肩口にあるおれの頭をクシャクシャ撫でた。
「直人さん、おれはだからそういうの」
「なんだ、たまには甘やかさせてくれたっていいだろ」
何も言わず只おれを抱いて横になっている時間が暫く続いた。そして、そっとおれに話しかける。
「玲、前も言ったが暫くはこちらから連絡するまでお前から連絡は取らなくていい、此の辺りにも近づくな。気づいてるかもしれんが、お前も公安に張られてる。心当たりないか?」
「うーん、なくはないけど、モメたくない相手だなあ」
直人さんの腕をすり抜けて横に転がっていくと、後を追って覆いかぶさって再び抱き寄せられた。
「もういいじゃないですか」
「よかあないよ、いいからこっちに来なさい」
転げ回ってきゃっきゃしている間に髪も衣服も乱れた。顔にかかった髪の毛を払っておれの頬や瞼にキスして、鼻先をこすりつけたりして、直人さんは言った。
「本当はもっと早く気付けばよかったんだがな」
おれが「公安?」と言うと、直人さんは大きな声で笑った。
「そうじゃないよ、お前をちゃんと可愛がりたかったんだってこと。自分の欲求の正体さ」
それはおれがかなり前に話したことだった。
キュートアグレッション。可愛いものへの攻撃性の話だった。
可愛いものを見たときに分泌されるドーパミンは攻撃的になるときに分泌されるものと同じであるため起きる現象だ。
脳幹の中脳部分にある中央に3列ずつ左右対称に計40個の神経核のうち、外側のA列の下から10番目の神経核が愛情神経「A10神経」である。
あまりに可愛いもの、美味しそうなものなどを見ると、刺激を感じ取ったその「A10神経」から視床下部、扁桃体、側坐核、海馬、尾状核、前頭葉にドーパミンを分泌される。
分泌されるドーパミンがこのオキシトシンの分泌を促進し、報酬システムを昂進させて、いわゆる「多幸感」を与えるのだが、それに因り興奮し制御できなくなった脳の防御反応として、感情を均衡化させるべく攻撃に転じるとされている。
尚、可愛いものを見て活性化する脳の部分は、美味しいものを目にして「食べたい」と感じる場合に活性化する脳の部分は、どちらも新線状体とその周辺部である。
また、相手を貶したり攻撃したり、痛い目に遭っているところを見て快感を得るシャーデンフロイデも愛情ホルモンのオキシトシンに起因している。
内分泌の面からもう少し詳しく話をすると、可愛いという刺激を受けるとポジティブなホルモンと反対のホルモンが同時に生成されるという話もある。
ドーパミン・オキシトシン・セロトニンは幸福な環境下で分泌され多幸感を与えるポジティブなホルモンだが、攻撃性や不安に関するネガティブなホルモンもコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)→副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)→コルチゾール・アドレナリン・ノルアドレナリンという順番で放出され伝達していく。
これもやはり脳は感情を均衡に維持しようと働くための防御反応で、対峙する感情が同時に表現されるため「二相性の表現」となる。キュートアグレッションもこの典型である。
これらの働きは幼いものや小さいものを愛し守り、生活を侵す者は排除するために発達した機能であるが、それ故に愛情と攻撃性は常にコインの裏表であるともいえる。
尚、オキシトシンが不足すると共感能力が低下し、相手のことを深く想像できず、理解できなければ憎しみに転じ無用な攻撃を続けてしまうリスクがある。
共感性や想像力に乏しいASD(神経発達症のうちの自閉症スペクトラムのこと、旧名アスペルガー症候群)による自閉傾向にこのオキシトシンの分泌障害が関わっていると仮設を立て臨床試験が行われ、効果も認められ点鼻投与する治療が検討されている。
但し、このオキシトシンは母乳を分泌するためのホルモンでもある。
この疾患は男性患者が多いため男性患者への適応については性腺への影響(女性化・不妊化リスク)があり、また臨床試験時に実際に投与開始後から女性化乳房や乳腺腫瘤が出現して投薬を中止した方がいたため実用化に至っていない。女性の場合もオキシトシンの働きによる子宮平滑筋の収縮からの腹痛が起こり、苦痛の増大や流産リスクを伴うおそれが想定されるため生理期間や妊娠を予定しているひとには使用できない。
また、オキシトシンには此処に挙げたASDによる想像力や知覚統合能力やコミュニケーション力の改善の他にも、抗ストレス、不安の軽減、薬物・アルコール依存の改善、リラクゼーション効果、疼痛緩和、高度肥満者の食欲抑制などの作用も報告されているが、同様の理由により実用化はされていない。
そういう話を、いつだったか直人さんにプレイ後のんびり風呂に浸かってたら面白い話はないかとせがまれて話したのだった。
「おれは最初お前を見た瞬間からどうしようもなく甚振りたかった、あまりにも理想通りだった。でも、そういうことだったのかもしれないなと思ってる」
「だんだんひどいことしなくなったのってまさかそのせい?やだなあ、言わなきゃよかった」
むくれていると、そのおれの頬を両手でギュッと挟んで潰していたずらっぽく微笑んで言った。
そして「まあ完全になくなったわけじゃないさ、でも、おれも単純に歳とったんだなって思う」と寂しそうに呟いた。
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