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【2020/05 狂濤Ⅲ】
《第三週 月曜日 業後》⑤
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山手線で品川まで行き、そこから自宅までは歩いて帰った。
自分で調べている間は気が滅入ってたまらなかった。今も聞いた内容から生じたショックや憤りがしんどいことは確かだけど、却ってこうやって小曽川さんの口から全容を聞けてよかったのかもしれない。腑に落ちたことがいろいろあった。
先生が人を試すようなことをするのも、食べないことも、遺体に向き合う仕事をしているのも、ゲイであることも、他にもいろいろあるけど、おそらくは全部つながっていることで、どれかの要素がなければその要素はなかった可能性が高い。
歩きながら先生がなくしたもののを数えてみた。お父さん、お母さん、赤ちゃん、住んでいた家、貞操、食べること、名前、顔、血のつながった娘、記憶。でも多分、先生自身からすれば、もっといろいろな失ったものものがあるんだと思う。
家に着いて、施錠してすぐ荷物を置いて、着ていた衣類を脱いで玄関脇の洗濯機の上に置き、そのまま風呂に直行した。もう一旦座り込んだら何もする気力がなさそうだったからだ。お湯が出るまでの間その水で手を洗って、歯を磨く。
十分お温が出て温かくなってからシャワーヘッドを持って浴槽に入り、シャワーカーテンの裾を内側に入れて閉じ、裾を濡らして浴槽に貼り付けてからシャワーを浴びた。
狭いユニットバスの浴槽で、シャワーカーテンに囲われていると、先生の家のちょっとラブホっぽさすらある広いバスルームとでかい浴槽が改めて羨ましく、早く住みたい気持ちになる。
でも、迂闊に請け負ってしまった優明さんの結婚式への出席を説得する役割はどうしよう。請け負ってしまってからどうしようもクソもないが、それがきっかけで一緒に住むの断られたり連絡断たれるリスクを何も考えてなかった。
何より、言ったはいいがどう説得するかなんて本当に全くもって全然何も考えていない。自分の考えのなさに今更ながら気持ちが落ち込んできた。
そもそも小曽川さんの妹さんが先生の娘さんであることを何処で知ったのかと思うだろう。そこは小曽川さんの名前を出してもいいんだろうか。後で確認しないと。
あと、小曽川さんが言っていた「知ってても誰にも報告しないで自分の中に仕舞ってることもある」という言葉。改めて訊いても教えてはくれないだろうか。念の為、これも訊くだけ訊いてみよう。
全身洗い終えて、十分に温まってから風呂場を出た。玄関に置いてた荷物や衣服を回収して、洗うものだけ洗濯機に放り込んで、キッチンと通路が一体化した廊下を抜けて居室に入る。
比較的図体のでかい自分には不釣り合いな狭いごく普通の6畳程度の1K。僅かな収納と、窓側の天井に物干しがある。自分が実家から持ち出したものはあまりなく、今必要最低限使うものしか無いような殺風景な部屋だ。
スマートフォンを出して枕元の充電ケーブルにつなぎ、ベッドに腰を下ろして着信やメッセージを確認する。鞄はこたつテーブルの脇に置いた。
一番最初、最新のメッセージは小曽川さんで「無事着きました?おつかれさまでした、うちはもう着きました」と入っていた。簡単に今日のお礼を返信した。
次に出ていたのは飯野さんのメッセージだった。「指摘の通り、おれは事件のことは概ね知っている。お前の父親のキャリアにもかかわりがあることなので話そうとは思っていた。詳しくは署に戻ってから説明する」と書かれていた。
おれは、今日小曽川さんから事件の全容を聞いてきたこと、但し「自分の中に仕舞ってることもある」とおっしゃっていたので、おれがまだ知らないこともあると思うので改めて訊きたいと返信した。
直ぐに返信が来て「正直あの事件周りは胸糞の悪い話しかない。気持ちの準備はしてきてほしい。あと、例え藤川本人であっても事件のことは漏らすなよ。何のために報道規制したかわかってるとは思うが、厳重に。」と釘を刺される。
「わかっています、当然です。守秘します」
返信すると「了解、では見学期間の終了時期を藤川と詰めているので決まったら教える」と返ってきた。
「了解しました」
返信して、おれはベッドに仰向けに寝転んだ。気が緩んだのか、急激に眠くなりそのまま寝落ちた。
自分で調べている間は気が滅入ってたまらなかった。今も聞いた内容から生じたショックや憤りがしんどいことは確かだけど、却ってこうやって小曽川さんの口から全容を聞けてよかったのかもしれない。腑に落ちたことがいろいろあった。
先生が人を試すようなことをするのも、食べないことも、遺体に向き合う仕事をしているのも、ゲイであることも、他にもいろいろあるけど、おそらくは全部つながっていることで、どれかの要素がなければその要素はなかった可能性が高い。
歩きながら先生がなくしたもののを数えてみた。お父さん、お母さん、赤ちゃん、住んでいた家、貞操、食べること、名前、顔、血のつながった娘、記憶。でも多分、先生自身からすれば、もっといろいろな失ったものものがあるんだと思う。
家に着いて、施錠してすぐ荷物を置いて、着ていた衣類を脱いで玄関脇の洗濯機の上に置き、そのまま風呂に直行した。もう一旦座り込んだら何もする気力がなさそうだったからだ。お湯が出るまでの間その水で手を洗って、歯を磨く。
十分お温が出て温かくなってからシャワーヘッドを持って浴槽に入り、シャワーカーテンの裾を内側に入れて閉じ、裾を濡らして浴槽に貼り付けてからシャワーを浴びた。
狭いユニットバスの浴槽で、シャワーカーテンに囲われていると、先生の家のちょっとラブホっぽさすらある広いバスルームとでかい浴槽が改めて羨ましく、早く住みたい気持ちになる。
でも、迂闊に請け負ってしまった優明さんの結婚式への出席を説得する役割はどうしよう。請け負ってしまってからどうしようもクソもないが、それがきっかけで一緒に住むの断られたり連絡断たれるリスクを何も考えてなかった。
何より、言ったはいいがどう説得するかなんて本当に全くもって全然何も考えていない。自分の考えのなさに今更ながら気持ちが落ち込んできた。
そもそも小曽川さんの妹さんが先生の娘さんであることを何処で知ったのかと思うだろう。そこは小曽川さんの名前を出してもいいんだろうか。後で確認しないと。
あと、小曽川さんが言っていた「知ってても誰にも報告しないで自分の中に仕舞ってることもある」という言葉。改めて訊いても教えてはくれないだろうか。念の為、これも訊くだけ訊いてみよう。
全身洗い終えて、十分に温まってから風呂場を出た。玄関に置いてた荷物や衣服を回収して、洗うものだけ洗濯機に放り込んで、キッチンと通路が一体化した廊下を抜けて居室に入る。
比較的図体のでかい自分には不釣り合いな狭いごく普通の6畳程度の1K。僅かな収納と、窓側の天井に物干しがある。自分が実家から持ち出したものはあまりなく、今必要最低限使うものしか無いような殺風景な部屋だ。
スマートフォンを出して枕元の充電ケーブルにつなぎ、ベッドに腰を下ろして着信やメッセージを確認する。鞄はこたつテーブルの脇に置いた。
一番最初、最新のメッセージは小曽川さんで「無事着きました?おつかれさまでした、うちはもう着きました」と入っていた。簡単に今日のお礼を返信した。
次に出ていたのは飯野さんのメッセージだった。「指摘の通り、おれは事件のことは概ね知っている。お前の父親のキャリアにもかかわりがあることなので話そうとは思っていた。詳しくは署に戻ってから説明する」と書かれていた。
おれは、今日小曽川さんから事件の全容を聞いてきたこと、但し「自分の中に仕舞ってることもある」とおっしゃっていたので、おれがまだ知らないこともあると思うので改めて訊きたいと返信した。
直ぐに返信が来て「正直あの事件周りは胸糞の悪い話しかない。気持ちの準備はしてきてほしい。あと、例え藤川本人であっても事件のことは漏らすなよ。何のために報道規制したかわかってるとは思うが、厳重に。」と釘を刺される。
「わかっています、当然です。守秘します」
返信すると「了解、では見学期間の終了時期を藤川と詰めているので決まったら教える」と返ってきた。
「了解しました」
返信して、おれはベッドに仰向けに寝転んだ。気が緩んだのか、急激に眠くなりそのまま寝落ちた。
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