Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 狂濤Ⅲ】

《第三週 月曜日 業後》②

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更に小曽川さんは詳しくその経緯を話し始めた。
先生の母親の双子の姉、つまり伯母さんは豪農だった実家を継いで婿をとったが、その相手が妊娠させる能力を持っていなかった。この頃不妊について浸透しておらず、男性側を疑う風潮もまだなく、不妊治療も一般の手に届くものではなかった。
その一方、先生の母親は大学に進み、そこに研究者として常勤し講師もしていた先生の父親と出会い、結婚して直ぐに子宝に恵まれ先生が生まれた。そして事件が起きた年の春先、更に新たに命を授かる。
このため「明優くんか、新しく生まれてくる子を養子にもらえないか」相談を受けていたが、先生は持病と発達の偏りがあるため医療ケアが必要であり、新たに生まれる子はそれらの事情で学校に通っていない先生のために設けることにしたため断るほかない状況だったが、伯母夫婦はそこまで知っていて犯行に及んだ。
そのきっかけは、養子を断られた伯母夫婦から「助けると思って精子を提供してほしい」と事あるごとに先生の父親に持ちかけ、とうとう怒らせてしまったことにあった。このことで先生の両親は伯母夫婦や母親の実家との付き合いを絶つに至っていた。
その後出張先で先生の父親が消息不明となり、更にその少し後、あの事件が起きる。
遠足から帰宅した先生は浴室で死に瀕している母親と胎児を発見して、電話で助けを呼ぼうとしたところ潜んでいた伯母に殴打され失神、そのまま書庫に監禁された。そこに伯母は食事を運んでいたが、その大半に母親の遺体を混ぜていた。
伯母は日中母親になりすましてごく普通に近所付き合いをしつつ、先生に夜ごと性的暴行をはたらいていた。学習性無力感に囚われて先生は抵抗しなくなったという。
そして監禁から4ヶ月後の9月を過ぎた頃、伯母は妊娠し、先生に食べていたものが母親の遺体であることを告げて放置して実家に戻った。仮に証言しても子供の言うことは参考程度にしか受け止めないだろうと甘く見ていたそうだ。
しかし冬も近くなる頃、家に人の気配がない、突然ご家族を見かけなくなったとして近所の人やマンションの管理人から警察署に相談が寄せられ、当時交番勤務だった長谷の父親が現場に向かい、取り残されて餓死しかけていた先生を発見した。
意識を取り戻した先生の証言により叔母夫婦は捜索を受け逮捕された。伯母は先生の家を訪れるにあたり「旦那さんが居なくなって大変だから妹に付き添う」と言っていた。元々は仲のいい姉妹だったため疑われていなかったという。
父親の殺害についても供述したが、かなり念入りに解体し、広範囲に捨てられたため、捜索に至る頃には一部の骨片しか見つからず、また、身につけていたと見られる遺留品も処分されていて見つからなかった。
先生は藤川家に引き取られた後、一時通学はしていたがやはり行かなくなり、父親の助けを受けて大検を取得して家を出た。理由は知らないが父親が病に倒れるまで援助は受けつつも養父母との交流は絶っていたと聞いている。
小曽川さんが聞いているのはここまでだった。
「食事の場で話すことじゃないですね、もっと場所選べばよかったなあ、ごめんね」
そう言うと、冷めたメインディッシュに手を伸ばし、少しずつ食べ始める。
「あとね、今日、優明の帰りが遅くなるから、駅で待ち合わせて一緒に帰るんだけど、会ってみますか」
思わぬ誘いだった。大手筆記具メーカーに勤めているという。
「いいんですか」
「だって、どうせ長谷くんもここからJR乗るでしょ。別に一緒でもおかしくはないですし、いいですよ。とりあえず食事にしましょうよ、冷めちゃったけどおいしいですよ、もったいないことしちゃったなあ」
言われてカトラリーを手にとって食べてみると、本当においしい。それもそうだけど、普段こんないいもの食べたことがない。
「ここ、先生もお気に入りなんですよ。おれもここのホテルオープンしたとき先生に連れてきてもらったんだけど、建物がきれいだからって」
小曽川さんはそう言うと、緊張が解けたのか、ようやく笑顔を見せた。
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