Over Rewrite Living Dead

【2020/05 狂濤Ⅱ】

《第三週 月曜日 午前》④

「こりゃまた派手にやりましたわね」
毎週月曜日と木曜日の2日、わたしはわたしの雇用主の旦那様の情婦をやってる男性の家の掃除や洗濯と消耗品の買い出しなどで訪問している。あとは暮らしぶりを見て変わった様子がないかという報告もするよう仰せ遣っています。
今日はそのため、奥様と旦那様の食事の支度と、洗濯を済ませてからのんびりと買い物や寄り道などしつつ遥々と新宿まで出てきたのですが、なんと申し上げますやら、寝室のベッドは2つともぐちゃぐちゃ、シャワーヘッドは洗浄用のノズルにしたまま、リビングのソファやラグにも体液の形跡が残ったままで大変まずい感じになっているではありませんか。これはさすがに旦那様に報告せざるを得ません。
ご夫妻は真面目に職務に励んでおられるが故の音信不通と思っていらっしゃるからこそ、玲さんの無視にもうるさく言わないようにされていたと思うので、この事態を知ったら旦那様は荒れるでしょうし、奥様も黙っていない気がします。でもやはり報告しないわけにはいかないのです。旦那様はカタギの人ではないので隠し立てしてわたしまでどうにかされるのは避けたいです。さて、そこで、ＬＩＮＥを開きます。
「文鷹さん、ただいま少しよろしいですか？」
「いいよ、どうした？玲んとこでなんかあった？」
「玲さんが男の人連れ込んでたみたいで部屋が荒れています」
「は？」
これでよし。あとはわたしが言わなくても文鷹さんが旦那様に言ってくれるのでこの件はわたしの手からは離して大丈夫。まずは今洗濯機に入っているものを分別してネットに入れ直して洗う。その間に寝具やクッションのカバーを全部はずし、マット類と合わせて洗濯機の前に持ってくる。次にソファやラグの汚れた部分を濡らして泡で出る中性洗剤を吹き付けて暫く時間をおく。拭き取り洗剤入りのふわふわで高いところから順にホコリを取り、掃除機をかけて、ラグのない部分を拭いて、エアコンや空気清浄機や加湿器のフィルタも洗う。
十分洗剤が馴染んだところでソファやラグの汚れた部分を古い歯ブラシで擦るわけですが、洗面台のシンク下に使い古した歯ブラシのストックがあるので取りに行くと、洗面台の上に可愛らしい子供が使うようなカップに2本の歯ブラシが立ててあって「ああ、やっぱり間違いなかった」と確信を持ってしまいました。しかも、玲さんのことですから、行きずりだったらこんなことしない。おそらく玲さんは結構お相手の方にお熱です。行きずりならともかく、本気となっては旦那様は勿論、文鷹さんも荒れますね。
文鷹さんは玲さんに冷たいように見えますが、あの方は玲さんじゃないとだめなくらい玲さんのことが好きです。そうでもなかったら仮にも雇われとはいえど二次団体の元締めと社長職をやってて、尚且つ旦那様の遣いを率先して買って出る、あんな真面目でよく気のつく男女問わずモテる方が特定のパートナーも持たず独身で通してるのはやはり不自然に思うのです。玲さんじゃないと勃たないというのも、旦那様や玲さんがからかってそう言ってるのではなく、事実のようですし。何より、お好きでもなかったら旦那様に言いつけられているわけでもないのにわざわざ自腹で目立たない車を借りて職場まで送ったりするものですか。
泡の洗剤をつけて繰り返しソファやラグを擦り洗いしては水を吹き付けてタオルで叩いて、ようやく汚れによるカタがわからない状態にになったところでドライヤーをかけておしまい。一回目の洗濯は終わったので取り出して、マット類やタオル類を入れて二回目の洗濯。浴室のポールにアルミの角型ピンチやハンガー類を下げて洗い終えたものを干し、浴室乾燥機を起動します。一段落したので二回目の洗濯が終わるまでは休憩とし、せっかくなので勝手ながらゲームでもさせてもらいましょう。
尚、ゲームを始める前にＬＩＮＥで玲さんに買い足しておくものはないか確認のメッセージを送ったのですが、今日は忙しいのか返信がありません。授業のある日は準備のためひとりであれこれしていたり事務作業をしている事が多くて、いつもだと割とすぐに返事が来る時間なのですが何か予定外のことでもあったのでしょう。玲さんにかぎって、男を連れ込んだことをつっこまれるのをおそれてわたしの連絡を無視することはないと思います。あの人は自分に惚れている男は容赦なく振り回しますが、女性には基本優しく、無礼なことはしないように思います。
二回目の洗濯が終わったことを知らせる電子音が響き、乾燥機に移すためゲームを中断すると、スマートフォンの通知に気が付きました。玲さんから「冷凍の果物と牛乳、練乳を買っておいてください。あと仕舞っていたミキサーを出しておいてほしい」とのご依頼が届いていました。なんと珍しい。少しは家で何か摂取する気になったみたいです。了解を返信するついでに、あの件について少し訊いておきたいので送ってみます。
「玲さん、文鷹さんや旦那様にご報告せざるを得ないですがよろしいですか？おそらくですがとても叱られると思いますよ」
何を報告するかは言わずもがな。玲さんは十分自覚しているはずです。
「いいよ、寧ろ目的はそれだよ。最近オヤジはおれのこと本気でしばいてくれないからね」