Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【Ἔρως(Erōs)】

《第二週 日曜日 朝》②

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部屋に戻ってすぐ手洗いと消毒を済ませ、ついでに歯磨きしようと脱衣所に入り歯ブラシにペーストを絞り出して用意していたら、その様子を見て長谷が後ろから「あ、そうだ…買ってくればよかった…」と呟いた。
「あるから使いなよ」
洗面台のシンク下から、ホテルにあるような歯ブラシと歯磨き粉がセットになった包みを出して洗面台の縁に置いた。買い物袋を一旦廊下に置いて隣に立つと、包みを破いて磨き始めた。
「歯磨き粉つけないの?」
「先生こそ、なんで歯磨き粉が子供用の甘そうなやつなんですか?てか昨日ひそかに思ってたんですけど、なんでこんないっぱいあるんですか?」
そう、うちはやたらある。ペーストだけで桃味、いちご味、メロン味、ぶどう味。ジェルのバナナ味、レモンティー味、ぶどう味、ミント味。
「歯磨き苦手だからインセンティブつけてんだよ、自分に」
長谷が苦手?歯磨きが?なんで?という顔で歯を磨きながらこちらをじっと見ている。恥ずかしくなってきた、言うんじゃなかったと思っていたら、横から手が伸びてきて並んだチューブを指差す。
「俺も使ってもいいですか?レモンティーなんて初めて見ました」
許可すると長谷は自分の歯ブラシを一度洗ってから、その大きな手には余る小さいラミネートチューブを手にとって絞り出した。そして口に入れるなり甘い、おいしい、何これと喜んでいる。何って、レモンティー味だが。
存分に歯磨きを楽しんで、一足先に長谷は口を濯いで廊下に出た。買い物袋を拾い上げて「じゃ、お台所借りますね。作って待ってますね」と言って扉の奥に消えた。
おれは洗面台の縁に置かれた長谷が使った歯ブラシを改めて洗い、シンク下から垂れ耳の犬のキャラクターの絵がついた明らかに子供用の小さめサイズのスチロールのカップを出して、レモンティーの歯磨きジェルのチューブと一緒に立てて、普段は洗面台に出しっぱなしの自分の歯ブラシもそこに立てた。
リビングに行くと、イングリッシュマフィンをオーブントースターで焼いているのか香ばしいいい匂いがした。卵は何にするんだろう。キッチンの仕切りのカーテンの隙間から顔を出して覗くと、長谷が両面焼いた目玉焼きを皿に盛り付けていた。
「あ、先生、そういえば納豆と味海苔ってどうするんですか?今日パンですけど」
「え?はさむけど?」
キッチンに入って、買い物袋から納豆と味付け海苔のパックを取り出す。納豆はひき割りだ。容器を開けて戸棚から出した小鉢に全て出して、付属のタレと混ぜ、味付け海苔も外袋を破って個包装を2つほど開けて、手でちぎる。
「これを?パンに?」
「そう」
ハラハラした様子で見ている長谷を横目に、焼けたイングリッシュマフィンを取り出し、もう1つ割ってオーブントースターにセットした。
「まあ、騙されたと思っていっぺん食べてみて、だめだったら交換でいいから」
そうして、イングリッシュマフィンにレンチンした玉ねぎとツナマヨネーズを挟んだものと、味付け海苔と納豆と目玉焼きを挟んだものが出来上がり、半分に切ってハーフ&ハーフにして皿に盛った。
お湯を沸かし、ティーバッグでお茶を淹れ、うちには食卓というものがないので、ソファ前のカフェテーブルに並べて、ソファに座って食べることになった。それぞれ手にとって口に運ぶ。のんびり味わって食べてると、横で長谷がお茶を吹き出した。
「先生、だいぶ、中身こぼれてますけど」
知ってる。こういうの食べるの下手なんだおれは。だから皿ごと膝に載せてその上で食べてるのであって。あんまり笑うなよ、失礼だろ。食べるの下手くそだってのは散々ハルくんにもふみにも言われてるし、昨日もお母さんにスタイ着けたら?って言われた。
納豆味海苔サンドを食べ終えて、カフェテーブルの下からウェットティッシュを出して手や顔を拭いていると、長谷が「でも、思ったより食べられるんですね、よかった。昨日も食べてきたって言ってたし」と呟いた。
「小曽川さんに先生は食べないって聞いてたし、こないだ寝れないって言ってたから、正直心配だったんです。普段どうしてるのかなって」
「どうって、まあ、なんとかしてるさ」
まだ半分しか食べていないが、それなりに硬さがあるものを食べたせいか顎が疲れた。おれがお茶を啜っている横で長谷が納豆味海苔サンドを食べて思ったよりおいしいと言うので自分の分も食べていいと伝えてソファを離れた。
机に座り、パソコンのスタンバイ状態を解除して、夜中に打った文を読み返す。
「先生はほんと仕事熱心ですね、さっきそこに保冷剤出しっぱなしだったんで冷凍庫に戻したんですけど、何に使ったんですか?眠気覚ましですか?」
ああ、そうか。そういや片付けないで寝た気がする。
「まあ、そんなとこだよ」
逐次直しを入れながら打ち直している合間に、長谷は食べ終えた皿を下げ、洗って戸棚に片付ける。人がなにか他のことをしている気配がある中で作業するのもたまには悪くない。近くのファミレスでやることはあるが、それともまたちょっと違う良さがある。
思えば、準備さえ整っていれば誰かと一緒に暮らしていたときや、人の家に世話になっていたときのほうが執筆作業は捗っていた気がしなくもない。いつからだろう、ひとりで閉じこもってやるようになったのは。などと思っていると、画面に暗く映り込むものが見えて、振り返ると背後から長谷が画面を覗き込んでいた。
「読んで面白いか?」
「よくわかんないです」
うん、だろうね。
ファイルを保存して閉じて、パソコンを再びスタンバイ状態に戻す。ソファに腰を下ろした長谷に近づいて、座っている腿の上に跨って抱きついた。
「先生、何気にすごい甘えん坊ですよね、仕事してるときとのギャップすごくないですか?明日学校行った途端いきなり冷たくしないでくださいね」
「それはどうかなあ」
やけに暖かい長谷の身体に凭れかかってぼんやりとしていると、珍しく二度寝までしたはずなのに、気が緩んで眠くなってくる。顔を上げて長谷に向かって問いかける。
「なあ長谷、おれを想像して風俗の子抱いたって言ってたけど、実際のおれを抱いてどうだった」
いきなり訊かれて驚いたのか、明らかに戸惑い狼狽している。そんないい反応されたら誂いたくなるし、根掘り葉掘り訊いて辱めたくなる。
「ちがった、違いますよ全然」
「ふーん、例えば?具体的にどういうとこが?」
長谷が答えに窮して耳まで赤くして、いや、あの、具体的にって言われても、結局別な人の訳ですし、などと質問の答えとしてはまるでダメな0点の内容をボソボソ述べた。
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