Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【Ἔρως(Erōs)】

《第二週 土曜日 夜》⑥ (*)

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「先生、仰向けになってください」
「え、後ろだけでいいよ、あと自分でできるし」
くすぐったいのにひたすら耐えて、ようやく背面全体を塗り終えた。ようやく寝れると思いきや、仰向けになるよう言われる。寝返りを打って長谷の顔を見ると、明らかに欲情している顔をしている。いや、流石にこれ以上は無理だよ。
「いいから」
「あ、え、でもさあ」
「いいから」
「えぇ…」
だめだ、ブレーキ壊れてる。困ったな、今やられたら失神即寝落ちだ。寝落ちはいいけど最悪明日何にできなくなるの確定でしょ。さっきの反省は何だったんだ、やっぱり躾がなってないよなあ。まったくもう。あとでたっぷり叱らなきゃダメか?
化粧水を馴染ませた痕、オイルを含ませた大きな手がそろそろと首筋から胸を、脇腹をなぞる。過敏なら過敏でも「くすぐったい」とせめて認識できればいいけど、長年「そういうこと」に使われてきたおれの体はそうじゃない。長谷は「性的な意図はない」と言ったが、長谷がそのつもりでもおれの体はそうは認識しない。
これ以上反応して声を出して長谷を刺激しないようにしないと。そうは思うものの、体温は上がり熱い吐息が漏れ、じわりと体が熱帯びて汗ばむ。腹から胸に戻ってきた手が、ピアスが貫通している膨らんだ突起を捉え、中指と人差し指の第一関節で柔く摘みながら親指の腹で長谷は執拗に捏ねた。
「先生、どうしたんですか」
「どうって…おまえ…」
身を震わせて声を上げると、長谷は妖しく微笑んだ。快感に体が支配されて思うように言葉が出ない。
「嫌なら抵抗していいんですよ、なんで拒まないんですか?」
きゅ、と強くつままれて仰け反って声を上げるのを見て、長谷は上を向いてたまらないといった様子で息を吐いた。
「先生、あの、さっきお風呂でしたとき、おれイッてないから触ってください…」
腰に巻いていたタオルの合わせを開けて、雁首を持ち上げて反応しているそれを見せる。
「不完全燃焼な状態でそんなやらしい反応されたらたまらないです」
「なーにが不完全燃焼だよ、その前に出したじゃんか中で!」
こちらに向けられた先端を思い切り往復ビンタする。
「いったあい!それはそれですよお!」
慌ててタオルの内側に隠そうとするのを、タオルの結び目を引っ張って解いて阻む。
「わー!せんせいのえっち!!!」
何を言ってるんだ、今このタイミングでお前にだけは言われたくないよ。
起き上がって勢いをつけて飛びかかって未使用の向こうのマットレスの方に長谷を押し倒した。左の手で先走りを滲ませる長谷のものを握り上下に扱きながら、胸元に顔を近づけて、淡いピンク色のふっくらした乳輪に舌を伸ばす。乳頭自体は小さく控えめで慎ましい。
周辺を円を描くように擽ってから、その慎ましい突起を口に含み、前歯の先を軽く当てるようにして軽く小刻みに吸うと、長谷が声を出して反応する。もともとピンク肌寄りな首筋から耳元までが一気に赤くなる。舌先の味蕾のザラつきで先端を刺激すると小刻みに体を震わせた。
びくびくと脈打って涎を垂らす先端に、掌を擦り付けたり、親指以外の指で上から包むようにして撫で擦ったり、会陰を指先で爪を立てて擽ったりしながら、左右の胸を存分に舐った。やわらかな状態だった袋が持ち上がってひくひくと収縮しているのを確認して、もう一度先端の膨らみとその下のやや筋張った部分をきつめに握って、上下に激しく擦る。
上に載っているおれの肩と頭を抱いて、声にならない声を上げて、おれにされるがままに勢い良く長谷は精液を撒き散らした。互いの体にも寝具にもそれが降りかかった。
「まだこんな出るんだ、はは、若いっていいねえ」
胸元にまで飛んだ白いねっとりとした液体を舌で拭う。
「先生、口臭くなりますよ?」
「やかましいだまらっしゃい」
体を起こして薬の入った箱を長谷の腹の上に置いた。
「もうこれで変な気起きないでしょ、ほらさっさと起きて手当してお前手がでかいから」
下着をずらして尻を指差す。起き上がった長谷が箱から出したチューブを手に腕を組んで、真顔で言った。
「では、こう、ちんこに塗ってそれで塗るという方法はどうですか」
おまえのその凶器でおれは怪我しててその手当を求めてるんだが?
そう思ったが、発作的に口からは「ころすぞ」と出ていた。
流石に堪えたのかシュンとおとなしくはなったので横臥して体を丸めて、入口から指が届く範囲まで塗るように指示した。グローブまでは用意してなかったので取り急ぎサイドテーブルの引き出しから潤滑油が塗布してある指サックを渡して、それを着けて塗るように言った。
何気にやはり触られると痛い。これは数日おとなしくしてないとだめだな、てか、こいつとするときはもっと入念に準備しないとだめだ、切れたら本格的に診てもらわないといけなくなるし、消化器科は診たらそういうことしてるってわかるんだよなあ、別にどう思われたっていいけど附属で診てもらったら話が回り回ってハルくんの耳に入るのが目に見えるからやだ。
ハルくんはおれが誰としたって咎めはしないけど絶対仔細まで訊かれる。そういうの寧ろ訊くの好きなんだよ、ハルくん下世話出歯亀大好きの腹黒ドMだから。そういうこと全部吐かせた上でめちゃくちゃ嫉妬に駆られて燃え上がって泣きながらおれを抱く。おれが腹いせに呼びつけて抱かせるときは別だけど、どっちにしろ泣いてることが多い。でもあれなんでなんだろ。改めて訊いたことって無いかも。
塗ってもらっている間、意識を極力逸して、力を抜いて任せていた。思ったとおり手が大きいので自分では届かない範囲まで指が入って、斑無く塗れる。しかし、なんかこう、だんだん指の動きが違う目的になってきている。どの辺りが反応するか、指を腹側に軽く曲げて押すようにしながら、撫で擦っている。それに対し、自分の体は具に反応している。多分そのことに長谷は気づいている。
「長谷?ちょっと、それさあ」
「どうしたんですか?お薬塗ってるだけですよ?」
指を一旦引いて、奥に向けてすうっと滑らせる。
「やっ…絶対違う、嘘つき!」
そのまま反応が良かった部分に指を押し付けながらくるくると円を書くように動かす。
「やだ、したくなっちゃうからやめて」
「したくなる?何を?」
傍らに手をついて上からおれを見下ろしながらニヤニヤしている。
「言わすなよお、もう今日はだめだったら!」
「そうですね、これ以上したら最悪お熱出ちゃいますもんね」
体を丸めたまま震わせて、口元にあてた手指を涎で汚しているのを見下ろしながら、執拗に指を這わせ続ける。
「も、やだあ、長谷の意地悪」
「あはは、先生にだけは意地悪って言われたくないなあ」
下腹部が奥から痙攣して、長谷の指を不随意に締め付ける。繰り返し激しい快楽が押し寄せて息もつけない。傍らにある長谷の手首を掴んで声を上げた。顔を近づけて無我夢中のおれの頬や首筋に長谷がキスして、耳元で低く囁く。
「かわいい、先生、もっとおいで」
無理、これ以上どうにもならない。下着がひどく汚れる感触がして、身体に力が入らなくなり震えて、意識が薄れる。ようやく指が引き抜かれて開放された。
「なんなのもう、体力バカでしょ…」
「体力バカじゃなかったら運動やってないし警官になってないですよ」
指サックを抜いて、丸めてサイドテーブル上の小さい白いゴミ箱に放ってから、目の前に伏せの姿勢で寝そべっておれの顔を覗き込んできた。大きな手が頭を撫でる。温かくて妙に気持ちが良くて、体力が尽きたのもあって本格的に眠くなってくる。
やだ、下着替えたいし、もう一回シャワー浴びたいけど動けない。気がつくと視界は暗くなって、ぷつりと意識が途切れた。


先生が寝落ちてしまった。やりすぎたかなあと思いつつ、とりあえず毛布や布団を整えて掛け直してあげた。小さい整った顔が余裕なく乱れて、艶かしく弛緩して、疲れ切って今は眠っている。何も示し合わせずにまんまと泊まってるけど、いいのかなあ。
明日どうしよう。お仕事の邪魔になっちゃうし(というか確実に邪魔したよなあ)朝になったら声かけて帰ろうかなあ。でも先生のことだから帰るって言ったら言ったでぷりぷり文句言いそう。かと言って、一緒にいて先生を構わないでおく自信がないんだよなあ。
よく考えるとまだ出会って一週間経ってないんだよな。最初に会ったときのことがもうずっと前のことみたいに感じる。印象が違いすぎて。なんでかわからないけど、先生とは前からこうやってイチャイチャしてたんじゃないか、先生もおれのこと好きになってくれたのかなと思うくらい楽しい。
単におれがあの件で好意を利用されて搾取されまくって懲りて、そういう感情を持たないようにして、対価を払って性欲を解消することで済ませてきてて、一般的な交際経験がないから、よくわかってなくて勝手に舞い上がって浮かれているだけなのかもしれないけど。
でも、そうでもなかったら、この部屋に住みたいなんて言って、いきなり来れば?なんて言わないだろうし、それどころかいきなり路上で捕まえたのに家に上げてくれたり、本をくれたり、ゲームして遊んだり、セックスだってしないと思う。気がついたら割とタメ口だし。
ああ、そうだ。今日言ったこと、明日いきなり反故にされないよう言質を取りたいなあ。おれはこれまで先生に何があったとしても、もし他に必要な人が居てもいい。先生と一緒にいたい。
互いにそこそこの肩書がついた仕事してるから実際に生活したら案外一緒にいられないというのはあるかもしれないけど、できる限り一緒にいる限りはやさしくしてあげたい。でも、プライベートな先生、かわいすぎてめちゃくちゃにしてしまいたくなるんだよなあ。これはなんなんだろう。
あと、見た目若いしあまり感じないけどめちゃくちゃ歳上だし、今まで好きになった人とはもうほぼ真逆だろうってくらいタイプが違うのに、首筋の痕の吊り橋効果と、ロッカー室で身体見せられたドキドキと、ボディタッチされたとので感覚が狂ってしまったんだとは思うけど、今先生のこと好きなことは事実だよなあと思ってて、でもそれを言ったら絶対に先生は拒否するだろうなっていうのも何となくわかる。
おれは一緒に暮らすことはできても、セックスはさせてもらえても、先生に好意を持ってても、先生には受け容れてもらえない、結局は選んでもらえないんじゃないかと思うと、胸の奥が痛い。正直、他に必要な人が居てもいいとは思ったけど、でも先生に実は好きだけど一緒には居られないような大事な人がいておれが一緒に居ても絶対に選ばれないのなら、奪うしか無いじゃないか。
先生を強く抱きしめると、ウニャウニャ言ってもがいて顔を離し「はせ、くるしいよお…あつい…」と訴えて腕の中で先生は身を捩る。腕を解いて腕を脱いて仰向けに寝かせると、スヤスヤと再び寝息を立て始めた。隣のマットレスに移り、布団に入って先生の寝顔を横から眺める。
先生、本当はおれ以外にこうやって寝顔を見守ってくれるような人がいるんだろうか。揃えてある食器や家電の量とか質の良さ、住環境の整え方、どう考えたってほとんど家に居ない働き盛りの独身中年男性のそれじゃない。身の回りを世話してくれてる人が居たり、稼ぎとは別に生活費出してくれてる人が居たり、気が向いたときセックスに応じてくれる人が居たり、するんじゃないか。
だめだ、考えたら悲しいのとムカつくのと嫉妬とで頭がごちゃごちゃになってきた。物理的にダメージ食らってるわけじゃないのに右胸の奥がなんとなく痛い。おれもこれだけしたんだから寝落ちできたらいいのに全然寝付けない。目をぎゅっと固く閉じて、努めて深呼吸する。
そこで、布団の中を探るように何かが動いているのを感じた。
「はせ、どこ?」
先生の手がおれを探している。
「隣りにいますよ」
手を伸ばしてそっと握ってやると、安心したのか再び寝息を立てて眠り始めた。
どうしよう、この手を離したくない。ずっと。
どうしたらそれは叶うんだろう。
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