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【αγάπη (agape)】
《第二週 土曜日 夕方》
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余計なことを考えないように、一旦洗濯回ししながら普段やらない水回りの大掃除をして、残ってたコーンフレークにはちみつと牛乳を混ぜて掻き込んで、洗濯物を干して、往復10kmほど走りに出て、戻って、シャワーを浴びたら流石に眠くなって改めて寝た。
気づいたら昼を回るどころか、もうおやつの時間になっていた。今から何かするのは面倒だなと思いつつ、このまま家に居たらまたあれこれ気になって詮索してしまいそうだったので、実際に立ち会って気になる点もあったし、関連の本をちょっと探しに出ることにした。
品川から一本で出れる医学書や手続き関係の試料の扱いのある街だと、渋谷の東急本店の丸善ジュンク堂か、新宿の紀伊國屋書店か、ジュンク堂書店池袋本店か、丸善丸の内本店かになるっぽい。
池袋は遠いしいまいち地理がわからない、渋谷は駅出てから微妙に坂だしあのごちゃっとした街歩くのが面倒だ。東京駅近辺は帰りでも寄れる。駅直結だし案内さえ見ればなんとか歩けるし新宿行ってみようかな。ダメだったら他を当たるくらいで。
持ち物は最低限、パスケース、鍵、財布、スマートフォンで十分。帰り寒いかもしれないのでソフトシェルジャケットのポケットに入れて家を出た。
新宿に着くと久しぶりに見た人の多さと流れの速さに感覚が追いつかない。それでも地下道を通って書店に入り、専門書のフロアまで上がっていくとさすがに先程までの忙しなさとは無縁の静かな空間になった。特に警察官向けの教本や資料があるところなんて、需要が著しく限られてるから本当に人がいない。
手元にないものを何冊か中身をパラパラ流し見て、比較的読み易いものを少し時間をかけて検めた。すぐには必要なさそうなので書名だけ控えて、医学書のフロアに向かう。
フロアについてすぐ、割と目立つ場所に検索機があった。幸い誰も利用を待っていないので適当にヒットしそうな関連ワードを入れて検索してみた。検索結果で気になったものを数枚プリントしている最中にふと、先生の名前で検索したら何か出ないだろうかと思い立ち、入力してみる。
著書も割とあって、専門誌で執筆しているものが何件もヒットした。もとがそっちの人だからか精神医学や心理学の本が多い。大きなストレスがかかった出来事のPTSD化の予防、栄養評価によるメンタルの改善、全生活史健忘の実例記録など、いきなり予備知識無しで読んでもわからないけど気になる内容ではあった。
そしてそれらの内容からは、やはりあの事件の記事が思い出され、再び脳裏をちらつく。やめよう、目的のものを優先しないと。
気になっていた書籍の棚へ行き、内容を検めて3冊ほどえらんで購入して、書店をあとにした。買った本をゆっくり読めそうな店に入りたくて店を探したが、夕方になったとはいえ混んでいるところも多くて、空きを探すうちに三丁目から新宿御苑の入口に近く辺りまで来てしまった。
マルイアネックスの前の横断歩道で信号待ちをしているとき、その横の道の奥に、見覚えのあるディテールの人物がいた。街灯が少なく薄暗い道なので最初人違いかもしれないと思ったが、こちらに少しずつ近づいてきてはっきりした。先生だった。
先生はこちらには全く気づいていない。横断歩道の前で右折して更に新宿御苑側に歩いていく。予定を変更して、先生を追いかけた。小柄な割に歩くのが早い。新宿二丁目の交差点を渡る。そういうところに行く人だったのか、と意外に思っていたら脇目も振らず真っ直ぐ東新宿方面に歩いていく。違った。
東新宿駅前に着く辺りで歩く速度を上げて、先生の肩をそっと叩いた。
「先生、どこ行くんですか」
振り返って、そのままこちらを見て固まってしまった。
「え、寧ろ何でいんの…」
仰ることはごもっともだ。実際追いついたところでどうしようとか全く考えていなかったので、へどもどして説明する。
「勉強したくて本買いに出てきたんですけど、読みながらお茶しようと思ったら先生が…」
どうしよう。何か言わないと気まずいと思っていたら、先生が意地悪く言った。
「そんなこと言っちゃって、実はクルージングかそういうお店でも漁りに来たんでしょ?」
「ひどい!違いますよ!ほんとに、医学書買いに来たんですって!本買ってお茶したかっただけですよ!」
必死に否定するほど先生は笑った。
正直言うと、おれも一瞬二丁目通過するとき先生に対して、もしかしてとはちょっと思ってたけど。
「しょうがないなあ、特に何もお出しできないけど、うち来ればいろいろ参考になる本もあると思うし、寄っていきなよ」
…え?そんな気安く言う?
「いいんですか?」
「まあ、学術書とか専門誌なんてあんま重版とか再販ないから手に入らないのもあるしね、おれ帰ったら仕事するから静かに読めると思うよ。電車が空く時間まで休んでいけば?何もお出しできないけど」
何もお出しできないことの念押しがすごい。
「じゃあお礼に飲むものでもごはんでもなんでもおれが出すんで、買ってから行きましょうよ」
「おれはいいよ、お茶なりコーヒーなり買い置きあるし」
先生はこの周辺のテイクアウトできるファミレスやコンビニをいくつかスマートフォンで示して選ばせてくれる。
「おれは食べないけど、気にしなくていいから。好きなもの買いな、経費で落とせるしおれが出すよ」
やっぱり食べないんだなあ。本当に、どうやって生命維持してるんだろう。
そう思うとまた、事件のことが脳裏をよぎる。
でも、先生に直接訊くわけにもいかない、そんなこと。
事実だとしたらきっと、関係が壊れてしまう気がする。
気づいたら昼を回るどころか、もうおやつの時間になっていた。今から何かするのは面倒だなと思いつつ、このまま家に居たらまたあれこれ気になって詮索してしまいそうだったので、実際に立ち会って気になる点もあったし、関連の本をちょっと探しに出ることにした。
品川から一本で出れる医学書や手続き関係の試料の扱いのある街だと、渋谷の東急本店の丸善ジュンク堂か、新宿の紀伊國屋書店か、ジュンク堂書店池袋本店か、丸善丸の内本店かになるっぽい。
池袋は遠いしいまいち地理がわからない、渋谷は駅出てから微妙に坂だしあのごちゃっとした街歩くのが面倒だ。東京駅近辺は帰りでも寄れる。駅直結だし案内さえ見ればなんとか歩けるし新宿行ってみようかな。ダメだったら他を当たるくらいで。
持ち物は最低限、パスケース、鍵、財布、スマートフォンで十分。帰り寒いかもしれないのでソフトシェルジャケットのポケットに入れて家を出た。
新宿に着くと久しぶりに見た人の多さと流れの速さに感覚が追いつかない。それでも地下道を通って書店に入り、専門書のフロアまで上がっていくとさすがに先程までの忙しなさとは無縁の静かな空間になった。特に警察官向けの教本や資料があるところなんて、需要が著しく限られてるから本当に人がいない。
手元にないものを何冊か中身をパラパラ流し見て、比較的読み易いものを少し時間をかけて検めた。すぐには必要なさそうなので書名だけ控えて、医学書のフロアに向かう。
フロアについてすぐ、割と目立つ場所に検索機があった。幸い誰も利用を待っていないので適当にヒットしそうな関連ワードを入れて検索してみた。検索結果で気になったものを数枚プリントしている最中にふと、先生の名前で検索したら何か出ないだろうかと思い立ち、入力してみる。
著書も割とあって、専門誌で執筆しているものが何件もヒットした。もとがそっちの人だからか精神医学や心理学の本が多い。大きなストレスがかかった出来事のPTSD化の予防、栄養評価によるメンタルの改善、全生活史健忘の実例記録など、いきなり予備知識無しで読んでもわからないけど気になる内容ではあった。
そしてそれらの内容からは、やはりあの事件の記事が思い出され、再び脳裏をちらつく。やめよう、目的のものを優先しないと。
気になっていた書籍の棚へ行き、内容を検めて3冊ほどえらんで購入して、書店をあとにした。買った本をゆっくり読めそうな店に入りたくて店を探したが、夕方になったとはいえ混んでいるところも多くて、空きを探すうちに三丁目から新宿御苑の入口に近く辺りまで来てしまった。
マルイアネックスの前の横断歩道で信号待ちをしているとき、その横の道の奥に、見覚えのあるディテールの人物がいた。街灯が少なく薄暗い道なので最初人違いかもしれないと思ったが、こちらに少しずつ近づいてきてはっきりした。先生だった。
先生はこちらには全く気づいていない。横断歩道の前で右折して更に新宿御苑側に歩いていく。予定を変更して、先生を追いかけた。小柄な割に歩くのが早い。新宿二丁目の交差点を渡る。そういうところに行く人だったのか、と意外に思っていたら脇目も振らず真っ直ぐ東新宿方面に歩いていく。違った。
東新宿駅前に着く辺りで歩く速度を上げて、先生の肩をそっと叩いた。
「先生、どこ行くんですか」
振り返って、そのままこちらを見て固まってしまった。
「え、寧ろ何でいんの…」
仰ることはごもっともだ。実際追いついたところでどうしようとか全く考えていなかったので、へどもどして説明する。
「勉強したくて本買いに出てきたんですけど、読みながらお茶しようと思ったら先生が…」
どうしよう。何か言わないと気まずいと思っていたら、先生が意地悪く言った。
「そんなこと言っちゃって、実はクルージングかそういうお店でも漁りに来たんでしょ?」
「ひどい!違いますよ!ほんとに、医学書買いに来たんですって!本買ってお茶したかっただけですよ!」
必死に否定するほど先生は笑った。
正直言うと、おれも一瞬二丁目通過するとき先生に対して、もしかしてとはちょっと思ってたけど。
「しょうがないなあ、特に何もお出しできないけど、うち来ればいろいろ参考になる本もあると思うし、寄っていきなよ」
…え?そんな気安く言う?
「いいんですか?」
「まあ、学術書とか専門誌なんてあんま重版とか再販ないから手に入らないのもあるしね、おれ帰ったら仕事するから静かに読めると思うよ。電車が空く時間まで休んでいけば?何もお出しできないけど」
何もお出しできないことの念押しがすごい。
「じゃあお礼に飲むものでもごはんでもなんでもおれが出すんで、買ってから行きましょうよ」
「おれはいいよ、お茶なりコーヒーなり買い置きあるし」
先生はこの周辺のテイクアウトできるファミレスやコンビニをいくつかスマートフォンで示して選ばせてくれる。
「おれは食べないけど、気にしなくていいから。好きなもの買いな、経費で落とせるしおれが出すよ」
やっぱり食べないんだなあ。本当に、どうやって生命維持してるんだろう。
そう思うとまた、事件のことが脳裏をよぎる。
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