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【2020/05 業】
《第二週 水曜日 午後》
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今日は父のいる療養型病棟に行く。
母のいるサ高住に行く日は別途設けている。
母は特に加齢による年相応の関節の傷みはあるものの、取り立てて悪いところはなく、概ね健康なので、日中、昼頃から面会終了の20時まで、概ねほぼ毎日父の病室にいる。
そこに直接訪問すると、おれに対して明らかな嫉妬の目を容赦なく向けてくる。
父は父で、おれが来ると普段拘縮で出せない筈の笑顔を見せるし、声を出して何か伝えようとする。そしてそこに母が割って入ろうとすると機嫌を損ねるのだ。
なので、まずは母と病室ではなく、各病棟にあるサンルームで会う。
その後、おれが父の病室にひとりで会いに行く。
この日も、まずはサンルームに向かう。既に母は到着して、のんびり館内のコンビニで買ってきたと思われるメニューでティータイムしていた。
「お母さん」
「玲くん、お疲れ様。一緒にお茶しましょ、ほら座って」
隣の椅子を引いて、座るように促される。
父のことがなければ、ごく普通の優しい母だと思うし、父の存在を挟まなければ、ごく普通の母子に見えるとは思う。
「なかなか来れなくて、連絡無視しててごめんなさい。今、将来検死官目指してる子の指導したり、バタバタしてて」
「いいよ、しょうがないもの。それで剖検も毎日やってて、非常勤も辞めてないんでしょう、働きすぎで倒れたらどうするの。お父さんよりも先に逝ったらダメよ?そんななったら本当に親不孝だから」
おれが食べられそうな菓子、シュークリームやらコーヒーゼリーやら並べて、無料で使える給茶機からお茶を汲んで持ってきて置く。
「ねえ、多分もうあそこで暮らすことってないからそろそろ整理しないとって思うんだけど、玲くんのものは玲くんがやったほうがいいと思うの、時間とれない?」
「おれは取っておいてほしいものとかないから、お母さんの判断で捨ててしまって構わないよ。必要なものは全部今の部屋にあるし、実家に置いてきたものなんて何も気にしたことなかったもの」
おれのものより、矢鱈と貰って開封もしてない寝具とか、家族の人数に見合わないほど数の多い食器とか、複数あるテレビとか冷蔵庫とか、家族以外の人の冠婚葬祭時の写真とか、他にやっつけたほうがいいものはあるのに…と思いつつも言わず、とりあえずコーヒーゼリーの蓋を開けた。
何を言われても差し障りないよう言葉を選んで返して、出来るだけ聞き役に徹して、会話に付き合う。
一頻り気が済むまで話して貰って、同じ話題が出てループしそうになったら切り上げる。
おやつもなくなりかけたところで、切り出す。
「じゃあ、そろそろ。お父さんに顔見せて帰るから。30分経ったら病室行ってあげて」
集会室を出て、病室に独りで向かう。
ナースステーション斜向かいの父のいる個室の病室に入り、ベッド周りのカーテンを捲る。やはりおれのことはわかるらしく少し笑顔になった。
今日は調子がいいのか意識がはっきりしていて、目に光があり力が宿っている。
震えがあるので確認したら、体位転換後にバランスが崩れてしまったのか、体が傾いて腕や肩を張って踏ん張っている状態だった。
このような状態が続くとおかしな形で拘縮が進んでしまうのでベッド側面の柵を下ろして、脇に手を入れて体を引き上げる。
腰周りや肩の横にビーズクッションを挟んで体勢が崩れないように調整して、柵を上げ直そうとしたとき、父に手を握られた。
「大丈夫、まだ帰らないよ」
顔を近づけて、額や頬、耳元に口付けると、おれの手を掴んでいる手に力が込められていくのがわかる。
何を話すわけでもなく時間がすぎる。
音声をミュートしたまま点けっぱなしになっているテレビが照明器具のように薄暗い部屋に繰り返し過去の災害や流行り病について同じ内容を流して煽り立てている。
何処ともなく空間を見つめる父の視野を阻むように、覆いかぶさるようにして父に体を寄せ、頭に手を添えて暫くそのまま、何も言わず寄り添った。
「お父さん」
呼びかけると僅かに顔を上げておれを見た。
「おれのこと、また抱きたい?それとも許せない?」
唇に唇を重ねる。
一度離れて、裾を引き出してシャツのボタンを外す。前を完全に開だけ、胸を晒した。
父はピアスを見て目を丸くしている。
「これ、お父さん元気だったらめっちゃ怒ってるよね。でも開けたのここだけじゃないし、今に始まった訳じゃないんだ。ごめんね、今まで黙ってて」
再び父に覆いかぶさって抱きしめる。
「おれ、まだハルくんと寝てるし、まだ望んで人から殴る蹴るされてる。多分もう一生治らないよ。手を尽くしてくれたのに、ごめんなさい」
手を解いて、着衣を直しながら独り言のように呟く。
「お父さんが元気なままだったら、とか、そんなことないんだよ、それに、あのままおれが家に居たら、お母さんが先に壊れてしまってたかもしれないし、これでよかったんだよ」
柵を上げて、カーテンの外に出る。
「じゃあまた、今より病んでなかったら二週間後に来るよ。それまで元気でね」
母のいるサ高住に行く日は別途設けている。
母は特に加齢による年相応の関節の傷みはあるものの、取り立てて悪いところはなく、概ね健康なので、日中、昼頃から面会終了の20時まで、概ねほぼ毎日父の病室にいる。
そこに直接訪問すると、おれに対して明らかな嫉妬の目を容赦なく向けてくる。
父は父で、おれが来ると普段拘縮で出せない筈の笑顔を見せるし、声を出して何か伝えようとする。そしてそこに母が割って入ろうとすると機嫌を損ねるのだ。
なので、まずは母と病室ではなく、各病棟にあるサンルームで会う。
その後、おれが父の病室にひとりで会いに行く。
この日も、まずはサンルームに向かう。既に母は到着して、のんびり館内のコンビニで買ってきたと思われるメニューでティータイムしていた。
「お母さん」
「玲くん、お疲れ様。一緒にお茶しましょ、ほら座って」
隣の椅子を引いて、座るように促される。
父のことがなければ、ごく普通の優しい母だと思うし、父の存在を挟まなければ、ごく普通の母子に見えるとは思う。
「なかなか来れなくて、連絡無視しててごめんなさい。今、将来検死官目指してる子の指導したり、バタバタしてて」
「いいよ、しょうがないもの。それで剖検も毎日やってて、非常勤も辞めてないんでしょう、働きすぎで倒れたらどうするの。お父さんよりも先に逝ったらダメよ?そんななったら本当に親不孝だから」
おれが食べられそうな菓子、シュークリームやらコーヒーゼリーやら並べて、無料で使える給茶機からお茶を汲んで持ってきて置く。
「ねえ、多分もうあそこで暮らすことってないからそろそろ整理しないとって思うんだけど、玲くんのものは玲くんがやったほうがいいと思うの、時間とれない?」
「おれは取っておいてほしいものとかないから、お母さんの判断で捨ててしまって構わないよ。必要なものは全部今の部屋にあるし、実家に置いてきたものなんて何も気にしたことなかったもの」
おれのものより、矢鱈と貰って開封もしてない寝具とか、家族の人数に見合わないほど数の多い食器とか、複数あるテレビとか冷蔵庫とか、家族以外の人の冠婚葬祭時の写真とか、他にやっつけたほうがいいものはあるのに…と思いつつも言わず、とりあえずコーヒーゼリーの蓋を開けた。
何を言われても差し障りないよう言葉を選んで返して、出来るだけ聞き役に徹して、会話に付き合う。
一頻り気が済むまで話して貰って、同じ話題が出てループしそうになったら切り上げる。
おやつもなくなりかけたところで、切り出す。
「じゃあ、そろそろ。お父さんに顔見せて帰るから。30分経ったら病室行ってあげて」
集会室を出て、病室に独りで向かう。
ナースステーション斜向かいの父のいる個室の病室に入り、ベッド周りのカーテンを捲る。やはりおれのことはわかるらしく少し笑顔になった。
今日は調子がいいのか意識がはっきりしていて、目に光があり力が宿っている。
震えがあるので確認したら、体位転換後にバランスが崩れてしまったのか、体が傾いて腕や肩を張って踏ん張っている状態だった。
このような状態が続くとおかしな形で拘縮が進んでしまうのでベッド側面の柵を下ろして、脇に手を入れて体を引き上げる。
腰周りや肩の横にビーズクッションを挟んで体勢が崩れないように調整して、柵を上げ直そうとしたとき、父に手を握られた。
「大丈夫、まだ帰らないよ」
顔を近づけて、額や頬、耳元に口付けると、おれの手を掴んでいる手に力が込められていくのがわかる。
何を話すわけでもなく時間がすぎる。
音声をミュートしたまま点けっぱなしになっているテレビが照明器具のように薄暗い部屋に繰り返し過去の災害や流行り病について同じ内容を流して煽り立てている。
何処ともなく空間を見つめる父の視野を阻むように、覆いかぶさるようにして父に体を寄せ、頭に手を添えて暫くそのまま、何も言わず寄り添った。
「お父さん」
呼びかけると僅かに顔を上げておれを見た。
「おれのこと、また抱きたい?それとも許せない?」
唇に唇を重ねる。
一度離れて、裾を引き出してシャツのボタンを外す。前を完全に開だけ、胸を晒した。
父はピアスを見て目を丸くしている。
「これ、お父さん元気だったらめっちゃ怒ってるよね。でも開けたのここだけじゃないし、今に始まった訳じゃないんだ。ごめんね、今まで黙ってて」
再び父に覆いかぶさって抱きしめる。
「おれ、まだハルくんと寝てるし、まだ望んで人から殴る蹴るされてる。多分もう一生治らないよ。手を尽くしてくれたのに、ごめんなさい」
手を解いて、着衣を直しながら独り言のように呟く。
「お父さんが元気なままだったら、とか、そんなことないんだよ、それに、あのままおれが家に居たら、お母さんが先に壊れてしまってたかもしれないし、これでよかったんだよ」
柵を上げて、カーテンの外に出る。
「じゃあまた、今より病んでなかったら二週間後に来るよ。それまで元気でね」
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