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【2020/05 業】
《第二週 木曜日 夜》
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新宿に戻り、駅で小曽川さんと別れた。
今日は先生に会えなかった。
あんな事があったから避けられてるんだとしたら、狡いと思う。
多摩に向かう途中、小曽川さんといろいろなことを話した。
先生が言っていたとおり、小曽川さんは作品制作に於いてはかなり根を詰めてしまうタイプらしく、一昨日の帰宅後直ぐに制作に取り掛かるも納得行かず、8時間近く碌に飲み食いもせず描いたり消したりしているうちに体力が尽きてしまい、滾々と眠り続けていたそうで、このため妹さんが藤川先生に欠勤連絡をしたのだそうだ。
そのまま明るいうちずっと寝ていたため、昼夜逆転して時差ボケのような状態になっているらしく明らかに眠そうだった。
「小曽川さん…またオロCでも飲みます?」
「今日はコカコーラエナジーがいいなあ…」
放っておいたら液体になって床に落ちそうなくらいグダグダになっている状態だった。
「買ってきますから、とりあえず実習始まる前に髪整えて顔洗っておきましょうよ、ほら立ってください」
キャンパスの最寄り駅で降り、背後に回り込んで脇に手を差し入れて強引に立たせて、トイレまで連れていき自分用に持っていたタオルやらヘアブラシを出して渡した。
「長谷くん、そういや、おれがいない間、大丈夫でしたか、藤川先生」
エナジードリンクを飲みながら絡まった髪の毛をほぐしつつ、小曽川さんは言った。
大丈夫じゃないけど大丈夫じゃなかったですとか弄ばれた上で振られましたなんて言えないので、曖昧に笑っていたら「今日はなんだか元気がない気がします」と言われた。
観念して正直に話したら「…あー…あぁ~…」とおれの貸したタオルで顔を押さえて小曽川さんは蹲ってしまった。
「長谷くん、ごめんね、ほんとにごめんね…あのクズ…」
直球でクズって言った。
「でも、おれも悪いんです、先生を責めないであげてください」
立ち上がって「長谷くんはあの人のクズ度合いをまだわかってないんですよ…こんなん序の口なんですよぶっちゃけ…とてもじゃないけど長谷くんに言えないようなこと、いっぱいありますもん…」と言うと、顔を水で乱暴にバシャバシャ洗い始めた。
言えないようなことってなんだろう。気にはなるけど、わざわざ教えて下さいとも言いづらい。
結局訊けないまま、多摩キャンパスに向かって実習を受けた。
実習そのものははすごく勉強になったけど、正直きつかった。先生の師匠である教授の方と、小曽川さんには迷惑をかけてしまったと思う。
別に、実際に解剖するのを見たら具合が悪くなったとか、凄惨なご遺体を前にショックで茫然となったとかそういう意味ではない。なくなった死因やその経緯を具に調べていくうちに、心が参ってしまった。おれの考えが甘かっただけだ。
言えるのは、先生が剖検し終わったものをもとに書類の書き方や手続きについて説明して、解説して見せてくれたのは、本当に本当に、あくまでも慣らしでしかなかったということ。
そして、先生が如何にご遺体を丁寧に扱っているのか、如何にできるだけ美しい状態でお返しすることを考えているのか、如何に尊厳というものを重んじているのか、わかった。
だから、いろいろなことは目をつぶって、先生に今日のことを伝えて話し合いたいし、やっぱりおれは先生から直接教わりたい。先生が剖検するのに直接立ち会いたい。
先生は、死というものをどう考えているんだろう。何故心理学や精神医学から離れてこの仕事に就いたんだろう。
不慮の事故で亡くなること、自ら命を絶つこと、病に斃れること。人が人を殺すこと。どんな気持ちで受け容れているんだろう。
コインロッカーに預けていたジムに行くための鞄を取り出して、今日もジムに向かい、一通り無心でこなす。
今日の見学について振り返りたいこともあるけど、先生に直接話して質疑したいから、今日はやめておこう。
何より、今下手に自由な時間を作ってしまったら、また先生のことを思い性行為に耽って、無為に浪費してしまう。
今日は先生に会えなかった。
あんな事があったから避けられてるんだとしたら、狡いと思う。
多摩に向かう途中、小曽川さんといろいろなことを話した。
先生が言っていたとおり、小曽川さんは作品制作に於いてはかなり根を詰めてしまうタイプらしく、一昨日の帰宅後直ぐに制作に取り掛かるも納得行かず、8時間近く碌に飲み食いもせず描いたり消したりしているうちに体力が尽きてしまい、滾々と眠り続けていたそうで、このため妹さんが藤川先生に欠勤連絡をしたのだそうだ。
そのまま明るいうちずっと寝ていたため、昼夜逆転して時差ボケのような状態になっているらしく明らかに眠そうだった。
「小曽川さん…またオロCでも飲みます?」
「今日はコカコーラエナジーがいいなあ…」
放っておいたら液体になって床に落ちそうなくらいグダグダになっている状態だった。
「買ってきますから、とりあえず実習始まる前に髪整えて顔洗っておきましょうよ、ほら立ってください」
キャンパスの最寄り駅で降り、背後に回り込んで脇に手を差し入れて強引に立たせて、トイレまで連れていき自分用に持っていたタオルやらヘアブラシを出して渡した。
「長谷くん、そういや、おれがいない間、大丈夫でしたか、藤川先生」
エナジードリンクを飲みながら絡まった髪の毛をほぐしつつ、小曽川さんは言った。
大丈夫じゃないけど大丈夫じゃなかったですとか弄ばれた上で振られましたなんて言えないので、曖昧に笑っていたら「今日はなんだか元気がない気がします」と言われた。
観念して正直に話したら「…あー…あぁ~…」とおれの貸したタオルで顔を押さえて小曽川さんは蹲ってしまった。
「長谷くん、ごめんね、ほんとにごめんね…あのクズ…」
直球でクズって言った。
「でも、おれも悪いんです、先生を責めないであげてください」
立ち上がって「長谷くんはあの人のクズ度合いをまだわかってないんですよ…こんなん序の口なんですよぶっちゃけ…とてもじゃないけど長谷くんに言えないようなこと、いっぱいありますもん…」と言うと、顔を水で乱暴にバシャバシャ洗い始めた。
言えないようなことってなんだろう。気にはなるけど、わざわざ教えて下さいとも言いづらい。
結局訊けないまま、多摩キャンパスに向かって実習を受けた。
実習そのものははすごく勉強になったけど、正直きつかった。先生の師匠である教授の方と、小曽川さんには迷惑をかけてしまったと思う。
別に、実際に解剖するのを見たら具合が悪くなったとか、凄惨なご遺体を前にショックで茫然となったとかそういう意味ではない。なくなった死因やその経緯を具に調べていくうちに、心が参ってしまった。おれの考えが甘かっただけだ。
言えるのは、先生が剖検し終わったものをもとに書類の書き方や手続きについて説明して、解説して見せてくれたのは、本当に本当に、あくまでも慣らしでしかなかったということ。
そして、先生が如何にご遺体を丁寧に扱っているのか、如何にできるだけ美しい状態でお返しすることを考えているのか、如何に尊厳というものを重んじているのか、わかった。
だから、いろいろなことは目をつぶって、先生に今日のことを伝えて話し合いたいし、やっぱりおれは先生から直接教わりたい。先生が剖検するのに直接立ち会いたい。
先生は、死というものをどう考えているんだろう。何故心理学や精神医学から離れてこの仕事に就いたんだろう。
不慮の事故で亡くなること、自ら命を絶つこと、病に斃れること。人が人を殺すこと。どんな気持ちで受け容れているんだろう。
コインロッカーに預けていたジムに行くための鞄を取り出して、今日もジムに向かい、一通り無心でこなす。
今日の見学について振り返りたいこともあるけど、先生に直接話して質疑したいから、今日はやめておこう。
何より、今下手に自由な時間を作ってしまったら、また先生のことを思い性行為に耽って、無為に浪費してしまう。
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