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【2020/05 邂逅】
《第2週 月曜日 昼前》②
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少し屈んでカフェテーブルの下の棚の物入れから、普段はこの部屋では吸わない紙煙草と、喫茶店に置かれているような紙軸のマッチを取り出す。
箱から弾き出された紙煙草を手に取って咥え、マッチの先を外側に折り曲げ、指で弾くようにして側薬に擦って火をつけた。煙草を軽く吸いながらその火を移し、マッチの残り火を手で振り消してテーブルに投げたが、縁に当たって下に束ごと床に落ちた。
「そんなもの、③以外ないでしょうよ」
「まあ、そうだろうと思ったよ」
ハルくんはさり気なく屈んで落ちたマッチの束を拾い、物入れに戻す。
長谷のあの体に組み敷かれて、あの優しげな声と物言いでひどくなじられたい欲望はあるが、②ではない。
①は検討中だが、まだ時期じゃない。もっと生活を破綻させるほど執着させないと切る決定的理由に至らないからダメだ。
今吸っている煙草は、①の奴が此処に忘れていったもので、マッチは煙草の箱に入っていたものだ。
「今日から来てる高輪署の子、あの日現場でおれを発見した人の血縁ぽくてさ、図られた感じがしてずっと一日ムカついてる」
「は?被害妄想じゃないの?署の人に確認した?」
「そういうことじゃないよ」
「そういうことでしょうよ、それすら口実にしておれを呼び出すくらいには苛立ってんでしょ」
そうだよ。よくわかってるね。
ああ、ほら、まただ。
こうやって苛立ちをぶつけてくるとき、こちらの嗜虐心を煽ってくるとき、その概ね原因は性的衝動だ。
但し、この人にとっては単純な本能による性的衝動でも、執着やら愛情からくるものでもない。
その性的衝動を引きずり出すのは、いつだって当の本人が忘れた筈の過去。
あまりにも凄惨で圧倒的な死。
そして承認欲求、甘え、自傷の延長、自己の存在の確認、心身に焼き付けられた根源的恐怖、怯え、不安。とか、なんやかんや。理由がいちいち過大で多すぎる。
だから、この人の相手は絶対におれでなくてはいけない理由は全くない。
行為の最中に他の男のことを考えていることくらい想定内。おそらく、女性や不能者でない限り、誰だって構わないのではないか。
それどころか、自分に当時の被害の再体験を齎す事ができればそれでいいという可能性すらある。
度を超えた快楽や責めで気を殺って、藤川玲になってからの記憶のリプレイ見るためと言われたって不思議じゃない。納得さえできる。
だが、少なくとも昔みたいに野放しにしておいて乱倫の果てに野垂れ死にしかけて搬送されるよりかは、素性の知れた有資格者のおれが対応するのが落としどころとして適当だろう。
そもそも、感覚だけ焼き付いて相応の振る舞いを忘れていたこいつに、再び性的快楽を植えつけ肉体改造まで手を貸したおれは、責任を持たないといけない。
壁一枚向こうからは、献立を確認して読み上げて紹介しながら、助教くんが誰かを学食に誘っているのが聞こえる。
こちらと空気感の違いに溜息をついた。
箱から弾き出された紙煙草を手に取って咥え、マッチの先を外側に折り曲げ、指で弾くようにして側薬に擦って火をつけた。煙草を軽く吸いながらその火を移し、マッチの残り火を手で振り消してテーブルに投げたが、縁に当たって下に束ごと床に落ちた。
「そんなもの、③以外ないでしょうよ」
「まあ、そうだろうと思ったよ」
ハルくんはさり気なく屈んで落ちたマッチの束を拾い、物入れに戻す。
長谷のあの体に組み敷かれて、あの優しげな声と物言いでひどくなじられたい欲望はあるが、②ではない。
①は検討中だが、まだ時期じゃない。もっと生活を破綻させるほど執着させないと切る決定的理由に至らないからダメだ。
今吸っている煙草は、①の奴が此処に忘れていったもので、マッチは煙草の箱に入っていたものだ。
「今日から来てる高輪署の子、あの日現場でおれを発見した人の血縁ぽくてさ、図られた感じがしてずっと一日ムカついてる」
「は?被害妄想じゃないの?署の人に確認した?」
「そういうことじゃないよ」
「そういうことでしょうよ、それすら口実にしておれを呼び出すくらいには苛立ってんでしょ」
そうだよ。よくわかってるね。
ああ、ほら、まただ。
こうやって苛立ちをぶつけてくるとき、こちらの嗜虐心を煽ってくるとき、その概ね原因は性的衝動だ。
但し、この人にとっては単純な本能による性的衝動でも、執着やら愛情からくるものでもない。
その性的衝動を引きずり出すのは、いつだって当の本人が忘れた筈の過去。
あまりにも凄惨で圧倒的な死。
そして承認欲求、甘え、自傷の延長、自己の存在の確認、心身に焼き付けられた根源的恐怖、怯え、不安。とか、なんやかんや。理由がいちいち過大で多すぎる。
だから、この人の相手は絶対におれでなくてはいけない理由は全くない。
行為の最中に他の男のことを考えていることくらい想定内。おそらく、女性や不能者でない限り、誰だって構わないのではないか。
それどころか、自分に当時の被害の再体験を齎す事ができればそれでいいという可能性すらある。
度を超えた快楽や責めで気を殺って、藤川玲になってからの記憶のリプレイ見るためと言われたって不思議じゃない。納得さえできる。
だが、少なくとも昔みたいに野放しにしておいて乱倫の果てに野垂れ死にしかけて搬送されるよりかは、素性の知れた有資格者のおれが対応するのが落としどころとして適当だろう。
そもそも、感覚だけ焼き付いて相応の振る舞いを忘れていたこいつに、再び性的快楽を植えつけ肉体改造まで手を貸したおれは、責任を持たないといけない。
壁一枚向こうからは、献立を確認して読み上げて紹介しながら、助教くんが誰かを学食に誘っているのが聞こえる。
こちらと空気感の違いに溜息をついた。
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