Over Rewrite Living Dead

きさらぎ冬青

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【2020/05 邂逅】

《第2週 月曜日 朝》③

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「もう少ししたら助教も来るから校内の案内させるよ、ソファに座って待ってて」
研究室というともっと書籍や書類でもっと雑然としているイメージだったが、この部屋は全体が整然として、家具や調度品もきれいめのお高そうなものばかりだ。
壁の下1/3は淡い緑、上は象牙色に塗られており、その間には焦茶色と白の梯子模様のテープで切り替えられている。モデルルームかと思うくらいに洒落ている。
キョロキョロと見回していると、扉の向こうからか細い声で「おはようございまぁす」と呼びかけるのが聞こえた。センターで分けたおかっぱに丸眼鏡に無精髭、自分と同じくらいの歳と思われる男がノックもせずふらりと入ってくる。
「南、今日から研修の高輪署の長谷くん来たから校内案内してやって。長谷くん、この子うちの助教で小曽川南、33歳」
思ったより年上だ。
「あ、どうも、おそがわです、よろしく~」
人の良さそうなちょっと間延びした返事をすると、小曽川さんはじっと先生の背中を見て「朝っぱらから引きこもってないで先生が連れてってあげればいいのに」と身も蓋もなく言い放った。
「南のほうが安全でしょ」
振り返りもせず文献を読みながら言う先生を横目に部屋を出た。
「小曽川さん、安全って、何がですか?」
尋ねると腕を組んで暫く立ち止まった。
「うーん…人にもよると思うけど…そのうちわかると思うよ。ひとつ言えることは、勝手に言っちゃうとプライバシーの侵害になるから、どうしても気になるなら本人に訊いたほうがいいかもしれないってことくらいかなあ」
「そうですか…」
飯野さんは変わってると言ってたけど、秘密主義、謎が多い、よくわからないってことや、身体に不自由があるということも含むんだろうか。飯野さんがそういった点をそのように表現するような人ではないと思いたい。
でも実際、今のところ何がどう変わってるのかわからない。少なくとも、おれよりはうんと真っ当そうに見えるし、社会的にも立派な人だろうに。
なんとなくモヤモヤが消えないまま、おれは助教の小曽川さんと隣にある本がびっしりと積まれた先生専用の書庫へ移動した。


話す声と足音が遠ざかるのを確認して、だらしなく机上に開いていた本の間に顔を突っ込んで伏せた。
躰から力が抜け、末端が震える。
苗字が長谷。飯野さんが課長になる前の課長も長谷。
そして下の名前に文字は違えどどちらも「ひで」と付いている。間違いなく【あの時】の警察官の血縁者だろう。
面倒なことにならなければいいけど、こういうときの嫌な勘はだいたい当たる。
目にかかった前髪の中にある縫合痕に触れる。そしてその中の損傷部位を埋めたセメントの歪な硬い感触。

何故。何故【あの時】死んだのがおれじゃないんだ。
結局おれは死ぬまで【あの時】から逃れられない。
もう【あの時】のことなんか何も憶えていないのに。
もう【あの時】より前のことなんか、何も思い出したくないのに。
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