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叢雲(むらくも)

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バレンタインデー編

1(2022/1/22修正)

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 スーパーの入り口付近に、小綺麗に包装された箱が積まれているのを目にすると、ああ、今年も来たのかと胃が重くなる。
 つい先日までは、恵方巻きや豆などでワゴンが埋めつくされていたが、今ではこぢんまりとした色とりどりの箱に占領されてしまっている。
 役目を失ったものたちは、値引きシールを無慈悲に貼られ、入り口から離れた見切り品のコーナーに身を寄せていた。
 本当に我が国は、イベントの切り替えが凄まじい。
 特に、クリスマスから年末年始にかけての移り変わりの速さには感心する。クリスマス当日までは店内が聖夜一色だったが、次の日にはもう年越しムードに変貌していた。
 たった一日、いや、店が閉店してから再び開くまでの数時間で変えるのはさぞ大変だろう。お疲れ様ですと心の中で労いながら、季節ごとに変化するワゴンの横を素通りしていた。
 武骨な男である俺には、こういったイベントはあまり縁のないものだ。花の高校生といえど、世間一般的に言われるイケメンの部類から遠く離れた顔立ちのためか、この十八年間で一度も告白を受けたことはない。
 周りの男どもは、年がら年中「彼女欲しい」だの「リア充爆発しろ」だのと羨みひがんでいるが、俺はなんとも思ったことはなかった。
 気の合う連中と馬鹿騒ぎをしている方が楽しいし、そもそも恋人をつくる時間も余裕もないに等しいのだ。
 この、赤ん坊並みに手がかかる幼馴染がいる限りは――





  ***




 ニ月十四日。この日付を聞いて、最初に思い浮かべるものといえばチョコレートであろう。
 元は、どこぞの皇帝に殺された人を祭る日だったらしいが、いつの間にかこちらの方がお馴染みになっている。おそらく製菓会社が流したCMがきっかけだろう。
 海外では、男性から女性に贈り物をすることが多いが、日本では反対に女性から男性へチョコレートをあげるのとともに、告白することが定番化している。CMの影響は多大だ。
 今年も企業の戦略に感化された者たちは、やれ友チョコだのやれ本命チョコだのと忙しなく動いているが、俺はそんなものには惑わされない。そもそも甘いものは昔から得意ではないのだ。
 さらにいうなら、俺のような女子受けしない厳つい男は対象にすら入っていないだろう。運良く義理を貰えたらいいほうだ。
 
 教室の前方では、ジャ○ーズ系のイケメンが大勢の女子に囲まれているが、一方の自分はというと、泣きそうな面をしたごつい男たちに群がられている。
 俺から見て右側にいる男――K原が机に突っ伏して唸る。
北浦きたうら聞いてくれよぉ。俺一個もらえなかった……義理もだぜ! 今年こそはもらえると思って、朝飯抜いてきたのにぃ……」
 一体どこからその自信が来るのだろうか。
 次に、俺の真向かいに立っている長身な男が、慰めるようにK原の肩に手を置きながら言った。
「俺なんか、今まで家族からしかもらったことねえよ」
 大抵のモテない男はそうだと思うぞ。俺も含めて。
 どうやらこいつは、さほどダメージを受けていないようだ。
 心の中で同意していると、三人衆の最後の男――A澤が悔し声を上げて机上をバシバシと叩いた。
「チクショー! 何なんだこの格差は。オレ達とアイツの違いってなんなんだよ!」
 顔と頭、あと性格か。
 うぅと呻きながら血涙を流す両端の二人にため息を零す。
「全部だろ」
 真正面からの正論に、わずかに残っていたプライドも砕け散ったのか、チーンという音が聞こえそうなほど、頭を垂れて肩を落とした。毎度のことだが、こうも意気消沈されると可哀想だ。
 机を陣取っていたK原が顔を上げ、俺の腕をガッと掴む。
「可哀想な俺達にどうかお慈悲を……!」
「お慈悲を……北浦様!!」
 膝上に置いていたスクールバッグの中に手を突っ込むと、ほのかに甘い香りが鼻をかすめた。クシャ、という軽いビニール音を立てつつ、むんずと手でソレをまとめて掴み取る。
「ほらよ」
 右から順に一つずつ並べていくと、一斉に頭を下げられた。
「「ありがとうございます!!」」
 彼らが手にしているのは、俺お手製のパウンドケーキだ。シンプルな透明の小袋の中に、ドライフルーツ入りのパウンドケーキが一切れ入っている。
 このパウンドケーキは元々、幼馴染のために作っていたものだ。甘いものが苦手なやつのため、砂糖を控えめにしてその分フルーツ本来の味がわかるよう調節した。女子相手ではないので、大きさも一般的なものより一回り大きく、厚さも二倍ほど分厚い。完全に男向けだ。
 その幼馴染――南雲真人なぐもまこととは、親同士が高校の同級生で家も隣近所ということで、幼い頃から家族ぐるみの付き合いだ。親の影響で、昔からバレンタインの日には、互いに菓子を作り渡し合うのが習慣になっていた。
 高校三年になった今でも付き合いは続いていて、たまたま余ったパウンドケーキを同級生に渡したのが始まりだった。それ以降、何かと理由をつけては、男子のみならず女子たちからもねだられ、いつしかバレンタイン以外にも、定期的に菓子を配るのが定着していた。
 こういうイベントは、身内以外あまり関わりがないと思っていたが、この三年間でズブズブと足を突っ込んでしまった。企業の思惑に乗っかってたまるかと息巻いていたけれど、今こうしてやつらに配っている姿は、なんとも矛盾している。中身は違うにしろやっていることは同じだ。
 思わず苦い笑いがこみ上げる。
 自分自身、菓子を作るのは好きだし、料理は人並みにできる方だ。自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる真人の姿を見るのが好きで、やつのために毎度意気込んでいた。
 顔の整っている真人ならともかく、目の前の屈強な男どもの頬張る姿を見ても癒やされないが、うまいうまいと連呼されると素直に嬉しい。
「いつも食ってるけど、やっぱり北浦の作る菓子うめぇ~!」
「このパウンドケーキとも今年でお別れか……味わって食べねぇとな」
「北浦おかわりくれ!」
 はいはいわかったよとおざなりに返し、A澤に追加分を渡し、残りの二人にもそれぞれ置いていく。育ちざかりの男どもには、一切れでは物足りないようだ。なにより、彼らは普段部活で体を動かしているため、腹が減っているはずだ。放課後ともなればなおさらだろう。
「おう、食え食え。今年で終わりだからな。サービスしてやるよ」
 と言いながら、机の下から数種類のパウンドケーキとクッキーが詰められた紙袋を引っ張り出す。
「マジで!? 太っ腹~!」
「いいのか? 北浦がいいなら頂くけど……」
「さっすが北浦様~!!」
 アイシテル~、と気持ち悪い裏声でA澤に抱きつかれた。お前に言われても嬉しくねえよ。彼を引き剥がしていると、珍しく遠慮がちな真ん中の男――とおるに尋ねられた。
「こんなに作って大丈夫なのか? 材料費とか諸々すげえかかるだろ」
「いつもガツガツ遠慮なく食ってるやつがそれを言うか。……まあ、気にすんな。母さんたちと折半してるし、そんなにかかってねえよ」
 家族ひっくるめて菓子作りをしているので、彼が思うほど一人あたりの材料費はそんなに高くない。
「そっか……ならいいんだけどさ。ありがとな」
 ニカッと徹が微笑む。彼はモテないと自虐しているが、それほど悪い顔立ちでもないと思う。一つ一つのパーツは大きいが、バランスのいい位置にあり、鼻筋はスッと通っている。どちらかというと同性から好かれそうな顔だ。
 目つきが鋭いため、女子からは恐れられているが、笑った表情は好青年らしい爽やかなものだ。しかし、滅多に人前で笑顔を見せないので、素顔を知らない者たちには敬遠されている。
 もっと笑顔をふりまけばモテるぞ、と前に提案したが、楽しくもないのに笑えないと一蹴されてしまった。そりゃそうか。
 騒ぎながら食べている三人を脇目に、スマホの着信を確認すると、案の定真人からメッセージが来ていた。慌てて打ち込んだのであろう、所々誤字が混ざっている。
『ゴメン、まだ終わりそうにないこら先に言ってて!』
 文面から彼の焦りようが手に取るようにわかる。どんだけ急いでたんだよ。真人の様子が目に浮かび、思わずふふっと笑みが零れる。
「どうした?」
 急に笑い出した俺を不審がったのか、徹が手元を覗きこんできた。
「コレ」
 スマホを裏返し、メッセージが書かれた画面を見せる。合点がいったようで、徹は切れ長の瞳をほんの少し見開いた。
「あぁ、王子からか。アイツも毎年大変そうだよな」
「そ、今年で俺たち三年が卒業しちまうからな。今まで渡せなかったやつらも合わせて、凄いことになってるよ」
「羨ましいけど、あそこまでいくと今のままでもいいって思もっちまうわ……」
 ハハハと、徹が乾いた笑い声を上げる。ごもっともだ。
「……さてと。王子が終わるまで、俺たちは菓子パーティでもしますかね」



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