初声を君に(休載中)

叢雲(むらくも)

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第二章【友達の定義とは】

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 ぶっきらぼうな男性の声と黒板を滑るチョークの音だけが、静かな教室に響いている。
 暖簾のように長い前髪の間から見える教師の顔は、いつもの通りの仏頂面だ。まだニ十代半ばらしいが、疲れた表情をしているせいか、実年齢よりも上に見える。
 それに味気ない服装も相まり、全体的にくたびれている印象だ。
 望んでこの職業に就いたとは思えず、お世辞にも、己の担当する教科に情熱を注いでいるとは言えないだろう。

 無論、教える立場の彼がそのような態度では、受ける側である生徒たちも当然、なあなあな感じだ。真面目に受けている者もいるが、半分以上はうわの空だ。
 おまけに一部は、気持ち良さそうに寝息を立てて夢の世界へと落ちていた。

 残りの生徒も、体裁として教材を広げているが、彼らの手にはシャーペンではなく、スマホやゲーム機が握られている。
 教壇側からは見えないよう、教科書を立ててガードしたり机の下に隠したりと工夫を凝らしているが、こちらからは丸見えだ。

 教師は、生徒たちがノートも取らず娯楽にふけっていることに気づいていると思うが、今までに一度も注意したことはなかった。
 我関せずといった様子で、一人黙々と黒板に向かっている。いちいち授業を中断して声をかけるのが、時間の無駄だと思っているようだ。
 しかし口には出さないが、確実に授業態度の点は減点されていることだろう。

 彼が一方的にしゃべり続け、ひたすら板書を書き写すだけという退屈な時間がただ過ぎていく――



 完全に授業の形態が破綻している教室を眺め、飛鳥は小さく息をついた。
 今年に入って何度目の光景だろう。二年に上がって気が緩んだのか、チラホラとサボる生徒も出始めている。

 せっかく学校に来ているのだから、少しは聞く耳を持ってもいいのではないかと思うが、こうもつまらない授業だとやる気が激減するのも納得だ。
 特殊な高校故に、教師の当たり外れの差が激しいのだろう。

 再びため息をついてページの端に指をかけると、右側からコンコンと机を叩く音が聞こえた。
 嫌な予感を覚え、手を止めて前髪の隙間から隣を窺うと――案の定、悠介がこちらを見つめていた。
 実を言うと、彼の謎の視線は今も続いている。以前よりも大分頻度は減ったものの、未だにこの眼差しには慣れない。
 屋上での待ち伏せも含め、彼が何を考えているのか量りきれず、微妙な緊張感が二人の間に漂っていた。

 そんな空気を壊すように、悠介がサッと紙切れを差し出した。
 これはなんだろう。別の人に回してほしいのだろうか。
 そう思って周囲を見渡したが、自分の周りはほとんど机に突っ伏しており、壊滅状態だった。

――もしかして、僕?

 恐る恐る己を指差すと、悠介が顎を引いた。困惑しつつ、彼の手から受け取って中を見ると、奇妙な単語が書いてあった。

『カワハギ』

「?」
 どういう意味かわからずに首を捻っていたら、悠介が黒板の方に顔を向けた。
 辿った先は――例の教師だ。
 飛鳥が教師の姿を捉えたのを確認すると、悠介が声を落として「あいつのあだ名」と言った。
 なるほど。言われてみれば顔が似ているかもしれない。
 合点がいき、空きスペースに『知らなかった』と書き込んで返す。
 悠介は、早速戻ってきた紙切れに一言付け足して、開いた状態のまま再度飛鳥に手渡した。

 次はなんだ、と先程の文章の下にある、少し斜めった文字の羅列に目線を落す。

『他にもいろんなあだ名ついてんだぜ』

 さすが校内一の情報通なだけはある。彼は、学年を問わず様々な生徒と交流があるので、おのずとそういう情報が入ってくるのだろう。

 それにしても、相変わらず見目麗しい外見とは真逆な筆跡だな……。
 走り書きのような文字を見つめていたら、ふいに飛鳥の口許が緩んだ。
 変に身構えてしまっていたけれど、その必要はないのかもしれないな。彼の行動の謎はまだ解けていないが、もう少し肩の力を抜いてもよさそうだ。

 二人の間に漂う空気が、徐々に和らいでいくのを感じる。





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