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真実の愛とはいくつも存在するものなのか?
23.ハイラント王国で起きた【真実の愛】騒動
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ハイラント王国には、昔、学園で大きな騒動があった。それが、法律の制定にまで発展した。
その元凶は一冊の本である。
ハイラント王国は、文化の発展や芸術の保護のため、創作物に厳しい制限は掛けていない。よほど政治的に問題がある作品であれば、発禁などの措置が取られることも有るが、それらも専門機関の意見書をもって、議会に掛けられ、そこで決まらなければ最終裁判で決められる。
そういう処置を受けなかったその本は、市井を中心に話題となった。平民の女性が、王族と出逢い、最終的に王妃にまで登り詰めるという内容で、女性の憧れが詰まった一冊として、人気を博したのだ。
それは徐々に市井から貴族社会へと侵食し、とうとう舞台になるまでに発展する。
もともとハイラント王国は、身分制度の上に成り立つ国家で、貴族が背負う責務は重たいものとして位置づけられていた。それは今も続いている。
あっという間に女性を中心に人気が広がったその本は、【或る愛の輝き】という。庶民の少女が王妃になるなど、当時のハイラント王国では高騰向けな夢物語であった。だからこそ、創作物として起こることのない夢に皆が虜になった。
思春期の少女たちは無垢で染まりやすい。かつ、活字で何度も繰り返し刻まれるその物語は、少女たちの心に希望を植え付けていった。
そんな一種の熱病のような流行りは、貴族が通う学園にも蔓延してしまったのだ。
その結果、ひとつの大きな婚約が破綻した。そして、熱に浮かれて婚約を壊した張本人たちは、重たい罰を背負うことになった。
当時、流行った言葉は、【真実の愛】と【悪役令嬢】。小説の中で何度も繰り返される【真実の愛】という台詞と、印象的な役柄であった悪女の隣国王女。
真実の愛は尊いのだと説いたはずのその小説は、【真実の愛】という名の不貞行為を取り締まる法律制定のきっかけとなったのである。
その小説は、結果として発禁にはならなかった。今もなお、書籍として存在するため、誰でも読むことが出来る。ただ娯楽として楽しむ者ももちろんいるが、貴族はその小説を読むことと法律を学ぶことは必ず一対とされている。それは騒然となった学園での騒動を忘れないための戒めであり、夢を見ることとそれを実現することの乖離を理解する教材としての役割も果たしている。
発禁にはならなかったが、初版本はすでに回収され封印されている。今世の中で手に出来るのは、巻末にその後制定された法律についての解説が付与された【改訂版】のみである。
デリツィアは、この本の存在を自国のピエモンテ公国で知った。隣国で流行った物語は、彼女の国でもかなり遅れてではあるが、出版されていたのである。
もちろん、ハイラントで起きた騒動についても記載はあった。その部分はデリツィアは細かく読んでいない。
そもそも、物語自体にさほどの感動を覚えなかった。平民が王族に愛されることなんて普通にあるじゃないの、と思ったくらいだ。
ピエモンテ公国は、比較的恋愛重視の国であった。南国の気風もあってか、国民性としては奔放で、男女の戯れも日常のスパイスの一つであり、色事に伴う快楽には積極的である。
結婚しても恋人が出来たり、愛人を囲ったりは、財が許す限りは皆行っていることであったし、清廉を是とする国から見ると乱れているように見られることも有るが、ピエモンテ国内ではそうでもない。
強いものが愛するものを所有するのは当たり前なのだ。
ただ、この本から、デリツィアは一つの言葉を覚えた。【真実の愛】である。
愛に従順でない国の者にはこの言葉は効果的らしい。
一つ目の留学先で、恋仲になった令息もその言葉に酔っていたし、その言葉を盾に婚約破棄させることに成功した。
もともとハイラント王国はこの物語の発祥の国である。これが人気になるということは、心の奥底では愛を求めていることに他ならないとデリツィアは思っている。
自国で読んだものとは若干違うハイラントで出版された本をパラリと捲る。
最後に法律のことが書いてあるからと言われたが、ピエモンテに帰るデリツィアには関係がない。
ハイラント王国で見つけた男は極上であった。
見目は理想的な【他国の王子様】の風貌である。煌めく金髪は細く柔らかな毛質で手触りが程よい。透き通る様に青い瞳は、水を湛えた様に潤んで光を含んでいる。甘やかな笑みがその整った顔に乗ると、華やかな雰囲気を宿す。薄い唇は常に笑みの形をしていて、何れはその形を変えデリツィアへの愛を囁くことになると思えば、早く欲しくなる。
その甘い顔を載せる体はすらりと痩身であるのに、その実しなやかな筋肉が程よくあることが腕を組めばわかる。
デリツィアはとりあえず一人はこの男を連れ帰ると早々に決めた。ハイラントが留学中の話し相手として寄越したその男は、デリツィアが傍に置いて、体を寄せても嫌がらず、にこやかに享受している。
容易くこの男は手に入るだろうが、この国の男はもう一人いてもいい。この男以外にも品定めをしようとすると、側に付けられた他の4名がさりげなく邪魔をしてくる。
そして、すでにデリツィアの中で連れ帰ると決まった男―― アラン・マクドエルには、婚約者がいる、それも婿入りだと暗にデリツィアの行為を諫めてくるのだ。
デリツィアにとっては婚約などというものはあくまで、先約であるだけで、確定した未来という認識はない。
だって、愛は何をおいても優先されるものなのだ。
アランはすでにデリツィアのものである。彼はデリツィアの横にいることを拒まない。それは望んでいることと同義だ。
―― さて、アランの婚約者とはどんな女か。
その元凶は一冊の本である。
ハイラント王国は、文化の発展や芸術の保護のため、創作物に厳しい制限は掛けていない。よほど政治的に問題がある作品であれば、発禁などの措置が取られることも有るが、それらも専門機関の意見書をもって、議会に掛けられ、そこで決まらなければ最終裁判で決められる。
そういう処置を受けなかったその本は、市井を中心に話題となった。平民の女性が、王族と出逢い、最終的に王妃にまで登り詰めるという内容で、女性の憧れが詰まった一冊として、人気を博したのだ。
それは徐々に市井から貴族社会へと侵食し、とうとう舞台になるまでに発展する。
もともとハイラント王国は、身分制度の上に成り立つ国家で、貴族が背負う責務は重たいものとして位置づけられていた。それは今も続いている。
あっという間に女性を中心に人気が広がったその本は、【或る愛の輝き】という。庶民の少女が王妃になるなど、当時のハイラント王国では高騰向けな夢物語であった。だからこそ、創作物として起こることのない夢に皆が虜になった。
思春期の少女たちは無垢で染まりやすい。かつ、活字で何度も繰り返し刻まれるその物語は、少女たちの心に希望を植え付けていった。
そんな一種の熱病のような流行りは、貴族が通う学園にも蔓延してしまったのだ。
その結果、ひとつの大きな婚約が破綻した。そして、熱に浮かれて婚約を壊した張本人たちは、重たい罰を背負うことになった。
当時、流行った言葉は、【真実の愛】と【悪役令嬢】。小説の中で何度も繰り返される【真実の愛】という台詞と、印象的な役柄であった悪女の隣国王女。
真実の愛は尊いのだと説いたはずのその小説は、【真実の愛】という名の不貞行為を取り締まる法律制定のきっかけとなったのである。
その小説は、結果として発禁にはならなかった。今もなお、書籍として存在するため、誰でも読むことが出来る。ただ娯楽として楽しむ者ももちろんいるが、貴族はその小説を読むことと法律を学ぶことは必ず一対とされている。それは騒然となった学園での騒動を忘れないための戒めであり、夢を見ることとそれを実現することの乖離を理解する教材としての役割も果たしている。
発禁にはならなかったが、初版本はすでに回収され封印されている。今世の中で手に出来るのは、巻末にその後制定された法律についての解説が付与された【改訂版】のみである。
デリツィアは、この本の存在を自国のピエモンテ公国で知った。隣国で流行った物語は、彼女の国でもかなり遅れてではあるが、出版されていたのである。
もちろん、ハイラントで起きた騒動についても記載はあった。その部分はデリツィアは細かく読んでいない。
そもそも、物語自体にさほどの感動を覚えなかった。平民が王族に愛されることなんて普通にあるじゃないの、と思ったくらいだ。
ピエモンテ公国は、比較的恋愛重視の国であった。南国の気風もあってか、国民性としては奔放で、男女の戯れも日常のスパイスの一つであり、色事に伴う快楽には積極的である。
結婚しても恋人が出来たり、愛人を囲ったりは、財が許す限りは皆行っていることであったし、清廉を是とする国から見ると乱れているように見られることも有るが、ピエモンテ国内ではそうでもない。
強いものが愛するものを所有するのは当たり前なのだ。
ただ、この本から、デリツィアは一つの言葉を覚えた。【真実の愛】である。
愛に従順でない国の者にはこの言葉は効果的らしい。
一つ目の留学先で、恋仲になった令息もその言葉に酔っていたし、その言葉を盾に婚約破棄させることに成功した。
もともとハイラント王国はこの物語の発祥の国である。これが人気になるということは、心の奥底では愛を求めていることに他ならないとデリツィアは思っている。
自国で読んだものとは若干違うハイラントで出版された本をパラリと捲る。
最後に法律のことが書いてあるからと言われたが、ピエモンテに帰るデリツィアには関係がない。
ハイラント王国で見つけた男は極上であった。
見目は理想的な【他国の王子様】の風貌である。煌めく金髪は細く柔らかな毛質で手触りが程よい。透き通る様に青い瞳は、水を湛えた様に潤んで光を含んでいる。甘やかな笑みがその整った顔に乗ると、華やかな雰囲気を宿す。薄い唇は常に笑みの形をしていて、何れはその形を変えデリツィアへの愛を囁くことになると思えば、早く欲しくなる。
その甘い顔を載せる体はすらりと痩身であるのに、その実しなやかな筋肉が程よくあることが腕を組めばわかる。
デリツィアはとりあえず一人はこの男を連れ帰ると早々に決めた。ハイラントが留学中の話し相手として寄越したその男は、デリツィアが傍に置いて、体を寄せても嫌がらず、にこやかに享受している。
容易くこの男は手に入るだろうが、この国の男はもう一人いてもいい。この男以外にも品定めをしようとすると、側に付けられた他の4名がさりげなく邪魔をしてくる。
そして、すでにデリツィアの中で連れ帰ると決まった男―― アラン・マクドエルには、婚約者がいる、それも婿入りだと暗にデリツィアの行為を諫めてくるのだ。
デリツィアにとっては婚約などというものはあくまで、先約であるだけで、確定した未来という認識はない。
だって、愛は何をおいても優先されるものなのだ。
アランはすでにデリツィアのものである。彼はデリツィアの横にいることを拒まない。それは望んでいることと同義だ。
―― さて、アランの婚約者とはどんな女か。
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