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真実の愛とはいくつも存在するものなのか?
13.婚約者と恋人
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一際甲高い声が、フェリアの耳に響く。舞台の余韻にアランと劇場のホールを歩きながら浸っていたのに、厄介な人に見つかったと思った。
フェリアは、アランの腕に乗せた指をそっと外そうと腕を引いた。アランの手はその動きより早く、フェリアの指を引き留めた。
「君はどうしてここに?」
アランのその声に、フェリアは反射的にアランを見上げる。その顔には先ほどまでの笑顔はなく、フェリアが苦手な外向けの顔が張り付いていた。
「お父様と来たのよ! ここのチケットはお父様が用意するって言ったじゃない。初日はお父様と来なくちゃいけなかったから、アラン様とは別の日を約束したのに! どうしてこの女と居るのっ」
フェリアは一応、グリーフィルドの侯爵令嬢のはずで、子爵令嬢のデイジーとは身分に格差がある。それなのに、『この女』呼ばわりは不敬でしかないが、フェリアはアランが背に隠すような立ち位置を取っているので、そのまま反論は口に出さなかった。アランの背中は、任せるようにフェリアに伝えているように思えたからだ。
「この女とはずいぶんな言い草だ。私は彼女の婚約者なんだけど」
「愛のない結婚なんて無意味じゃない。そんな婚約、辞めてしまえばいいのよ!
わたしのことを愛してるって言ったよね? なのになんでその女と先に来てるのよっ」
デイジーの言い分は、平民ならありなのだろうが、貴族としては有るまじきである。庶子であったとはいえ、両親は再婚し、貴族令嬢となったはずである。
子爵は、令嬢教育を施さなかったのか。もしくは、教育が意味を成さないのか。どちらにしろ、国一の劇場で、人気劇団の初日公演となれば、このホールには貴族の姿はかなり多く見て取れる。
そんな中で、常識のない姿を晒す彼女は、貴族令嬢として終わっているな、とフェリアは思う。貴族社会はそんなに甘くはない。この姿を見て、彼女と添おうと思う貴族はおそらく皆無だ。
「デイジー! そんな大きな声を出してどうしたんだ?!」
どこへ行っていたのか、走ってきたのはヨーク子爵だった。領地経営は上手く行っていないと聞いていたが、それにしては身形がいい。デイジーのドレスにしてもそうだ。
「お父様! アラン様よっ。お話したでしょ?」
デイジーは、人の波を抜けて駆け寄った父の腕をとって、アランの前に引き寄せた。フェリアはアランの背に隠されていたから、ヨーク子爵の顔は見えなかった。
「あ、ああ。君がデイジーの……
しかし、デイジー、お前に取ったチケットは、3日後のチケットではなかったか? なぜ彼がここにいる?」
「そうなの! アラン様ったら、別の女と!」
「別の女?? 君は、デイジーと誓い合った仲と聞いたが、どういうことだ?」
その問いかけに、アランは余所行きの笑顔を張り付けたまま言葉を返さない。
普通であれば、令息でしかないアランから、挨拶をせねばならない。相手は子爵なのだから。
「アラン様っ。わたしよりその女を選ぶなんて言わないわよね!? あの時、わたしを愛してる、真実って言ったじゃない!
ねえ、貴女もわたしたちが互いに愛してるって言ったの、聞いていたでしょ! 家のための結婚とか言って、アラン様を縛り付けないでよ! もう! 後ろに隠れてないで出てきなさいよっ」
「アラン君、君の噂はデイジーから聞いているよ。大層女性に人気があるそうじゃないか。
それでも、デイジーを選んだのだと聞いてる。いい加減、女たちとは手を切ってもらわねば困るな。今日のように女連れなどもってのほかだぞ」
居丈高な子爵の言い様に、フェリアは若干不安になった。この子爵は、おそらくアランが、『アラン・マクドエル』であると知らないのだ。貴族たるものそれで社交は出来ないはずだが、もし、マクドエルの名を知っている者であれば、その婚約者がグリーフィルドであることはほぼ周知されているはずなのだ。
グリーフィルドは、王家の財政を握る。敵に回せない相手のはずなのだが。
「女、女と言っておられるが、今日の私の連れは、婚約者なんですよ、ヨーク子爵」
にこやかな仮面をつけたアランが、声色は柔和なまま返事をした。言っている言葉は決して柔らかくはない。
「婚約者? 婚約者がいて、デイジーとも結婚の約束をしたのか?」
「私は、ヨーク子爵令嬢と結婚の約束などしておりませんよ。私はマクドエル伯爵家からグリーフィルド侯爵家に婿入りする身。
そんな身分で、他の令嬢と結婚の約束など出来るはずもありません。令嬢にもそのようにお伝えしたはずですが」
「マクドエル…… グリーフィルド?!」
やはり理解しておられなかった、とフェリアは溜め息をつく。そっとアランの背に手のひらを当てた。
アランはその意味をちゃんと理解してくれたであろう。フェリアの手を引いて、アランの横に引き寄せた。
「紹介しますよ。私はこの方の婚約者なのです。
―― フェリア・グリーフィルド嬢です」
フェリアは、アランの腕に乗せた指をそっと外そうと腕を引いた。アランの手はその動きより早く、フェリアの指を引き留めた。
「君はどうしてここに?」
アランのその声に、フェリアは反射的にアランを見上げる。その顔には先ほどまでの笑顔はなく、フェリアが苦手な外向けの顔が張り付いていた。
「お父様と来たのよ! ここのチケットはお父様が用意するって言ったじゃない。初日はお父様と来なくちゃいけなかったから、アラン様とは別の日を約束したのに! どうしてこの女と居るのっ」
フェリアは一応、グリーフィルドの侯爵令嬢のはずで、子爵令嬢のデイジーとは身分に格差がある。それなのに、『この女』呼ばわりは不敬でしかないが、フェリアはアランが背に隠すような立ち位置を取っているので、そのまま反論は口に出さなかった。アランの背中は、任せるようにフェリアに伝えているように思えたからだ。
「この女とはずいぶんな言い草だ。私は彼女の婚約者なんだけど」
「愛のない結婚なんて無意味じゃない。そんな婚約、辞めてしまえばいいのよ!
わたしのことを愛してるって言ったよね? なのになんでその女と先に来てるのよっ」
デイジーの言い分は、平民ならありなのだろうが、貴族としては有るまじきである。庶子であったとはいえ、両親は再婚し、貴族令嬢となったはずである。
子爵は、令嬢教育を施さなかったのか。もしくは、教育が意味を成さないのか。どちらにしろ、国一の劇場で、人気劇団の初日公演となれば、このホールには貴族の姿はかなり多く見て取れる。
そんな中で、常識のない姿を晒す彼女は、貴族令嬢として終わっているな、とフェリアは思う。貴族社会はそんなに甘くはない。この姿を見て、彼女と添おうと思う貴族はおそらく皆無だ。
「デイジー! そんな大きな声を出してどうしたんだ?!」
どこへ行っていたのか、走ってきたのはヨーク子爵だった。領地経営は上手く行っていないと聞いていたが、それにしては身形がいい。デイジーのドレスにしてもそうだ。
「お父様! アラン様よっ。お話したでしょ?」
デイジーは、人の波を抜けて駆け寄った父の腕をとって、アランの前に引き寄せた。フェリアはアランの背に隠されていたから、ヨーク子爵の顔は見えなかった。
「あ、ああ。君がデイジーの……
しかし、デイジー、お前に取ったチケットは、3日後のチケットではなかったか? なぜ彼がここにいる?」
「そうなの! アラン様ったら、別の女と!」
「別の女?? 君は、デイジーと誓い合った仲と聞いたが、どういうことだ?」
その問いかけに、アランは余所行きの笑顔を張り付けたまま言葉を返さない。
普通であれば、令息でしかないアランから、挨拶をせねばならない。相手は子爵なのだから。
「アラン様っ。わたしよりその女を選ぶなんて言わないわよね!? あの時、わたしを愛してる、真実って言ったじゃない!
ねえ、貴女もわたしたちが互いに愛してるって言ったの、聞いていたでしょ! 家のための結婚とか言って、アラン様を縛り付けないでよ! もう! 後ろに隠れてないで出てきなさいよっ」
「アラン君、君の噂はデイジーから聞いているよ。大層女性に人気があるそうじゃないか。
それでも、デイジーを選んだのだと聞いてる。いい加減、女たちとは手を切ってもらわねば困るな。今日のように女連れなどもってのほかだぞ」
居丈高な子爵の言い様に、フェリアは若干不安になった。この子爵は、おそらくアランが、『アラン・マクドエル』であると知らないのだ。貴族たるものそれで社交は出来ないはずだが、もし、マクドエルの名を知っている者であれば、その婚約者がグリーフィルドであることはほぼ周知されているはずなのだ。
グリーフィルドは、王家の財政を握る。敵に回せない相手のはずなのだが。
「女、女と言っておられるが、今日の私の連れは、婚約者なんですよ、ヨーク子爵」
にこやかな仮面をつけたアランが、声色は柔和なまま返事をした。言っている言葉は決して柔らかくはない。
「婚約者? 婚約者がいて、デイジーとも結婚の約束をしたのか?」
「私は、ヨーク子爵令嬢と結婚の約束などしておりませんよ。私はマクドエル伯爵家からグリーフィルド侯爵家に婿入りする身。
そんな身分で、他の令嬢と結婚の約束など出来るはずもありません。令嬢にもそのようにお伝えしたはずですが」
「マクドエル…… グリーフィルド?!」
やはり理解しておられなかった、とフェリアは溜め息をつく。そっとアランの背に手のひらを当てた。
アランはその意味をちゃんと理解してくれたであろう。フェリアの手を引いて、アランの横に引き寄せた。
「紹介しますよ。私はこの方の婚約者なのです。
―― フェリア・グリーフィルド嬢です」
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