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真実の愛とはいくつも存在するものなのか?
11.デイジー・ヨークの思惑
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デイジー・ヨーク子爵令嬢は、子供の頃から容姿を褒められて育った。
小さな顔に、大きな榛色の瞳。ふわふわな色の薄い金髪。頬はいつも桃色で、体は小柄。
コロコロと笑えば、まるで妖精のようだね、と皆に褒められるこの自分の母に似た見た目を、デイジーは大変気に入っていた。
デイジーの母親は平民である。とはいえ、貧乏な暮らしをしていたわけではない。一緒に暮らしていた祖父は比較的繁盛している商店を営んでいたし、祖母の実家も同じように商売をしていて、デイジーの母は所謂平民の中でもお嬢様として育った女だった。
街では比較的大きな家に住んでおり、衣食住には不自由しない生活だった。
ただ、デイジーには父親がいなかった。
否、いるにはいたが、デイジーにとっては『時折家に来るおじさん』であった。
その時折来る『おじさん』は、お貴族様で子爵なのだと母に言われた。そしてその『おじさん』が、母親の恋人であり、デイジーの父親だと知ったのは、デイジーが物心ついたころだった。
どうして『父』がともに住んでいないのか、家以外では『父』と呼んではいけないのか、小さなデイジーには分からなかったが、大きくなるにつれ、母親が、『子爵の愛人』であること、デイジーが『子爵の庶子』であることを理解するようになった。
もともと、デイジーの祖父は、野心家であった。
自身の娘が若く美しいうちに、どこかの貴族に縁付かせたいとせっせと売り込みをしたのだ。そうして引っかかったのがヨーク子爵である。
祖父としては、もう少し高位の貴族と繋がりのある人物が良かったが、そうはいってもお貴族様である。ヨーク子爵の繋がりから、販路を貴族に広げることには成功し、一定の目論見は達成できたのである。
誤算だったのは、ヨーク子爵は現在妻子持ちであり、さらに斜陽の貴族であったことだ。娘は愛人となったが、養えるほどの資産はなく、さらに言えば正妻が伯爵家の娘で力関係が強かった。そう、伯爵家からの援助がなければ子爵家は維持できないところまで来ていた。祖父は正妻の実家の力関係が下であれば、追い出して娘を後妻としたかったのだ。経済的援助なら自分でもできると踏んだからだ。
もうひとつの誤算は、娘が産んだ子が男児であればよかったが女児であったこと、さらに正妻の子が嫡子となる男児だったことで、愛人である娘の立場は弱かったし、子爵が跡継ぎとなる嫡男を手放さないと思われた。
しかし、商売の足掛かりとなる貴族との繋がりである。そうやすやすと手放すわけもなく、祖父は娘と子爵との関係を平民たちに広めることとした。地域の祭りや、市民集会など、人が集まるところでも、仲睦まじい様子を見せるようにし、自身の子が愛人という立場であることを嘆く。そうすると周りの見る目も『正妻に虐げられても二人は今も健気に愛し合っている』という認識に代わっていく。 もともと平民は自由恋愛であるから、恋すれど日陰の身と嘆く美しい娘の姿は心を打ったのだ。
そうして、徐々に正妻は居心地が悪くなっていく。領民たちからは、冷たく当たられ、当主である夫は愛人とその間に生まれた子供ばかりを可愛がる。
そして、子爵は妻と離縁することになり、後妻に平民であるデイジーの母を娶った。祖父の思惑は見事に成功したのである。
正妻の実家である伯爵家はそれなりに力のある家だったが、財力だけで言えば祖父もかなりの資産家であったから、妻にさえ娘を据え置けば、子爵家は牛耳れるという目算であった。
しかし、貴族社会とはそう甘くはない。
伯爵家の令嬢であった元正妻に対する仕打ちは、あっという間に貴族社会に広がった。徐々に祖父の商売も陰りを見せ始める。子爵家も社交界では肩身が狭い。デイジーの母は、しばらくは嬉しそうに夜会などに参加していたが、そのうち居た堪れなくなったのか、社交界に顔を出すことをしなくなった。
ヨーク子爵は、このままでは爵位も危ういと焦る。そこでデイジーである。デイジーは、母に似て可憐で美しい容姿の持ち主であった。もしかしたら社交界での地位を上げられる高位の貴族の子息を捕まえられるのではないか、となったのだ。
正式に子爵令嬢として迎えはしたが、嫡男は伯爵家に取られてしまったので、子はデイジーしかいない。となるとデイジーには後ろ盾を持った次男や三男を捕まえてもらわねばならない。
そうして、デイジーは、そのように教育された。
祖父からは、【デイジーは誰よりも美しく可愛らしい。きっとどんな男もお前の虜になる。爵位は高ければ高いほどいい男だ。きっとお前の美しさに高位貴族も選び放題だろう。お前が気に入った男を連れてきて子爵にすればいいぞ】と言われ。
父からは、【デイジーの可愛らしさなら、社交界でもきっと受け入れられる。虐められた母のためにも、見返せるだけの地位の男を連れて歩けるようにならなければ。お前は賢い子だから、きっと出来る。子爵家を盛り返すためにもいい家の子息を捕まえておいで】と言われ。
母からは、【女は可愛くて美しいことが美徳なの。愛されるだけでいいのよ。家のことをしっかりやってくれる美丈夫を夫にするといいわ。デイジーは見る目があるから、きっといい人を見つけられるわ】と言われ。
デイジー・ヨークは、16歳になり、その使命を一身に背負って学園に入学した。
そうして、見つけたのだ。条件的に最上の男を。
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設定に矛盾があるところがあったため、4話目を改修しております。申し訳ありません💦
もし気になっている方がおられたらすみません。
小さな顔に、大きな榛色の瞳。ふわふわな色の薄い金髪。頬はいつも桃色で、体は小柄。
コロコロと笑えば、まるで妖精のようだね、と皆に褒められるこの自分の母に似た見た目を、デイジーは大変気に入っていた。
デイジーの母親は平民である。とはいえ、貧乏な暮らしをしていたわけではない。一緒に暮らしていた祖父は比較的繁盛している商店を営んでいたし、祖母の実家も同じように商売をしていて、デイジーの母は所謂平民の中でもお嬢様として育った女だった。
街では比較的大きな家に住んでおり、衣食住には不自由しない生活だった。
ただ、デイジーには父親がいなかった。
否、いるにはいたが、デイジーにとっては『時折家に来るおじさん』であった。
その時折来る『おじさん』は、お貴族様で子爵なのだと母に言われた。そしてその『おじさん』が、母親の恋人であり、デイジーの父親だと知ったのは、デイジーが物心ついたころだった。
どうして『父』がともに住んでいないのか、家以外では『父』と呼んではいけないのか、小さなデイジーには分からなかったが、大きくなるにつれ、母親が、『子爵の愛人』であること、デイジーが『子爵の庶子』であることを理解するようになった。
もともと、デイジーの祖父は、野心家であった。
自身の娘が若く美しいうちに、どこかの貴族に縁付かせたいとせっせと売り込みをしたのだ。そうして引っかかったのがヨーク子爵である。
祖父としては、もう少し高位の貴族と繋がりのある人物が良かったが、そうはいってもお貴族様である。ヨーク子爵の繋がりから、販路を貴族に広げることには成功し、一定の目論見は達成できたのである。
誤算だったのは、ヨーク子爵は現在妻子持ちであり、さらに斜陽の貴族であったことだ。娘は愛人となったが、養えるほどの資産はなく、さらに言えば正妻が伯爵家の娘で力関係が強かった。そう、伯爵家からの援助がなければ子爵家は維持できないところまで来ていた。祖父は正妻の実家の力関係が下であれば、追い出して娘を後妻としたかったのだ。経済的援助なら自分でもできると踏んだからだ。
もうひとつの誤算は、娘が産んだ子が男児であればよかったが女児であったこと、さらに正妻の子が嫡子となる男児だったことで、愛人である娘の立場は弱かったし、子爵が跡継ぎとなる嫡男を手放さないと思われた。
しかし、商売の足掛かりとなる貴族との繋がりである。そうやすやすと手放すわけもなく、祖父は娘と子爵との関係を平民たちに広めることとした。地域の祭りや、市民集会など、人が集まるところでも、仲睦まじい様子を見せるようにし、自身の子が愛人という立場であることを嘆く。そうすると周りの見る目も『正妻に虐げられても二人は今も健気に愛し合っている』という認識に代わっていく。 もともと平民は自由恋愛であるから、恋すれど日陰の身と嘆く美しい娘の姿は心を打ったのだ。
そうして、徐々に正妻は居心地が悪くなっていく。領民たちからは、冷たく当たられ、当主である夫は愛人とその間に生まれた子供ばかりを可愛がる。
そして、子爵は妻と離縁することになり、後妻に平民であるデイジーの母を娶った。祖父の思惑は見事に成功したのである。
正妻の実家である伯爵家はそれなりに力のある家だったが、財力だけで言えば祖父もかなりの資産家であったから、妻にさえ娘を据え置けば、子爵家は牛耳れるという目算であった。
しかし、貴族社会とはそう甘くはない。
伯爵家の令嬢であった元正妻に対する仕打ちは、あっという間に貴族社会に広がった。徐々に祖父の商売も陰りを見せ始める。子爵家も社交界では肩身が狭い。デイジーの母は、しばらくは嬉しそうに夜会などに参加していたが、そのうち居た堪れなくなったのか、社交界に顔を出すことをしなくなった。
ヨーク子爵は、このままでは爵位も危ういと焦る。そこでデイジーである。デイジーは、母に似て可憐で美しい容姿の持ち主であった。もしかしたら社交界での地位を上げられる高位の貴族の子息を捕まえられるのではないか、となったのだ。
正式に子爵令嬢として迎えはしたが、嫡男は伯爵家に取られてしまったので、子はデイジーしかいない。となるとデイジーには後ろ盾を持った次男や三男を捕まえてもらわねばならない。
そうして、デイジーは、そのように教育された。
祖父からは、【デイジーは誰よりも美しく可愛らしい。きっとどんな男もお前の虜になる。爵位は高ければ高いほどいい男だ。きっとお前の美しさに高位貴族も選び放題だろう。お前が気に入った男を連れてきて子爵にすればいいぞ】と言われ。
父からは、【デイジーの可愛らしさなら、社交界でもきっと受け入れられる。虐められた母のためにも、見返せるだけの地位の男を連れて歩けるようにならなければ。お前は賢い子だから、きっと出来る。子爵家を盛り返すためにもいい家の子息を捕まえておいで】と言われ。
母からは、【女は可愛くて美しいことが美徳なの。愛されるだけでいいのよ。家のことをしっかりやってくれる美丈夫を夫にするといいわ。デイジーは見る目があるから、きっといい人を見つけられるわ】と言われ。
デイジー・ヨークは、16歳になり、その使命を一身に背負って学園に入学した。
そうして、見つけたのだ。条件的に最上の男を。
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設定に矛盾があるところがあったため、4話目を改修しております。申し訳ありません💦
もし気になっている方がおられたらすみません。
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