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不実な婚約者は【真実の愛】を謳う(※タイトル変更しました)
8.アランとの関係
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「すまない、迷惑をかけているね」
馬車に乗り込むと、正面に座ったアランが切り出した。
先ほどの張り付けた笑顔とは違う顔だ。
アランは他人がいると必ず仮面を被る。先ほどの柔和な笑顔もそのひとつだ。外向きのアレンの顔は、フェリアが苦手とする彼の一面で、今目の前に座るフェリアが素だと信じているアランの顔はフェリアが家族として添うに値すると思っている一面である。
アランはフェリアと二人きり(侍従・侍女や護衛などはいるが)の時は、外とは違った顔をする。それは幼いフェリアには分からなかった部分で、アランと二人で招かれる場に出るようになってから気付いたことだった。
この国では学年を卒業するとデビュタントに参加する。しかし、高位貴族の中には早くから子供たちの顔を社交界に見せるため、同伴できる婚約者がいる者を、茶会や園遊会など、夜開催でないものに参加させている場合がある。
フェリアは、侯爵を継ぐ嗣子である。同年代だけでなく、年上の当主たちとも渡り合わねばならないため、父である侯爵は、年上の婚約者であるアランを伴わせて、フェリアを社交界に参加させている。
アランの顔の良さは、すでに子供頃から有名で、そういう公の場に出ると女性の視線が彼に集まることは多々ある。
アランは、フェリアを伴っているときには、女を寄せ付けない。アランを側に置くフェリアですら、女性たちの秋波は感じるのに、まるでアランの周りには何か壁があるかのように、それは彼まで届かない。終始フェリアの側から離れず、婚約者として完璧にエスコートするのである。
その部分だけを見れば、『二人は想い合う婚約者』で通るだろう。
しかし、フェリアから離れたアランはそうではない。
「今回の令嬢は、遊びではないようですけど?」
馬車で向かいに座るアランにフェリアが静かに答えると、アランは一瞬目を見開いた。
「そんなことはないよ」
「そうなのですか? わたくしの耳にはそうではないように聞こえたのですけど、聞き違いでしょうか」
「…… ああいうのを駆け引きっていうはずなんだけど。まさか、デイジー嬢があそこまで分からない子だとは思わなかったよ。フェリアにまで直接迷惑をかけるとは思わなくて。悪かった。ごめん」
頭を下げて謝るアランに、フェリアはまた溜息をついた。昔からアランはこうだ。
フェリアは、後継者として育てられたからか、悪く言えば気位が高くて素直ではない。本音を隠したい場合、特にアランに対してはちょっと嫌味にも聞こえる会話になってしまう側面があるのだ。
そしてアランはその意固地なフェリアを、自らが引いて見せることで軽く躱してしまう。年上のアランにそう出られてしまえば、フェリアはそれ以上強く言えなくなってしまう。
「わたくしが何も思っていないなんて勘違いなさらないで。わたくしに直接関わらなければ見ないようにもできることなのです。
こんなことは、今回限りにしてくださいませ。我が家に傷がつくようなことは困ります」
「………… この間、見ていたんだね」
アランの声にどこか悲しそうな響きが混じった。まるでフェリアが目撃してしまったことが悲しいかのような声だ。
「…… そうですね。学園内だと、遭遇することも有り得ますよね。それは貴方様にもお分かりだったのでは?」
入学前の茶会で、すれ違うことも有ると思うと言ったのはそちらではないか、とフェリアは目を伏せた。
悲しいのはこちらだ。少なくとも、婚約者はフェリアで、幼い頃から交流を深めて、互いに名を呼び合う仲になっているというのに。
世間的に見れば、フェリアの婚約者という立場は優良物件だ。アランが手放したくない理由もわかる。しかし、アランの好みはおそらくフェリアではないのだろう。
今回のように直接絡まれることはないが、噂に聞くアランの相手とは決して教育の行き届いた評判のいい令嬢たちではない。どちらかと言えば、あまりいい噂を聞かない相手が多い。今回のデイジーのように。
「これからは気を付ける。今日は本当に悪かった。機嫌を直してくれるかい?」
そう言って、するりとフェリアの前にアランが手を差し出した。
見れば手には箱。その箱に掛かれた店の名前に、フェリアは目を瞬かせた。
「好きだよね? ここの焼き菓子」
小さい頃からの付き合いというのはこういうところが厄介だ。
フェリアは無類の甘いもの好きだ。もともと切れ長な大人っぽい顔立ちのフェリアは、その教育もあまり子供らしい表情をしない。デイジーの言うところの『真面目過ぎて面白みがない』はあながち間違いではないのは自負するところだ。
そんなフェリアの唯一子供っぽさを残した一面が、この甘いものだった。特にアランが持ってきたパティスリーの焼き菓子は大好物である。
「もちろん好きです。ご存じでしょ。このお菓子に免じて、機嫌は直します」
「うん、よかった」
いつの間に用意したのか、と思わなくもないが、ここで直さないと言えばあの箱はフェリアの手に渡らないので、甘いものに巻かれることにした。
馬車に乗り込むと、正面に座ったアランが切り出した。
先ほどの張り付けた笑顔とは違う顔だ。
アランは他人がいると必ず仮面を被る。先ほどの柔和な笑顔もそのひとつだ。外向きのアレンの顔は、フェリアが苦手とする彼の一面で、今目の前に座るフェリアが素だと信じているアランの顔はフェリアが家族として添うに値すると思っている一面である。
アランはフェリアと二人きり(侍従・侍女や護衛などはいるが)の時は、外とは違った顔をする。それは幼いフェリアには分からなかった部分で、アランと二人で招かれる場に出るようになってから気付いたことだった。
この国では学年を卒業するとデビュタントに参加する。しかし、高位貴族の中には早くから子供たちの顔を社交界に見せるため、同伴できる婚約者がいる者を、茶会や園遊会など、夜開催でないものに参加させている場合がある。
フェリアは、侯爵を継ぐ嗣子である。同年代だけでなく、年上の当主たちとも渡り合わねばならないため、父である侯爵は、年上の婚約者であるアランを伴わせて、フェリアを社交界に参加させている。
アランの顔の良さは、すでに子供頃から有名で、そういう公の場に出ると女性の視線が彼に集まることは多々ある。
アランは、フェリアを伴っているときには、女を寄せ付けない。アランを側に置くフェリアですら、女性たちの秋波は感じるのに、まるでアランの周りには何か壁があるかのように、それは彼まで届かない。終始フェリアの側から離れず、婚約者として完璧にエスコートするのである。
その部分だけを見れば、『二人は想い合う婚約者』で通るだろう。
しかし、フェリアから離れたアランはそうではない。
「今回の令嬢は、遊びではないようですけど?」
馬車で向かいに座るアランにフェリアが静かに答えると、アランは一瞬目を見開いた。
「そんなことはないよ」
「そうなのですか? わたくしの耳にはそうではないように聞こえたのですけど、聞き違いでしょうか」
「…… ああいうのを駆け引きっていうはずなんだけど。まさか、デイジー嬢があそこまで分からない子だとは思わなかったよ。フェリアにまで直接迷惑をかけるとは思わなくて。悪かった。ごめん」
頭を下げて謝るアランに、フェリアはまた溜息をついた。昔からアランはこうだ。
フェリアは、後継者として育てられたからか、悪く言えば気位が高くて素直ではない。本音を隠したい場合、特にアランに対してはちょっと嫌味にも聞こえる会話になってしまう側面があるのだ。
そしてアランはその意固地なフェリアを、自らが引いて見せることで軽く躱してしまう。年上のアランにそう出られてしまえば、フェリアはそれ以上強く言えなくなってしまう。
「わたくしが何も思っていないなんて勘違いなさらないで。わたくしに直接関わらなければ見ないようにもできることなのです。
こんなことは、今回限りにしてくださいませ。我が家に傷がつくようなことは困ります」
「………… この間、見ていたんだね」
アランの声にどこか悲しそうな響きが混じった。まるでフェリアが目撃してしまったことが悲しいかのような声だ。
「…… そうですね。学園内だと、遭遇することも有り得ますよね。それは貴方様にもお分かりだったのでは?」
入学前の茶会で、すれ違うことも有ると思うと言ったのはそちらではないか、とフェリアは目を伏せた。
悲しいのはこちらだ。少なくとも、婚約者はフェリアで、幼い頃から交流を深めて、互いに名を呼び合う仲になっているというのに。
世間的に見れば、フェリアの婚約者という立場は優良物件だ。アランが手放したくない理由もわかる。しかし、アランの好みはおそらくフェリアではないのだろう。
今回のように直接絡まれることはないが、噂に聞くアランの相手とは決して教育の行き届いた評判のいい令嬢たちではない。どちらかと言えば、あまりいい噂を聞かない相手が多い。今回のデイジーのように。
「これからは気を付ける。今日は本当に悪かった。機嫌を直してくれるかい?」
そう言って、するりとフェリアの前にアランが手を差し出した。
見れば手には箱。その箱に掛かれた店の名前に、フェリアは目を瞬かせた。
「好きだよね? ここの焼き菓子」
小さい頃からの付き合いというのはこういうところが厄介だ。
フェリアは無類の甘いもの好きだ。もともと切れ長な大人っぽい顔立ちのフェリアは、その教育もあまり子供らしい表情をしない。デイジーの言うところの『真面目過ぎて面白みがない』はあながち間違いではないのは自負するところだ。
そんなフェリアの唯一子供っぽさを残した一面が、この甘いものだった。特にアランが持ってきたパティスリーの焼き菓子は大好物である。
「もちろん好きです。ご存じでしょ。このお菓子に免じて、機嫌は直します」
「うん、よかった」
いつの間に用意したのか、と思わなくもないが、ここで直さないと言えばあの箱はフェリアの手に渡らないので、甘いものに巻かれることにした。
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