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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】
18.判決の後
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リオノーラは、裁判の判決を嫁ぐ予定のシルヴァンの家で受け取った。
そして、デビッドとエイミーが貴族籍を失い、夫婦として認められたことを知った。
デビッド、エイミーどちらにも特に何の感慨もない。デビッドが自身を毛嫌いしていることは分かっていたので、ある意味、あのまま結婚しなくてよかったとは思うが、エイミーに関しては、接点がないのでよくわからない。
初めて面と向かって対峙した卒業式の祝賀会での彼女は、リオノーラにとって得体のしれない人という印象だった。
おそらく、彼女はデビッドにはさほど愛情はないのだろう。噂に聞くエイミーとは博愛主義者という印象だった。目的はよくわからないけれど、侯爵夫人にはなりたかったと思われた。
嫁ぎ先へ来てからも、リオノーラは、自分の元に来る手紙や自身に纏わる噂など、詳しく情報を送るように父に頼んでいた。
親しい友人は、すでに居を移していることを知っていたから、直接手紙を送ってくるので、自国の公爵邸へ手紙を送るのは、リオノーラとは親しくない人たちだ。
父からは定期的にまとめて、リオノーラ宛に来たものが送られてくる。
中に、エイミーからの手紙は度々含まれていた。
――みんなは悪くないの。わたしが庶子だったから庇ってくれただけなの。
――こんなに大きなことにするなんてひどいわ。貴女がわたしを馬鹿にしていたから、みんなもそうしたのよ。それは悪いことでしょ?
――貴女が直接したわけじゃないのはわかったわ。許すから裁判を取り下げて欲しいの。
――デビッドの立場が悪くなるわ。貴女のせいよ! 婚約者だったのにひどい!
などなどである。
本人の反省は一つも書かれてはいない。悪いことをしたという意識はないのだ。
リオノーラを含む貴族令嬢の認識では、婚約者がいる相手と懇意にしたうえ、奪い取ることは、十分悪いことなのだけれど。
――ただ、みんなが自分を好きになってくれただけ。わたしもデビッドを好きになっただけ。
そう書かれた手紙は、リオノーラにとって、彼女とは永遠に交わらないのだと実感させるものだった。
ここまで事が大きくなっては、穏便に済ませることは難しかった。
二人は方法を間違えたのだ。真実の愛を盾にするなら、リオノーラと誠実に話し合い、同意の上で婚約を解消するべきだった。
まるでリオノーラに非があるかのように見せかけ、冤罪を突きつけることを選んだ。周りの空気に押されたこともあったろうが、実のところデビッドにそこまで憎まれているとはリオノーラは思っていなかった。
そして、エイミーは、自分にとって邪魔な存在は、必ず自分の大好きな人たちが追い払ってくれると信じている。
それは信じているというより、エイミー自らが導いていると感じるのは穿った見方だろうか。
あの天使のようなエイミーは、その実、悪魔なのかもしれない。そんな薄ら寒さを感じる。
判決が出た後は、手紙がぱたりと来なくなっているらしい。
父からは、シェリンガム家の状況や、デビッドたちが市井に降りてからの様子は報告が来ている。
シェリンガム家には、分家から養子が迎えられた。まだ10歳の少年だ。
デビッドが廃籍になった後、親族会議で選ばれた子だ。養育は、シェリンガム侯爵夫婦には主導権はなく、領地に健在の前侯爵夫妻の元で行われている。
そして、デビッドとエイミーはというと。
シェリンガム家から籍を抜かれたデビッドに、家と関わるなという命令は出なかったため、シェリンガム家が経営するドレスメーカーの販売店の一つを任されることになった。
もちろん、給料制の雇われ店主である。それでも一般の市民としては高給取りだ。何せ、これまでは貴族も購入する服飾店だったのだから。
そして、同じくペイン男爵家から籍を抜かれ、デビッドの妻となったエイミーも従業員として働くことを許された。
現在は、うまく行っているようだとの報告だった。
貴族の客は減ったが、平民向けの服も置いている店なので、一定の客はついていて、店が潰れるようなことはない。
二人が平民として自覚をもって生活をしていれば、である。
リオノーラは、報告を読み終えて、窓の外を見た。
居を移したこの国は、自国より空が高い。少しだけ南に位置するこの国は、季節の移り変わりが自国よりはっきりしていた。
澄み切った青の空に、白い雲が流れるのをリオノーラはぼんやりと眺めた。
「どうした?」
いつ部屋に入ってきたのか、隣に夫となる男が座っている。
「シルヴァン」
「心を痛める報告でもあったか?」
濃紺の瞳が、リオノーラの手元の手紙に視線を移した。
「いいえ、そうではないの。ただ……」
手にした父からの手紙を指でなぞりながら、リオノーラは目を伏せた。
「幸せって、難しいわね。あのお二人は、ちゃんと幸せになれたかしら」
リオノーラを蹴落としてまで欲しかった幸せとはどんなものなのか。この結果は二人にとって望んでいたものに繋がったのか。
『愛する二人が一緒にいれば幸せ』と思えていれば、それは望んだものなのかもしれない。
リオノーラには、瞬きもせず、涙を溜めた大きな目で見つめるエイミーの顔が頭から離れなかった。
そう、リオノーラが『女優』だと感じた、あの顔が。
そして、デビッドとエイミーが貴族籍を失い、夫婦として認められたことを知った。
デビッド、エイミーどちらにも特に何の感慨もない。デビッドが自身を毛嫌いしていることは分かっていたので、ある意味、あのまま結婚しなくてよかったとは思うが、エイミーに関しては、接点がないのでよくわからない。
初めて面と向かって対峙した卒業式の祝賀会での彼女は、リオノーラにとって得体のしれない人という印象だった。
おそらく、彼女はデビッドにはさほど愛情はないのだろう。噂に聞くエイミーとは博愛主義者という印象だった。目的はよくわからないけれど、侯爵夫人にはなりたかったと思われた。
嫁ぎ先へ来てからも、リオノーラは、自分の元に来る手紙や自身に纏わる噂など、詳しく情報を送るように父に頼んでいた。
親しい友人は、すでに居を移していることを知っていたから、直接手紙を送ってくるので、自国の公爵邸へ手紙を送るのは、リオノーラとは親しくない人たちだ。
父からは定期的にまとめて、リオノーラ宛に来たものが送られてくる。
中に、エイミーからの手紙は度々含まれていた。
――みんなは悪くないの。わたしが庶子だったから庇ってくれただけなの。
――こんなに大きなことにするなんてひどいわ。貴女がわたしを馬鹿にしていたから、みんなもそうしたのよ。それは悪いことでしょ?
――貴女が直接したわけじゃないのはわかったわ。許すから裁判を取り下げて欲しいの。
――デビッドの立場が悪くなるわ。貴女のせいよ! 婚約者だったのにひどい!
などなどである。
本人の反省は一つも書かれてはいない。悪いことをしたという意識はないのだ。
リオノーラを含む貴族令嬢の認識では、婚約者がいる相手と懇意にしたうえ、奪い取ることは、十分悪いことなのだけれど。
――ただ、みんなが自分を好きになってくれただけ。わたしもデビッドを好きになっただけ。
そう書かれた手紙は、リオノーラにとって、彼女とは永遠に交わらないのだと実感させるものだった。
ここまで事が大きくなっては、穏便に済ませることは難しかった。
二人は方法を間違えたのだ。真実の愛を盾にするなら、リオノーラと誠実に話し合い、同意の上で婚約を解消するべきだった。
まるでリオノーラに非があるかのように見せかけ、冤罪を突きつけることを選んだ。周りの空気に押されたこともあったろうが、実のところデビッドにそこまで憎まれているとはリオノーラは思っていなかった。
そして、エイミーは、自分にとって邪魔な存在は、必ず自分の大好きな人たちが追い払ってくれると信じている。
それは信じているというより、エイミー自らが導いていると感じるのは穿った見方だろうか。
あの天使のようなエイミーは、その実、悪魔なのかもしれない。そんな薄ら寒さを感じる。
判決が出た後は、手紙がぱたりと来なくなっているらしい。
父からは、シェリンガム家の状況や、デビッドたちが市井に降りてからの様子は報告が来ている。
シェリンガム家には、分家から養子が迎えられた。まだ10歳の少年だ。
デビッドが廃籍になった後、親族会議で選ばれた子だ。養育は、シェリンガム侯爵夫婦には主導権はなく、領地に健在の前侯爵夫妻の元で行われている。
そして、デビッドとエイミーはというと。
シェリンガム家から籍を抜かれたデビッドに、家と関わるなという命令は出なかったため、シェリンガム家が経営するドレスメーカーの販売店の一つを任されることになった。
もちろん、給料制の雇われ店主である。それでも一般の市民としては高給取りだ。何せ、これまでは貴族も購入する服飾店だったのだから。
そして、同じくペイン男爵家から籍を抜かれ、デビッドの妻となったエイミーも従業員として働くことを許された。
現在は、うまく行っているようだとの報告だった。
貴族の客は減ったが、平民向けの服も置いている店なので、一定の客はついていて、店が潰れるようなことはない。
二人が平民として自覚をもって生活をしていれば、である。
リオノーラは、報告を読み終えて、窓の外を見た。
居を移したこの国は、自国より空が高い。少しだけ南に位置するこの国は、季節の移り変わりが自国よりはっきりしていた。
澄み切った青の空に、白い雲が流れるのをリオノーラはぼんやりと眺めた。
「どうした?」
いつ部屋に入ってきたのか、隣に夫となる男が座っている。
「シルヴァン」
「心を痛める報告でもあったか?」
濃紺の瞳が、リオノーラの手元の手紙に視線を移した。
「いいえ、そうではないの。ただ……」
手にした父からの手紙を指でなぞりながら、リオノーラは目を伏せた。
「幸せって、難しいわね。あのお二人は、ちゃんと幸せになれたかしら」
リオノーラを蹴落としてまで欲しかった幸せとはどんなものなのか。この結果は二人にとって望んでいたものに繋がったのか。
『愛する二人が一緒にいれば幸せ』と思えていれば、それは望んだものなのかもしれない。
リオノーラには、瞬きもせず、涙を溜めた大きな目で見つめるエイミーの顔が頭から離れなかった。
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