真実の愛は罪か否か

KAORU

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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】

閑話 デビッド・シェリンガムという男②

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 初めての顔合わせからすぐに、王家の介入もあって、デビッドの婚約者は件の公爵令嬢と定められた。
 デビッドには不満しかない。

 ――もっと見目のいい女の子はいくらでもいるじゃないか。

 デビッドはリオノーラという少女の顔を見る度、そう不満を募らせた。
 それが顔に出ているから、余計にリオノーラとの溝は埋まらないのだが、作り笑いで感情を隠す術はデビッドにはない。
 何度目かの茶会で、とうとうデビッドは口に出してしまった。
 リオノーラから、もし自分に不足があるなら努力するから教えてくれないか、と問われたからだ。

「だって、君、僕と並ぶのに相応しい美しさではないよね」

 その言葉は、父から問題になったと叱責された。デビッドの中ではだったから、父の怒りが理解できなかった。
 再教育をすると母からも言われ、デビッドには家庭教師がつけられた。

 貴族の婚約者同士はどう交流するものなのか。
 社交界に出るときにはどのような礼儀が必要なのか。
 家同士の繋がりはどの様な利益を齎すのか。

 幼少期からデビッドについていたマナー講師は若い女性で、頗るデビッドに甘かったから、再教育のためにつけられた新しい老齢の男性の講師はデビッドを殊更厳しく指導することになった。
 しかし、所作云々は問題なく熟せたが、根底にある自尊心はなかなか矯正されないものだ。
 表面上は正しく婚約者として振る舞うマナーは最低限できるようになったが、リオノーラに対する不満が消えることはなかったのだ。

 ――僕に並べるだけの美しさもないのに、爵位だけは高いなんて。

 それはデビッドの劣等感コンプレックスとなった。彼女の家の爵位は自分より上で、本来なら敬うべき相手だ。美しくないからと蔑むことは本来許されない。
 しかし、公爵家の令嬢を娶ることで、自分の家の価値が上がることは理解できても、父と母と同じように社交界で花ともて囃される様は想像できない。
 シェリンガム家の今最大の家業は、服飾関係だ。それを美しく見せられる令嬢こそが、自身の伴侶でなければならない。
 爵位の高い家と繋がり後ろ盾を得て地位を確固たるものとすることより、デビッド自身とその美しい妻との力で販路を拡大することのほうがいいという想いを抱かせた。そう、他人の力ではなく自分の力で地位を手に入れたいという野心に変化していったのだ。

 
 そんな想いを抱え続けたデビッドは、16歳で入学した貴族の通う学園で理想とする女性に出会った。
 それが、エイミー・ペイン男爵令嬢だった。
 エイミーは桃色交じりのふわふわとした柔らかい金髪に、若草色のくりくりとした大きな瞳。華奢だが、凹凸のある女性らしい体つき。
 コロコロとよく笑い、分け隔てなく皆に同じ笑顔を振りまく天使のような天真爛漫な性格が、デビッドには眩しく映った。
 何より、彼女となら、新作のドレスを着てデビッドの隣で笑い、皆に賞賛される未来が見えた。
 リオノーラとは想像できなかった未来だった。
 
 それからのデビッドは、自分に当てられた個人予算お小遣いで、エイミーを着飾ることにした。男爵家では用意できるものに限りがあるとエイミーから教えられたからだ。

「もっと着飾ればいいのに。質の良いものを身に着けるとさらに君が魅力的になるはずだ」

 と、デビッドが言えば、

「わたしの家は男爵家なんです。貧乏なので、みんなが着ているようないいものは買えません。
 でも、お父様は精一杯してくださってるので、私はこれで充分なのです」

 と、エイミーが悲しげな顔で返すのだ。
 父を思いやるエイミーがいじらしくて、デビッドは彼女に似合うと思ったものは贈り物として渡した。
 平等を常としていたエイミーも、次第にデビッドの隣にいることが多くなった。
 周りもデビッドに倣って、エイミーに貢ぎだしたが、最先端の流行を追える家にいたデビッドはほかの令息よりも一歩抜きんでることができた。

 そう、その段階で取り巻きたちは気付かねばならなかった。
 エイミーが皆に平等であるように見せながら、その実は選んで側に置くのは、使であり、またであったことを。

 デビッドは、そうしてエイミーとの間を深めていった。
 一番近くにエイミーを置き、リオノーラとはほぼ会わなくなった。月に一度決められた茶会は、最初のうちは顔を出していたものの、そのうち側付きの使用人に命じて断るようになっていた。
 そうしているうちに、リオノーラは留学することとなり、デビッドの視界から2年間消えることになった。
 随分と見かけないと思っていたら、いつの間にか学園にはいなかったのだ。もとより彼女からの手紙など、エイミーと出逢ってから目を通していない。
 目障りな婚約者がいなくなり、デビッドはますますエイミーをそばに置くようになった。
 
 やがて、まるでデビッドとエイミーが想い合っているかのような噂が流れ始める。女性たちの間で流行っている小説など読んだことはなかったが、その小説に後押しされるように二人の間柄が、恋人同士として周知されていく。
 エイミーも嬉しそうにデビッドの腕にぶら下がりながら、その状況を楽しんでいるようだった。だからデビッドも否定はしなかった。
 特に恋焦がれて、互いに想いを確かめ合って恋人同士になったわけではない。ただ、デビッドには、エイミー以外に自分の隣にいる資格がある相手がいなかっただけだ。
 そして、もしこのままエイミーを娶ることができたなら、常に新作ドレスを美しい妻に着せて連れ歩くことができる。
 噂に乗じて、恋人同士を演じるうち、デビッドはエイミーを手放せなくなっていった。

 

 
 
 
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読んでいただきありがとうございます。
つたない文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。
1話目の二人が脇役で出ている
『円満な婚約解消』
も連載中です。

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