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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】
15.顔合わせ
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「リオノーラ、直接会って決めようか」
呼び出された書斎で、父にそう告げられた。
「それは、どなたと」
「ベシエール公爵令息だ。あちらは嗣子だ。もし嫁ぐことになったら、あちらの国に行くことになる。
安易には決められないだろう?」
あの沢山の釣り書きの中から、父のお眼鏡にかなったのは彼だったらしい。
確かに父の言う通り、彼と娶せるとなれば、あちらの国に籍を置くこととなる。生まれ育った国から出て他国へ行くことに寂しさを感じないわけではない。
しかし、あんなことがあった後、リオノーラは社交界でも噂の的だろう。たとえ国内の別の貴族に嫁いだとしても、デビッドとエイミーがもし夫婦になったとしたら、侯爵と侯爵夫人として社交界で付き合わねばならない。それもそれで憂鬱であった。
「わかりましたわ」
そうして、シルヴァンとの顔合わせは早々に決められた。
そういえば、婚約者がどうなったのか、聞かなかった。父は調査をしたのだろうから、話が通ったことを考えれば、おそらく問題はないのだろう。何も言われなかったということは、聞かなくてもいいことなのだ。
他国の公爵令息だというのに、こちらまで出向いてくれることとなり、リオノーラの邸は来客に合わせ、邸内が慌ただしく整えられた。
そうして設えた応接間で、今、リオノーラは父母と共に、シルヴァンと向き合っていた。
「機会をいただき、ありがとうございます」
シルヴァンが恭しく頭を下げた。
卒業からあまり時間が経ってはいないのに、大人っぽく見えるのは髪型の所為だろうか。いつもは下ろしていた前髪を後ろに流し、教室では隠し気味だった顔がすっかり見えている。
もとより噂になるほどの鋭利な美貌だから、全てを出してしまうといっそ神々しいほどだった。
「こちらこそ。娘を望んでいただくとは光栄なことです」
父が穏やかな声で答えると、隣の母もその顔は笑顔だった。二人にとって、数多の縁談の中から選んだ一人であるが、実際に逢って判じるのに、笑顔の下でシルヴァンを見定めるようとする心はあるだろう。
「今回の縁談、受けて頂くにあたり問い合わせをいただきましたが、そのお答えは直接すべきと思い、訪問をお願いしました。今回の求婚に至る経緯について、先に私のほうからお話をさせていただいてよろしいですか」
シルヴァンは表情を変えずにそう切り出した。
話の内容はこうだった。
8歳年下の婚約者は、もともと仮初めのものだったこと。詳しい事情は国が違うこと、そして他家の事情があることも踏まえて詳しいことは言えないが、婚約相手にはほかに候補がいて、その候補と結ばれるまでの間の縁談除けとして、シルヴァンが仮に婚約者と名乗っていたこと。相手の婚約は、国が関わることで、仮の婚約だと公にはできなかったこと。
この度、その仮婚約を解消できたこと。そのあとの婚約については、彼のほうには予定された相手はいなかったこと。
淡々と、シルヴァンは説明を終えた。ひとつ息を吐いた後、リオノーラに視線を合わせた。
「級友として、リオノーラ嬢の為人は見ておりました。こちらの国で起きていることも、情報としては知っていました。
それを踏まえて、彼女を見ていました」
静かに語る声に、リオノーラはどきりとする。不意に、ダンスをした一度きりの触れ合いを思い出した。
耳元で囁かれたとき、耳が熱くなったことを思い出し、思わず視線を外してしまった。
「今回の騒動、リオノーラ嬢に非はないと聞いております。お互いに、相手との婚約は解消後です。少なくとも、国同士としても、縁は繋ぎたいところですし、何しろ彼女は、私の国で2年間、貴族の子女たちと人脈を構築しています。
聞いたところ、こちらの国では、ウォルジー侯爵家の令嬢やマキオン商家を仕切る子爵家とも懇意にされているとか。互いの国、どちらにおいても利はあると見做しております。
何より」
一度言葉を切ったシルヴァンが不意に、顔を綻ばせた。
級友たちには見せたことのない、穏やかな笑顔だった。
「私は、リオノーラ嬢を好ましく思っております。できれば縁を繋ぎたい。表立って積極的な交流ができる立場ではありませんでしたが、2年同じ教室で学んだのです。彼女の生きる姿勢は見てきたつもりです。ぜひ、我がベシエールに来ていただきたい」
応接間は、すっかり彼の空気で支配されていた。
父は表情を露ほども変えず、そしてなにも発しない。その時、リオノーラの手に、母が手を重ねた。
「リオノーラの気持ちをお話しなさい」
母の言葉に、リオノーラは伏せていた視線を上げて、シルヴァンを見た。先ほどの笑顔は、もう消えていたが、リオノーラに向けられた濃紺の瞳は、真剣な光を帯びていた。
見つめられると、胸の奥がキュッと音を立てた気がした。
18年生きてきて、こんな感覚になったのは初めてだった。
そっと、胸に手を当てて、リオノーラは確かめる。自分がどうしたいのか。今までは、国のため、家のために、全てを捧げるのが自分の使命だと思っていた。
デビッドを愛せるならそれが一番であったけれど、デビッドの愛を得られなかっただけでなく、リオノーラの中にもデビッドに対する愛は芽生えなかった。
途中で歩み寄りさえも諦めてしまったのだ。そして、その結果、今のリオノーラは男爵令嬢に婚約者を取られた疵物の令嬢となった。
いろんなことが駆け巡る。シルヴァンと顔合わせをすると決まってから、何度も考えた。眠れないほど考えた。
彼の国へ行って、公爵夫人となり、この国と彼国を繋ぐ自分を想像した。そこに不安がないわけではないけれど。
「お父様、お許しいただけるのなら。シルヴァン様と添うことを望みたく思います」
リオノーラの気持ちは、言葉にしたことで定まった。
隣に座る母の手が、労わるようにリオノーラの手を握り、それまで表情を崩さなかった父が、僅かに肩の力を抜いたのが伝わった。
呼び出された書斎で、父にそう告げられた。
「それは、どなたと」
「ベシエール公爵令息だ。あちらは嗣子だ。もし嫁ぐことになったら、あちらの国に行くことになる。
安易には決められないだろう?」
あの沢山の釣り書きの中から、父のお眼鏡にかなったのは彼だったらしい。
確かに父の言う通り、彼と娶せるとなれば、あちらの国に籍を置くこととなる。生まれ育った国から出て他国へ行くことに寂しさを感じないわけではない。
しかし、あんなことがあった後、リオノーラは社交界でも噂の的だろう。たとえ国内の別の貴族に嫁いだとしても、デビッドとエイミーがもし夫婦になったとしたら、侯爵と侯爵夫人として社交界で付き合わねばならない。それもそれで憂鬱であった。
「わかりましたわ」
そうして、シルヴァンとの顔合わせは早々に決められた。
そういえば、婚約者がどうなったのか、聞かなかった。父は調査をしたのだろうから、話が通ったことを考えれば、おそらく問題はないのだろう。何も言われなかったということは、聞かなくてもいいことなのだ。
他国の公爵令息だというのに、こちらまで出向いてくれることとなり、リオノーラの邸は来客に合わせ、邸内が慌ただしく整えられた。
そうして設えた応接間で、今、リオノーラは父母と共に、シルヴァンと向き合っていた。
「機会をいただき、ありがとうございます」
シルヴァンが恭しく頭を下げた。
卒業からあまり時間が経ってはいないのに、大人っぽく見えるのは髪型の所為だろうか。いつもは下ろしていた前髪を後ろに流し、教室では隠し気味だった顔がすっかり見えている。
もとより噂になるほどの鋭利な美貌だから、全てを出してしまうといっそ神々しいほどだった。
「こちらこそ。娘を望んでいただくとは光栄なことです」
父が穏やかな声で答えると、隣の母もその顔は笑顔だった。二人にとって、数多の縁談の中から選んだ一人であるが、実際に逢って判じるのに、笑顔の下でシルヴァンを見定めるようとする心はあるだろう。
「今回の縁談、受けて頂くにあたり問い合わせをいただきましたが、そのお答えは直接すべきと思い、訪問をお願いしました。今回の求婚に至る経緯について、先に私のほうからお話をさせていただいてよろしいですか」
シルヴァンは表情を変えずにそう切り出した。
話の内容はこうだった。
8歳年下の婚約者は、もともと仮初めのものだったこと。詳しい事情は国が違うこと、そして他家の事情があることも踏まえて詳しいことは言えないが、婚約相手にはほかに候補がいて、その候補と結ばれるまでの間の縁談除けとして、シルヴァンが仮に婚約者と名乗っていたこと。相手の婚約は、国が関わることで、仮の婚約だと公にはできなかったこと。
この度、その仮婚約を解消できたこと。そのあとの婚約については、彼のほうには予定された相手はいなかったこと。
淡々と、シルヴァンは説明を終えた。ひとつ息を吐いた後、リオノーラに視線を合わせた。
「級友として、リオノーラ嬢の為人は見ておりました。こちらの国で起きていることも、情報としては知っていました。
それを踏まえて、彼女を見ていました」
静かに語る声に、リオノーラはどきりとする。不意に、ダンスをした一度きりの触れ合いを思い出した。
耳元で囁かれたとき、耳が熱くなったことを思い出し、思わず視線を外してしまった。
「今回の騒動、リオノーラ嬢に非はないと聞いております。お互いに、相手との婚約は解消後です。少なくとも、国同士としても、縁は繋ぎたいところですし、何しろ彼女は、私の国で2年間、貴族の子女たちと人脈を構築しています。
聞いたところ、こちらの国では、ウォルジー侯爵家の令嬢やマキオン商家を仕切る子爵家とも懇意にされているとか。互いの国、どちらにおいても利はあると見做しております。
何より」
一度言葉を切ったシルヴァンが不意に、顔を綻ばせた。
級友たちには見せたことのない、穏やかな笑顔だった。
「私は、リオノーラ嬢を好ましく思っております。できれば縁を繋ぎたい。表立って積極的な交流ができる立場ではありませんでしたが、2年同じ教室で学んだのです。彼女の生きる姿勢は見てきたつもりです。ぜひ、我がベシエールに来ていただきたい」
応接間は、すっかり彼の空気で支配されていた。
父は表情を露ほども変えず、そしてなにも発しない。その時、リオノーラの手に、母が手を重ねた。
「リオノーラの気持ちをお話しなさい」
母の言葉に、リオノーラは伏せていた視線を上げて、シルヴァンを見た。先ほどの笑顔は、もう消えていたが、リオノーラに向けられた濃紺の瞳は、真剣な光を帯びていた。
見つめられると、胸の奥がキュッと音を立てた気がした。
18年生きてきて、こんな感覚になったのは初めてだった。
そっと、胸に手を当てて、リオノーラは確かめる。自分がどうしたいのか。今までは、国のため、家のために、全てを捧げるのが自分の使命だと思っていた。
デビッドを愛せるならそれが一番であったけれど、デビッドの愛を得られなかっただけでなく、リオノーラの中にもデビッドに対する愛は芽生えなかった。
途中で歩み寄りさえも諦めてしまったのだ。そして、その結果、今のリオノーラは男爵令嬢に婚約者を取られた疵物の令嬢となった。
いろんなことが駆け巡る。シルヴァンと顔合わせをすると決まってから、何度も考えた。眠れないほど考えた。
彼の国へ行って、公爵夫人となり、この国と彼国を繋ぐ自分を想像した。そこに不安がないわけではないけれど。
「お父様、お許しいただけるのなら。シルヴァン様と添うことを望みたく思います」
リオノーラの気持ちは、言葉にしたことで定まった。
隣に座る母の手が、労わるようにリオノーラの手を握り、それまで表情を崩さなかった父が、僅かに肩の力を抜いたのが伝わった。
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