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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】
14.触れる体温と耳に残る声
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リオノーラが留学していた学園は、貴族と平民関係なく、一定以上の学力を持つものが通うところだった。
授業はかなり高度で、学習の濃度も高い。ただクラス分けだけは、貴族のクラスと平民のクラスに分けられていた。
それは、平民には必要のない、ダンスや領地経営の授業が別に課されていたからである。
一般教養等や、外国語などの授業は全員で受けるが、貴族は貴族としてのカリキュラムが別に組まれていて、平民よりずっと授業数も多くなっていた。
彼と唯一接点があったのは、ダンスの授業の時だった。
ダンスの担当教諭は毎回パートナーをくじ引きで決める。教諭の策略なのか、毎回同じパートナーにはならず、必ず新たな人と踊ることとなる。どんな絡繰りなのか。生徒の間では七不思議のひとつであった。
2年次の最後のダンスの授業で、リオノーラはシルヴァンと組むこととなった。
リオノーラは女子の中では比較的すらりと背が高い。線が細い体なので、さほど大柄には見えないが、小柄な男性が相手だとダンスシューズのヒールの高さで、目線がほぼ同じになってしまう。
シルヴァンは背が高く、肩幅の広い体型で、リオノーラの背の高さが目立たない、踊りやすい相手であった。
二人の組んだ姿を見て、教師からも『おお、ここのペアはとてもいいバランスになりましたね』とにこやかに言われ、中央に移動させられた。中央とは、一番目立つ『主役』の場所である。
留学先の国と自国とでは、ダンスが若干違う。その違いにようやく慣れたころだったリオノーラは、中央でのダンスに一瞬躊躇った。
「心配ない。リードする」
そういって差し出された手は大きかった。
少し骨ばっていて、長い指。手のひらには、おそらく剣の稽古で出来ただろう胼胝。
彼の発する低い声は、周囲に聞こえないくらい小さな音量だった。声の抑揚は少なく、感情を感じさせない風情なのに、端的な言葉には心遣いが含まれていて、リオノーラは安堵して微笑んだ。
「ありがとうございます。少し不安になってしまいました」
「まだ慣れていないと思っているのだろう? 傍から見ている分には分からないから問題ない」
シルヴァンの声は低く、ホールドを組めば、ぐっと距離が近くなり、体全体に響くようにも感じる。軽く握られた指に、彼の体温が伝わる。引き寄せられるように、背に手を当てられ、音楽が始まるのを待つ。
リオノーラは、デビッドと踊ったことがない。まだ夜会などに参加する年齢ではないから、デビュー前の子女にはダンスの義務がないのだが、普通は婚約者と練習したりするものだという。それは親睦を図るためでもあるし、デビューの折に恥をかかないためでもある。
デビッドとは最低限の交流しかなかったから、ダンスを練習しようという話にはならなかった。
だから、リオノーラがダンスの相手としていたのは、家に呼ばれたダンス講師か、父と兄かしかいなかったのだ。
この国に来てから、初めて血縁などではない異性に触れた。仲良しの令嬢たちとは手を触れあったり、寄り添い合うような距離感を持ったことはあるけれど、ダンスというかなり近い異性との距離感は、当初かなり緊張した。
授業で、少しずつ慣れつつはあったが、女性とは違う体温に戸惑うこともまだ多々ある。肌で感じる他人の体温は、リオノーラに違和感を感じさせることも多いのだと初めて知ったのだ。
音が始まり、背に当てられた大きな手が、ふわりとリオノーラを押した。その勢いに乗せられて、一歩足を踏み出すと、そのまま音の流れに自然に体が乗った。
音に合わせて、シルヴァンがステップを踏むと、軽く握られた指と背中に置かれた手が、リオノーラを音に乗せてくれる。いつも気を張って、相手に合わせるよう硬くなっていたはずのリオノーラの体に緊張を感じさせる暇を与えてくれない。
導かれるように、彼の流れに乗れば、まるで羽が生えたように体が軽く感じて、リオノーラは思わず顔を上げてシルヴァンを見た。
冷たい表情は変わらない。顔に表情は乗せないのが彼の既定路線なのか、いつもと同じままだったが、目を合わせると、彼は少しだけ目を細めた。認められたようで、リオノーラは嬉しくなった。
リオノーラは根は勤勉なので、ダンスのステップも体に覚え込んだ。要するに、練習では完璧だ。それでもまだ経験の浅い年齢のリオノーラは、初めての相手だといつも体は緊張してしまう。流れるようなダンスには到底ならないのが常だった。
シルヴァンの動きが、少しだけ大きくなり、体ごとくるりとターンさせられる。体に降る浮遊感に、リオノーラは思わず目を瞠った。
「大丈夫。そのままで。
引き寄せられ、耳元で囁かれる。耳朶を震わせる低音に、思わず耳が熱くなるのを感じた。
心の臓が激しく脈打つのは、ダンスの所為。こんなことで動揺しているなんて思いたくない。
でも、体は正直で、なんなら顔まで赤い気がする。
「ほら、ちゃんと目線を合わせて」
最初にホールドした時より、距離が近い。背に置かれた手に少しずつ引き寄せられて、あわや触れ合いそうなほどの距離感で、背の高い彼の目に、視線を合わせた。
顔色は変わらないのに、銀縁の眼鏡の奥の濃紺の瞳には、リオノーラだけが映っている。
そのまま揺られるように踊って、音が終わる。緩やかに浮遊していた体が、地に降りる。
手を離されて、彼が胸に手を当てて礼をするのに合わせ、リオノーラもドレスを摘んでカーテシーをした。
ふわふわとした空間から現実に降りて、耳に周りの音が急に大きくなった。教師からの拍手に周りの令嬢たちの賛美の声が混じり、リオノーラの耳に届く。
「ありがとうございました」
リオノーラがそう笑顔を向けると、シルヴァンは小さく頷いて、銀縁の眼鏡を指で押し上げた。
軽い疲労感と、上昇した体温は、リオノーラに今まで味わったことのない充実感を齎した。
「こちらこそ。ありがとう」
離れた距離感で発せられた声は、耳元を擽った先ほどの声と混じり、リオノーラの耳に残り続けた。
________________________________
やっと…!なんとなく恋愛カテゴリっぽく…!
授業はかなり高度で、学習の濃度も高い。ただクラス分けだけは、貴族のクラスと平民のクラスに分けられていた。
それは、平民には必要のない、ダンスや領地経営の授業が別に課されていたからである。
一般教養等や、外国語などの授業は全員で受けるが、貴族は貴族としてのカリキュラムが別に組まれていて、平民よりずっと授業数も多くなっていた。
彼と唯一接点があったのは、ダンスの授業の時だった。
ダンスの担当教諭は毎回パートナーをくじ引きで決める。教諭の策略なのか、毎回同じパートナーにはならず、必ず新たな人と踊ることとなる。どんな絡繰りなのか。生徒の間では七不思議のひとつであった。
2年次の最後のダンスの授業で、リオノーラはシルヴァンと組むこととなった。
リオノーラは女子の中では比較的すらりと背が高い。線が細い体なので、さほど大柄には見えないが、小柄な男性が相手だとダンスシューズのヒールの高さで、目線がほぼ同じになってしまう。
シルヴァンは背が高く、肩幅の広い体型で、リオノーラの背の高さが目立たない、踊りやすい相手であった。
二人の組んだ姿を見て、教師からも『おお、ここのペアはとてもいいバランスになりましたね』とにこやかに言われ、中央に移動させられた。中央とは、一番目立つ『主役』の場所である。
留学先の国と自国とでは、ダンスが若干違う。その違いにようやく慣れたころだったリオノーラは、中央でのダンスに一瞬躊躇った。
「心配ない。リードする」
そういって差し出された手は大きかった。
少し骨ばっていて、長い指。手のひらには、おそらく剣の稽古で出来ただろう胼胝。
彼の発する低い声は、周囲に聞こえないくらい小さな音量だった。声の抑揚は少なく、感情を感じさせない風情なのに、端的な言葉には心遣いが含まれていて、リオノーラは安堵して微笑んだ。
「ありがとうございます。少し不安になってしまいました」
「まだ慣れていないと思っているのだろう? 傍から見ている分には分からないから問題ない」
シルヴァンの声は低く、ホールドを組めば、ぐっと距離が近くなり、体全体に響くようにも感じる。軽く握られた指に、彼の体温が伝わる。引き寄せられるように、背に手を当てられ、音楽が始まるのを待つ。
リオノーラは、デビッドと踊ったことがない。まだ夜会などに参加する年齢ではないから、デビュー前の子女にはダンスの義務がないのだが、普通は婚約者と練習したりするものだという。それは親睦を図るためでもあるし、デビューの折に恥をかかないためでもある。
デビッドとは最低限の交流しかなかったから、ダンスを練習しようという話にはならなかった。
だから、リオノーラがダンスの相手としていたのは、家に呼ばれたダンス講師か、父と兄かしかいなかったのだ。
この国に来てから、初めて血縁などではない異性に触れた。仲良しの令嬢たちとは手を触れあったり、寄り添い合うような距離感を持ったことはあるけれど、ダンスというかなり近い異性との距離感は、当初かなり緊張した。
授業で、少しずつ慣れつつはあったが、女性とは違う体温に戸惑うこともまだ多々ある。肌で感じる他人の体温は、リオノーラに違和感を感じさせることも多いのだと初めて知ったのだ。
音が始まり、背に当てられた大きな手が、ふわりとリオノーラを押した。その勢いに乗せられて、一歩足を踏み出すと、そのまま音の流れに自然に体が乗った。
音に合わせて、シルヴァンがステップを踏むと、軽く握られた指と背中に置かれた手が、リオノーラを音に乗せてくれる。いつも気を張って、相手に合わせるよう硬くなっていたはずのリオノーラの体に緊張を感じさせる暇を与えてくれない。
導かれるように、彼の流れに乗れば、まるで羽が生えたように体が軽く感じて、リオノーラは思わず顔を上げてシルヴァンを見た。
冷たい表情は変わらない。顔に表情は乗せないのが彼の既定路線なのか、いつもと同じままだったが、目を合わせると、彼は少しだけ目を細めた。認められたようで、リオノーラは嬉しくなった。
リオノーラは根は勤勉なので、ダンスのステップも体に覚え込んだ。要するに、練習では完璧だ。それでもまだ経験の浅い年齢のリオノーラは、初めての相手だといつも体は緊張してしまう。流れるようなダンスには到底ならないのが常だった。
シルヴァンの動きが、少しだけ大きくなり、体ごとくるりとターンさせられる。体に降る浮遊感に、リオノーラは思わず目を瞠った。
「大丈夫。そのままで。
引き寄せられ、耳元で囁かれる。耳朶を震わせる低音に、思わず耳が熱くなるのを感じた。
心の臓が激しく脈打つのは、ダンスの所為。こんなことで動揺しているなんて思いたくない。
でも、体は正直で、なんなら顔まで赤い気がする。
「ほら、ちゃんと目線を合わせて」
最初にホールドした時より、距離が近い。背に置かれた手に少しずつ引き寄せられて、あわや触れ合いそうなほどの距離感で、背の高い彼の目に、視線を合わせた。
顔色は変わらないのに、銀縁の眼鏡の奥の濃紺の瞳には、リオノーラだけが映っている。
そのまま揺られるように踊って、音が終わる。緩やかに浮遊していた体が、地に降りる。
手を離されて、彼が胸に手を当てて礼をするのに合わせ、リオノーラもドレスを摘んでカーテシーをした。
ふわふわとした空間から現実に降りて、耳に周りの音が急に大きくなった。教師からの拍手に周りの令嬢たちの賛美の声が混じり、リオノーラの耳に届く。
「ありがとうございました」
リオノーラがそう笑顔を向けると、シルヴァンは小さく頷いて、銀縁の眼鏡を指で押し上げた。
軽い疲労感と、上昇した体温は、リオノーラに今まで味わったことのない充実感を齎した。
「こちらこそ。ありがとう」
離れた距離感で発せられた声は、耳元を擽った先ほどの声と混じり、リオノーラの耳に残り続けた。
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