真実の愛は罪か否か

KAORU

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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】

10.舞台上の役割

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「デビッド様、駄目よ」

 女優・エイミーはそう小さく震える声を上げた。
 潤む瞳は庇護欲をそそり、小柄で可憐な容姿は頼りなげで、おそらく【守りたい】と思わせる要素が詰まっているのだろう。

「エイミー、あれは【悪役令嬢】だよ。
 君も言っていたじゃないか、【悪い人】はいてはいけないんだって。排除されるべきだろう?」

 デビッドの問いかけに、エイミーは潤んだ瞳でデビッドを見つめた。

「でもね、仲良くしたかったのよ。みんなと。だって、みんな学園では身分関係なく仲良くするものなんでしょう?
 彼女たちが、私と仲良くできないっていうのが間違っているのはわかってるの。
 ちゃんとお話ししたら自分たちが間違ってるって、分かってくれるんじゃないかと思っていたの」

 リオノーラは、デビッドに縋り、言い募るエイミーを見つめていた。
 なんだろう、この違和感は。学園では身分差なく交流すること。学園の規則の一つでもある。ただ、それにはある程度の節度が求められていることは暗黙の了解でもある。表面上では【仲良くしましょう】は、正論だ。
だが、貴族社会はそれでは成り立たない。学園の身分差のない交流とは、一定の礼儀は含んだものでなければならないのだ。
 だが、正しいのは自分で、だ、と言っている。

「でもね、デビッド様が虐めては駄目だわ。
 それではになってしまうわ。そんなの、私のデビッド様じゃないわ」

 潤んだ瞳で見つめられ、デビッドは頬を染めて愛おしげにエイミーを見つめた。
 なんという茶番なのか。それを周りも容認するこの空気が、リオノーラには信じられなかった。貴族とはこんなに簡単にされていいものではない。
 しかし、凡そ三年をかけて、エイミーはこの集団を作った。どことなく妄信的な宗教団体に近い。
 リオノーラは薄ら寒さすら感じて、眉を顰めた。
 そんなリオノーラに、エイミーの視線が向けられた。潤んだ若草色の瞳は、宝石のように綺麗だった。

「リオノーラ、謝ってくれたらそれでいいの。
 そしてね、仲良くできないなら、デビッドを開放してほしいの。理不尽な婚約から。
 だってね、リオノーラさんが縛り付けるだけの一方的な婚約なんて、うまく行かないわ。
 二人とも幸せにはなれないもの。結婚って、愛し合う者同士がするものでしょう?」

「謝る? わたくしが、何に対して謝るのでしょう。
 先ほど申し上げた通り、わたくしは一切関与はしておりません。してもいないことに、下げる頭はありません」

「ひどいわ。リオノーラさんが、わたしを男爵令嬢だって馬鹿にするから、ほかの令嬢の人たちもわたしを除け者にするのでしょう?
 それって意地悪じゃない。それを謝って欲しいのっ」

 うるうるの瞳からとうとう涙がこぼれた。
 リオノーラは、そのエイミーの態度が、なのかなのか、この場で冷静に判断するのは難しいと思った。
 直感では、彼女は女優だろうと思う。この姿もすべておそらく演技だ。頭の中ではきっと貴族の常識も何もかも、分かっているはずだ。
 デビッドが彼女に近づいたとき、父からは調査結果をもらっていた。リオノーラはこの国で身分の高い令嬢だ。デビッドとの婚約がなければ、国のために他国の貴族との婚姻だって有り得た。瑕疵が付くのは、両親にしろ王家にしろ、望むところではない。
 それ故、デビッドの行動は、されていた。もちろん侯爵家にも周知されていた。
 エイミー・ペインは、男爵家に引き取られてから、2年、家庭教師による教育を受けている。だからこそ、学園への入学が許された。一定水準の礼儀は身に着けていると判断されたからだ。
 それは生まれながらに教育を受けてきた貴族と同等と見做されなければ許可されない。
 だから違和感を持ったのだ。第3王女も然りだ。本来分かっているはずなのに、なぜあんなに、と。
 まるで全く教育など受けていないかのような振る舞いは、最初はほとんどの人にはずなのだ。
 にもかかわらず、こうしてエイミーは受け入れられている。入学当初から変わらない使の姿のままで。
 
 そして、調査書の中にもう一つ、気になる点があった。引き取られる前から、男爵邸で教育を受けている2年間があった。
 教育は当初、男爵夫人を中心に行われていたが、その2年の間に、男爵夫人は、離縁されて実家に戻っている。その原因は、彼女が産んだふたりの息子に或る。
 溺愛しているエイミーに対し、妻が虐待をしていると息子たちの訴えを受けた男爵が、夫人に離縁を言い渡し、実家へ帰していたのだ。
 それは、今の状況を予感させるような調査結果だった。

 リオノーラは、この狡猾なに、一人で対応する術を自分は持っていないと感じた。
 ぽろぽろと煌めく涙を流しながら、女優は謝れとリオノーラに迫る。そんな女優の演技すがたに、周りのたちはますますリオノーラに向ける視線を厳しくする。

 まさに、この舞台の上で、リオノーラは【悪役令嬢】の役割だった。

「ひとつだけ。
 デビッド・シェリンガムとの婚約解消は否定いたしません。
 エイミー様がおっしゃる愛し合う者という定義には、わたくしとデビッド様が当てはまらないことは事実ですし。
 デビッド様が、婚姻は愛し合う者となさるとおっしゃるのであれば、受け入れますわ。

 ただ、謝罪の要求に関しては、この場では保留といたします。
 してもいないことに対し、要求されることに簡単に答えることは、わたくしの立場では出来かねます。
 後日、別の形でこのお話はさせていただきたく思います」

 リオノーラは、表情に笑みは一切乗せずにそう答えた。
 
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