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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】
8.学園の卒業式と祝賀会
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学園の卒業式は、晴れの門出には似つかわしくない、しとしとと降る雨の日となった。
微かに青みを帯びた灰色の雲が、空一面を覆っていて、気分を陰鬱とさせる。卒業式はホールで行われるため、参加者に大きな影響はないが、些か気分が落ちることは確かだ。
空を覆う厚い雲は、これから起こる何かを示唆するようで重苦しい。降り続く雨は、さほどの勢いはないもの、途切れることなく落ちる。
卒業式は滞りなく行われた。
式には、学園に通う生徒だけでなく、その両親も参加する。この学年に王族は在籍していなかったが、祝辞を述べる者として王太子である第1王子とその妃が参加している。 粛々と行われた式の後は、来賓も招いた祝賀会が開かれる。これから社交界に出る卒業生の初めての社交となる。そこにはすでに【学園の生徒】の身分はない。すでに大人として扱われるということだ。
デビッドからは、式後の祝賀会でのエスコートの申し出はなかった。
リオノーラは父のエスコートで会場入りをした。
今日の装いは、本来なら婚約者から贈られるはずだが、父が用意したものを身に着けている。細身ですらりとしたリオノーラに、淡いブルーのドレスはとてもよく似合っていた。
18歳となったリオノーラは、幼少期地味とデビッドに言われた顔立ちも、大人の色を纏って母に似た理知的な美人となった。丁寧に侍女たちに施された化粧は、その顔立ちをよく引き立てた。
この国で公に顔を見せるのは2年ぶりだった。
この国では学園を卒業する18歳をもって大人と見做される。貴族の子女たちは卒業後、間を置かずして開かれる王家主催の夜会で、デビュタントを迎え、正式に大人の仲間入りとなる。中には、デビュタント後すぐに婚姻を結ぶ令嬢もいる。
留学を終えて帰国し、大人びたリオノーラを、学園の同級生たちはどう見るのか。
自分たちが、【悪役令嬢】と呼び、不在の間も愛されないがゆえに嫉妬に狂う婚約者として嘲笑ってきた相手を。
リオノーラは父に手を引かれ、背筋を伸ばした。俯いたり、人の目を気にしたりはしない。何もしていないことは事実だし、悪役だといわれるような何かをした証拠もありはしないのだ。恥じることなど何もない。
帰国後、両親からは、婚約の解消を王家に届け出ることを提案された。デビッドの学園での所業は、アルドリット公爵家としても見逃せるものではなかったからだ。
何より、父と母、公爵家を継ぐ兄も、すでに嫁いでいる姉も皆、リオノーラを愛し慈しんでくれる。可愛い末娘に、たとえ王命とはいえ、幸せを思い描けないこの婚姻を無理に推し進める気はなかったのだ。
相手はいくらでもいる。この国では権威ある公爵家の娘だ。さらに留学まで経験したとあって、別に国外の貴族が相手でも構わない。リオノーラが幸せに笑えるのであれば。
だが、リオノーラは父からの提案は一時保留にしたいと申し出た。理由はデビッドと直接話し合いができていないからだった。
例え、皆に認められた恋人同士とはいえ、エイミーの家格はデビッドとは釣り合わない。
リオノーラとの婚約がなくなったとしても、エイミーが正妻として迎えられる可能性は低い。シェリンガム侯爵家が良しとはしないだろう。
それにこの騒ぎは、多少大人たちの耳には入れど、学園の中だけでの話だ。
学園にいる間は、恋愛遊戯を楽しみ、大人となったら決められた婚約者と家を構える貴族はこれまでも一定数いたのだ。浮かれた学生生活のひと時の夢とお互いに割り切る恋人同士だっている。
デビッドがどこまで侯爵家嫡男としての自覚を持っているのか、今のリオノーラにはわからなかった。
もし、デビッドが卒業を区切りに、リオノーラと向き合う心根があるのであれば、時間はかかるだろうし実際の結婚生活は形骸的なものとなるかもしれないが、一定の義理は果たせるのではと思っていた。
基本、一夫一妻のこの国で、大人たちの中には、隠れて愛人を囲う者も少なくはない。家の利害に関わらなければ暗黙の了解として、秘され目溢しされる。
エイミーが愛人となることを良しとするかはわからないが、デビッドが一線を越えずにいられるのなら、リオノーラは愛人の存在を認めることもありだと考えていた。
リオノーラは侯爵家の女主人として、ここまで身に着けた知識を持って家を盛り立てる。そのことのために留学も率先して勉学に励んだし、人脈作りもしてきたと自負している。使わずしてなんとする。
伸び盛りの産業を国の重要産業にまで押し上げられたら、その一端をリオノーラが請け負えるなら、デビッドとの愛し愛されるような生活がなくとも、乗り切れるような気までしている。
「お前の幸せが犠牲になるようなことは、だれも望んではいないのだよ」
そう、父は言ってくれた。頷く母にも頭を撫でられた。
リオノーラは、笑顔で、
「ありがとうございます、お父様、お母様。幸せとはどうあるべきか、もう少し見極めたいのです」
と答えた。
父に導かれて足を踏み入れた祝賀会の開かれる学園ホールは、天井から下がるシャンデリアが眩しい。
公爵令嬢として、後から入場したホールには、すでにたくさんの人で溢れていて、肌に当たる空気が熱を帯びている。
凛と背筋を伸ばし、リオノーラは淑女としての笑みを湛えて、その人の波の中を進んでいった。
微かに青みを帯びた灰色の雲が、空一面を覆っていて、気分を陰鬱とさせる。卒業式はホールで行われるため、参加者に大きな影響はないが、些か気分が落ちることは確かだ。
空を覆う厚い雲は、これから起こる何かを示唆するようで重苦しい。降り続く雨は、さほどの勢いはないもの、途切れることなく落ちる。
卒業式は滞りなく行われた。
式には、学園に通う生徒だけでなく、その両親も参加する。この学年に王族は在籍していなかったが、祝辞を述べる者として王太子である第1王子とその妃が参加している。 粛々と行われた式の後は、来賓も招いた祝賀会が開かれる。これから社交界に出る卒業生の初めての社交となる。そこにはすでに【学園の生徒】の身分はない。すでに大人として扱われるということだ。
デビッドからは、式後の祝賀会でのエスコートの申し出はなかった。
リオノーラは父のエスコートで会場入りをした。
今日の装いは、本来なら婚約者から贈られるはずだが、父が用意したものを身に着けている。細身ですらりとしたリオノーラに、淡いブルーのドレスはとてもよく似合っていた。
18歳となったリオノーラは、幼少期地味とデビッドに言われた顔立ちも、大人の色を纏って母に似た理知的な美人となった。丁寧に侍女たちに施された化粧は、その顔立ちをよく引き立てた。
この国で公に顔を見せるのは2年ぶりだった。
この国では学園を卒業する18歳をもって大人と見做される。貴族の子女たちは卒業後、間を置かずして開かれる王家主催の夜会で、デビュタントを迎え、正式に大人の仲間入りとなる。中には、デビュタント後すぐに婚姻を結ぶ令嬢もいる。
留学を終えて帰国し、大人びたリオノーラを、学園の同級生たちはどう見るのか。
自分たちが、【悪役令嬢】と呼び、不在の間も愛されないがゆえに嫉妬に狂う婚約者として嘲笑ってきた相手を。
リオノーラは父に手を引かれ、背筋を伸ばした。俯いたり、人の目を気にしたりはしない。何もしていないことは事実だし、悪役だといわれるような何かをした証拠もありはしないのだ。恥じることなど何もない。
帰国後、両親からは、婚約の解消を王家に届け出ることを提案された。デビッドの学園での所業は、アルドリット公爵家としても見逃せるものではなかったからだ。
何より、父と母、公爵家を継ぐ兄も、すでに嫁いでいる姉も皆、リオノーラを愛し慈しんでくれる。可愛い末娘に、たとえ王命とはいえ、幸せを思い描けないこの婚姻を無理に推し進める気はなかったのだ。
相手はいくらでもいる。この国では権威ある公爵家の娘だ。さらに留学まで経験したとあって、別に国外の貴族が相手でも構わない。リオノーラが幸せに笑えるのであれば。
だが、リオノーラは父からの提案は一時保留にしたいと申し出た。理由はデビッドと直接話し合いができていないからだった。
例え、皆に認められた恋人同士とはいえ、エイミーの家格はデビッドとは釣り合わない。
リオノーラとの婚約がなくなったとしても、エイミーが正妻として迎えられる可能性は低い。シェリンガム侯爵家が良しとはしないだろう。
それにこの騒ぎは、多少大人たちの耳には入れど、学園の中だけでの話だ。
学園にいる間は、恋愛遊戯を楽しみ、大人となったら決められた婚約者と家を構える貴族はこれまでも一定数いたのだ。浮かれた学生生活のひと時の夢とお互いに割り切る恋人同士だっている。
デビッドがどこまで侯爵家嫡男としての自覚を持っているのか、今のリオノーラにはわからなかった。
もし、デビッドが卒業を区切りに、リオノーラと向き合う心根があるのであれば、時間はかかるだろうし実際の結婚生活は形骸的なものとなるかもしれないが、一定の義理は果たせるのではと思っていた。
基本、一夫一妻のこの国で、大人たちの中には、隠れて愛人を囲う者も少なくはない。家の利害に関わらなければ暗黙の了解として、秘され目溢しされる。
エイミーが愛人となることを良しとするかはわからないが、デビッドが一線を越えずにいられるのなら、リオノーラは愛人の存在を認めることもありだと考えていた。
リオノーラは侯爵家の女主人として、ここまで身に着けた知識を持って家を盛り立てる。そのことのために留学も率先して勉学に励んだし、人脈作りもしてきたと自負している。使わずしてなんとする。
伸び盛りの産業を国の重要産業にまで押し上げられたら、その一端をリオノーラが請け負えるなら、デビッドとの愛し愛されるような生活がなくとも、乗り切れるような気までしている。
「お前の幸せが犠牲になるようなことは、だれも望んではいないのだよ」
そう、父は言ってくれた。頷く母にも頭を撫でられた。
リオノーラは、笑顔で、
「ありがとうございます、お父様、お母様。幸せとはどうあるべきか、もう少し見極めたいのです」
と答えた。
父に導かれて足を踏み入れた祝賀会の開かれる学園ホールは、天井から下がるシャンデリアが眩しい。
公爵令嬢として、後から入場したホールには、すでにたくさんの人で溢れていて、肌に当たる空気が熱を帯びている。
凛と背筋を伸ばし、リオノーラは淑女としての笑みを湛えて、その人の波の中を進んでいった。
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