8 / 60
真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】
8.学園の卒業式と祝賀会
しおりを挟む
学園の卒業式は、晴れの門出には似つかわしくない、しとしとと降る雨の日となった。
微かに青みを帯びた灰色の雲が、空一面を覆っていて、気分を陰鬱とさせる。卒業式はホールで行われるため、参加者に大きな影響はないが、些か気分が落ちることは確かだ。
空を覆う厚い雲は、これから起こる何かを示唆するようで重苦しい。降り続く雨は、さほどの勢いはないもの、途切れることなく落ちる。
卒業式は滞りなく行われた。
式には、学園に通う生徒だけでなく、その両親も参加する。この学年に王族は在籍していなかったが、祝辞を述べる者として王太子である第1王子とその妃が参加している。 粛々と行われた式の後は、来賓も招いた祝賀会が開かれる。これから社交界に出る卒業生の初めての社交となる。そこにはすでに【学園の生徒】の身分はない。すでに大人として扱われるということだ。
デビッドからは、式後の祝賀会でのエスコートの申し出はなかった。
リオノーラは父のエスコートで会場入りをした。
今日の装いは、本来なら婚約者から贈られるはずだが、父が用意したものを身に着けている。細身ですらりとしたリオノーラに、淡いブルーのドレスはとてもよく似合っていた。
18歳となったリオノーラは、幼少期地味とデビッドに言われた顔立ちも、大人の色を纏って母に似た理知的な美人となった。丁寧に侍女たちに施された化粧は、その顔立ちをよく引き立てた。
この国で公に顔を見せるのは2年ぶりだった。
この国では学園を卒業する18歳をもって大人と見做される。貴族の子女たちは卒業後、間を置かずして開かれる王家主催の夜会で、デビュタントを迎え、正式に大人の仲間入りとなる。中には、デビュタント後すぐに婚姻を結ぶ令嬢もいる。
留学を終えて帰国し、大人びたリオノーラを、学園の同級生たちはどう見るのか。
自分たちが、【悪役令嬢】と呼び、不在の間も愛されないがゆえに嫉妬に狂う婚約者として嘲笑ってきた相手を。
リオノーラは父に手を引かれ、背筋を伸ばした。俯いたり、人の目を気にしたりはしない。何もしていないことは事実だし、悪役だといわれるような何かをした証拠もありはしないのだ。恥じることなど何もない。
帰国後、両親からは、婚約の解消を王家に届け出ることを提案された。デビッドの学園での所業は、アルドリット公爵家としても見逃せるものではなかったからだ。
何より、父と母、公爵家を継ぐ兄も、すでに嫁いでいる姉も皆、リオノーラを愛し慈しんでくれる。可愛い末娘に、たとえ王命とはいえ、幸せを思い描けないこの婚姻を無理に推し進める気はなかったのだ。
相手はいくらでもいる。この国では権威ある公爵家の娘だ。さらに留学まで経験したとあって、別に国外の貴族が相手でも構わない。リオノーラが幸せに笑えるのであれば。
だが、リオノーラは父からの提案は一時保留にしたいと申し出た。理由はデビッドと直接話し合いができていないからだった。
例え、皆に認められた恋人同士とはいえ、エイミーの家格はデビッドとは釣り合わない。
リオノーラとの婚約がなくなったとしても、エイミーが正妻として迎えられる可能性は低い。シェリンガム侯爵家が良しとはしないだろう。
それにこの騒ぎは、多少大人たちの耳には入れど、学園の中だけでの話だ。
学園にいる間は、恋愛遊戯を楽しみ、大人となったら決められた婚約者と家を構える貴族はこれまでも一定数いたのだ。浮かれた学生生活のひと時の夢とお互いに割り切る恋人同士だっている。
デビッドがどこまで侯爵家嫡男としての自覚を持っているのか、今のリオノーラにはわからなかった。
もし、デビッドが卒業を区切りに、リオノーラと向き合う心根があるのであれば、時間はかかるだろうし実際の結婚生活は形骸的なものとなるかもしれないが、一定の義理は果たせるのではと思っていた。
基本、一夫一妻のこの国で、大人たちの中には、隠れて愛人を囲う者も少なくはない。家の利害に関わらなければ暗黙の了解として、秘され目溢しされる。
エイミーが愛人となることを良しとするかはわからないが、デビッドが一線を越えずにいられるのなら、リオノーラは愛人の存在を認めることもありだと考えていた。
リオノーラは侯爵家の女主人として、ここまで身に着けた知識を持って家を盛り立てる。そのことのために留学も率先して勉学に励んだし、人脈作りもしてきたと自負している。使わずしてなんとする。
伸び盛りの産業を国の重要産業にまで押し上げられたら、その一端をリオノーラが請け負えるなら、デビッドとの愛し愛されるような生活がなくとも、乗り切れるような気までしている。
「お前の幸せが犠牲になるようなことは、だれも望んではいないのだよ」
そう、父は言ってくれた。頷く母にも頭を撫でられた。
リオノーラは、笑顔で、
「ありがとうございます、お父様、お母様。幸せとはどうあるべきか、もう少し見極めたいのです」
と答えた。
父に導かれて足を踏み入れた祝賀会の開かれる学園ホールは、天井から下がるシャンデリアが眩しい。
公爵令嬢として、後から入場したホールには、すでにたくさんの人で溢れていて、肌に当たる空気が熱を帯びている。
凛と背筋を伸ばし、リオノーラは淑女としての笑みを湛えて、その人の波の中を進んでいった。
微かに青みを帯びた灰色の雲が、空一面を覆っていて、気分を陰鬱とさせる。卒業式はホールで行われるため、参加者に大きな影響はないが、些か気分が落ちることは確かだ。
空を覆う厚い雲は、これから起こる何かを示唆するようで重苦しい。降り続く雨は、さほどの勢いはないもの、途切れることなく落ちる。
卒業式は滞りなく行われた。
式には、学園に通う生徒だけでなく、その両親も参加する。この学年に王族は在籍していなかったが、祝辞を述べる者として王太子である第1王子とその妃が参加している。 粛々と行われた式の後は、来賓も招いた祝賀会が開かれる。これから社交界に出る卒業生の初めての社交となる。そこにはすでに【学園の生徒】の身分はない。すでに大人として扱われるということだ。
デビッドからは、式後の祝賀会でのエスコートの申し出はなかった。
リオノーラは父のエスコートで会場入りをした。
今日の装いは、本来なら婚約者から贈られるはずだが、父が用意したものを身に着けている。細身ですらりとしたリオノーラに、淡いブルーのドレスはとてもよく似合っていた。
18歳となったリオノーラは、幼少期地味とデビッドに言われた顔立ちも、大人の色を纏って母に似た理知的な美人となった。丁寧に侍女たちに施された化粧は、その顔立ちをよく引き立てた。
この国で公に顔を見せるのは2年ぶりだった。
この国では学園を卒業する18歳をもって大人と見做される。貴族の子女たちは卒業後、間を置かずして開かれる王家主催の夜会で、デビュタントを迎え、正式に大人の仲間入りとなる。中には、デビュタント後すぐに婚姻を結ぶ令嬢もいる。
留学を終えて帰国し、大人びたリオノーラを、学園の同級生たちはどう見るのか。
自分たちが、【悪役令嬢】と呼び、不在の間も愛されないがゆえに嫉妬に狂う婚約者として嘲笑ってきた相手を。
リオノーラは父に手を引かれ、背筋を伸ばした。俯いたり、人の目を気にしたりはしない。何もしていないことは事実だし、悪役だといわれるような何かをした証拠もありはしないのだ。恥じることなど何もない。
帰国後、両親からは、婚約の解消を王家に届け出ることを提案された。デビッドの学園での所業は、アルドリット公爵家としても見逃せるものではなかったからだ。
何より、父と母、公爵家を継ぐ兄も、すでに嫁いでいる姉も皆、リオノーラを愛し慈しんでくれる。可愛い末娘に、たとえ王命とはいえ、幸せを思い描けないこの婚姻を無理に推し進める気はなかったのだ。
相手はいくらでもいる。この国では権威ある公爵家の娘だ。さらに留学まで経験したとあって、別に国外の貴族が相手でも構わない。リオノーラが幸せに笑えるのであれば。
だが、リオノーラは父からの提案は一時保留にしたいと申し出た。理由はデビッドと直接話し合いができていないからだった。
例え、皆に認められた恋人同士とはいえ、エイミーの家格はデビッドとは釣り合わない。
リオノーラとの婚約がなくなったとしても、エイミーが正妻として迎えられる可能性は低い。シェリンガム侯爵家が良しとはしないだろう。
それにこの騒ぎは、多少大人たちの耳には入れど、学園の中だけでの話だ。
学園にいる間は、恋愛遊戯を楽しみ、大人となったら決められた婚約者と家を構える貴族はこれまでも一定数いたのだ。浮かれた学生生活のひと時の夢とお互いに割り切る恋人同士だっている。
デビッドがどこまで侯爵家嫡男としての自覚を持っているのか、今のリオノーラにはわからなかった。
もし、デビッドが卒業を区切りに、リオノーラと向き合う心根があるのであれば、時間はかかるだろうし実際の結婚生活は形骸的なものとなるかもしれないが、一定の義理は果たせるのではと思っていた。
基本、一夫一妻のこの国で、大人たちの中には、隠れて愛人を囲う者も少なくはない。家の利害に関わらなければ暗黙の了解として、秘され目溢しされる。
エイミーが愛人となることを良しとするかはわからないが、デビッドが一線を越えずにいられるのなら、リオノーラは愛人の存在を認めることもありだと考えていた。
リオノーラは侯爵家の女主人として、ここまで身に着けた知識を持って家を盛り立てる。そのことのために留学も率先して勉学に励んだし、人脈作りもしてきたと自負している。使わずしてなんとする。
伸び盛りの産業を国の重要産業にまで押し上げられたら、その一端をリオノーラが請け負えるなら、デビッドとの愛し愛されるような生活がなくとも、乗り切れるような気までしている。
「お前の幸せが犠牲になるようなことは、だれも望んではいないのだよ」
そう、父は言ってくれた。頷く母にも頭を撫でられた。
リオノーラは、笑顔で、
「ありがとうございます、お父様、お母様。幸せとはどうあるべきか、もう少し見極めたいのです」
と答えた。
父に導かれて足を踏み入れた祝賀会の開かれる学園ホールは、天井から下がるシャンデリアが眩しい。
公爵令嬢として、後から入場したホールには、すでにたくさんの人で溢れていて、肌に当たる空気が熱を帯びている。
凛と背筋を伸ばし、リオノーラは淑女としての笑みを湛えて、その人の波の中を進んでいった。
19
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説


過去に戻った筈の王
基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。
婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。
しかし、甘い恋人の時間は終わる。
子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。
彼女だったなら、こうはならなかった。
婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。
後悔の日々だった。

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。

婚約破棄した令嬢の帰還を望む
基本二度寝
恋愛
王太子が発案したとされる事業は、始まる前から暗礁に乗り上げている。
実際の発案者は、王太子の元婚約者。
見た目の美しい令嬢と婚約したいがために、婚約を破棄したが、彼女がいなくなり有能と言われた王太子は、無能に転落した。
彼女のサポートなしではなにもできない男だった。
どうにか彼女を再び取り戻すため、王太子は妙案を思いつく。

生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

妹を叩いた?事実ですがなにか?
基本二度寝
恋愛
王太子エリシオンにはクアンナという婚約者がいた。
冷たい瞳をした婚約者には愛らしい妹マゼンダがいる。
婚約者に向けるべき愛情をマゼンダに向けていた。
そんな愛らしいマゼンダが、物陰でひっそり泣いていた。
頬を押えて。
誰が!一体何が!?
口を閉ざしつづけたマゼンダが、打った相手をようやく口にして、エリシオンの怒りが頂点に達した。
あの女…!
※えろなし
※恋愛カテゴリーなのに恋愛させてないなと思って追加21/08/09

誰も残らなかった物語
悠十
恋愛
アリシアはこの国の王太子の婚約者である。
しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。
そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。
アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。
「嗚呼、可哀そうに……」
彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。
その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる