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真実の愛がもたらしたもの【そもそもの始まり】
4.王命による婚約の意義
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最近のリオノーラの周辺は騒がしい。
とうとう両親からも心配されてしまったほどだ。
近くにいないのにも関わらず、噂だけは入ってくる。
リオノーラは、小さく息を吐いて机の上の本を閉じた。
今話題の【或る愛の輝き】という恋愛小説だ。親しくしている令嬢から贈られたものだ。現状は知っておいたほうがいいから、という手紙付きだった。
物語としては面白い。それは創造物として切り離して考えるからそう思えるのであって、現実として考えれば、ありえないお話だった。こんなことがまかり通ってしまったら、国は傾いてしまう。そうならないのは、あくまで空想の産物だからだ。
しかし、この本が起こしている自国での熱狂を思って、リオノーラはぞくりと背筋を震わせた。
リオノーラの婚約者であるデビッド・シェリンガムとは、婚約してからの8年間ほぼ没交渉だった。
何せ、顔合わせの時から、憮然とした態度で、会話も碌にしない相手だった。
淑女として厳しく育てられていたリオノーラは、8歳の少女であったとしても、感情を顔に出さないのが当たり前だった。だから、相対した同い年のデビッドが、こんなにも不満顔をしていることに内心驚いたくらいだった。
リオノーラとて、望んだ婚約ではない。そんなことはお互い様だと思った。それでも、貴族の子として生まれたからには、両親の決めた将来に異を唱えるのではなく、望まれる形になれるよう努力することが義務なのだ。
ましてや、この婚約には王家が関わっていた。リオノーラという優良物件の争奪戦は過剰といえるほどだった。家を継ぐ嫡子の兄はすでに同格の公爵家令嬢を婚約者に定めていたし、姉は隣国の王族との縁談が纏まっていて、アルドリット公爵家と繋がりを持つためには、リオノーラを得る選択肢しか残されていなかったからだ。
次女であったリオノーラは、当然嫁ぐために家を出る。どの家がリオノーラを娶ることになるかで、貴族の勢力図が変わるとまで言われた。
まだ子供のリオノーラに対し、生まれたばかりの赤子からすでに成人している相手からの縁談まで入るため、釣り書きの数は膨大だった。アルドリット公爵家としても下手な選択はできない。ある程度までは絞るものの、どの相手に決めても、どこかに遺恨が残る。
最終手段として、王家の介入を打診した。王家にとっても貴族同士の軋轢は国を揺るがすことになるため、当時の王は妹の孫の縁談に【王命】という形で決着をつけることにしたのだ。
そうして選ばれたのがシェリンガム家だった。侯爵家の中では中位であったが、領地で新しく起こした産業によってその存在感を増しつつあった。王としては、早い段階でその産業を国に取り込んでおきたい思惑もあった。侯爵家の起こした産業の成長は見逃せないものがあったからだ。
そうして結ばれた婚約に、リオノーラは彼女なりに良いものにしようと努力はした。
折々に手紙を書いたり、デビッドの誕生日には、リオノーラ自身が悩んで選んだ贈り物をしたり。交流をするための月一度の茶会にはシェリンガム夫人から聞いていたデビッドの好きなお菓子を用意したりと、子供心に考えられる心づくしはしたつもりだった。
しかし、デビッドのリオノーラに対する態度は、何をしても改善されなかった。
そして、彼の根底にあるリオノーラに対する嫌悪の理由を聞いたのは、12歳の時だった。
「だって、君、僕と並ぶのに相応しい美しさではないよね」
リオノーラはこの言葉に大いに納得をした。行動とか、心根とか、そういう問題ではなかった。
彼が気に入らないのは、自分の見た目。容姿だったのだと。
この言葉は、シェリンガム家の大人たちを大いに慌てさせた。まだ子供とはいえ、王家の血を持つ相手に侮辱と言っていい。そして婚約に関わっている王の耳にでも入ったら、シェリンガム家は潰えてしまう。
シェリンガム家からアルドリット家へ、婚姻までにデビッドの再教育が約束された。急成長する産業を重んじるあまり、子の教育について等閑になっていたと謝罪を添えて。
アルドリット家は、古参の貴族であったから、自身の家に傷がつくことに対しては警戒をしていた。このことで、アルドリット家は、相手側にこの婚約に対する制約を誓わせた。
シェリンガム家としては王家と繋がり、貴族社会で公爵に近いところまで地位を上げられるこの縁を手放すわけもなく、その制約は為された。
デビッドは、決められた茶会には参加はする。決して会話が弾むわけではないが、以前ほどあからさまな態度には出さなくなった。折々に、贈り物も届くようになった。デビッドの意志なのか、シェリンガム家の意志なのかはさておき。
体裁は整っている。婚約者に対するおよそ常識的なことは熟されるようにはなったが、それだけだ。
リオノーラとデビッドの距離は、物理的には縮まったが、心理的には遠いまま、二人は16歳になり、学園に入学する年となった。
とうとう両親からも心配されてしまったほどだ。
近くにいないのにも関わらず、噂だけは入ってくる。
リオノーラは、小さく息を吐いて机の上の本を閉じた。
今話題の【或る愛の輝き】という恋愛小説だ。親しくしている令嬢から贈られたものだ。現状は知っておいたほうがいいから、という手紙付きだった。
物語としては面白い。それは創造物として切り離して考えるからそう思えるのであって、現実として考えれば、ありえないお話だった。こんなことがまかり通ってしまったら、国は傾いてしまう。そうならないのは、あくまで空想の産物だからだ。
しかし、この本が起こしている自国での熱狂を思って、リオノーラはぞくりと背筋を震わせた。
リオノーラの婚約者であるデビッド・シェリンガムとは、婚約してからの8年間ほぼ没交渉だった。
何せ、顔合わせの時から、憮然とした態度で、会話も碌にしない相手だった。
淑女として厳しく育てられていたリオノーラは、8歳の少女であったとしても、感情を顔に出さないのが当たり前だった。だから、相対した同い年のデビッドが、こんなにも不満顔をしていることに内心驚いたくらいだった。
リオノーラとて、望んだ婚約ではない。そんなことはお互い様だと思った。それでも、貴族の子として生まれたからには、両親の決めた将来に異を唱えるのではなく、望まれる形になれるよう努力することが義務なのだ。
ましてや、この婚約には王家が関わっていた。リオノーラという優良物件の争奪戦は過剰といえるほどだった。家を継ぐ嫡子の兄はすでに同格の公爵家令嬢を婚約者に定めていたし、姉は隣国の王族との縁談が纏まっていて、アルドリット公爵家と繋がりを持つためには、リオノーラを得る選択肢しか残されていなかったからだ。
次女であったリオノーラは、当然嫁ぐために家を出る。どの家がリオノーラを娶ることになるかで、貴族の勢力図が変わるとまで言われた。
まだ子供のリオノーラに対し、生まれたばかりの赤子からすでに成人している相手からの縁談まで入るため、釣り書きの数は膨大だった。アルドリット公爵家としても下手な選択はできない。ある程度までは絞るものの、どの相手に決めても、どこかに遺恨が残る。
最終手段として、王家の介入を打診した。王家にとっても貴族同士の軋轢は国を揺るがすことになるため、当時の王は妹の孫の縁談に【王命】という形で決着をつけることにしたのだ。
そうして選ばれたのがシェリンガム家だった。侯爵家の中では中位であったが、領地で新しく起こした産業によってその存在感を増しつつあった。王としては、早い段階でその産業を国に取り込んでおきたい思惑もあった。侯爵家の起こした産業の成長は見逃せないものがあったからだ。
そうして結ばれた婚約に、リオノーラは彼女なりに良いものにしようと努力はした。
折々に手紙を書いたり、デビッドの誕生日には、リオノーラ自身が悩んで選んだ贈り物をしたり。交流をするための月一度の茶会にはシェリンガム夫人から聞いていたデビッドの好きなお菓子を用意したりと、子供心に考えられる心づくしはしたつもりだった。
しかし、デビッドのリオノーラに対する態度は、何をしても改善されなかった。
そして、彼の根底にあるリオノーラに対する嫌悪の理由を聞いたのは、12歳の時だった。
「だって、君、僕と並ぶのに相応しい美しさではないよね」
リオノーラはこの言葉に大いに納得をした。行動とか、心根とか、そういう問題ではなかった。
彼が気に入らないのは、自分の見た目。容姿だったのだと。
この言葉は、シェリンガム家の大人たちを大いに慌てさせた。まだ子供とはいえ、王家の血を持つ相手に侮辱と言っていい。そして婚約に関わっている王の耳にでも入ったら、シェリンガム家は潰えてしまう。
シェリンガム家からアルドリット家へ、婚姻までにデビッドの再教育が約束された。急成長する産業を重んじるあまり、子の教育について等閑になっていたと謝罪を添えて。
アルドリット家は、古参の貴族であったから、自身の家に傷がつくことに対しては警戒をしていた。このことで、アルドリット家は、相手側にこの婚約に対する制約を誓わせた。
シェリンガム家としては王家と繋がり、貴族社会で公爵に近いところまで地位を上げられるこの縁を手放すわけもなく、その制約は為された。
デビッドは、決められた茶会には参加はする。決して会話が弾むわけではないが、以前ほどあからさまな態度には出さなくなった。折々に、贈り物も届くようになった。デビッドの意志なのか、シェリンガム家の意志なのかはさておき。
体裁は整っている。婚約者に対するおよそ常識的なことは熟されるようにはなったが、それだけだ。
リオノーラとデビッドの距離は、物理的には縮まったが、心理的には遠いまま、二人は16歳になり、学園に入学する年となった。
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