29 / 60
真実の愛とはいくつも存在するものなのか?
1.不実な婚約者
しおりを挟む
侯爵令嬢のフェリア・グリーフィルドには婚約者がいる。
2歳年上の、伯爵家の次男アラン・マクドエル。
輝かんばかりの金髪に、透き通る蒼い瞳の絵本に出てくる王子のような見目麗しい青年である。
フェリアとアランの婚約は、幼い頃に決められた。
この国では、貴族の婚姻とは家と家の繋がりであり、国の利益になるよう組まれることが必然だ。
婚約するにも、国へ届け出をした後精査され、利があるとされたものが認められなければならない。
それが貴族の義務であり、存在意義でもある。国を支えるのは国民であり、その統率を担うのが貴族。この国の法律に謳われていることであった。
フェリアは、グリーフィルド侯爵の一人娘だ。
男の兄弟がいれば、おそらくこの婚約は為されなかった。
フェリアの母は、彼女を産んだ後、子供が産めない体になってしまった。母は父との離婚を希望したが、国はそれを認めなかった。この国では、男子に相続権の優位はあるが、女子の相続権も認められている。
国としては、フェリアがいる限り、次子が産めないことでの離縁は国の利ではないと判断された。
父の家系のグリーフィルド家は、国の財政を担う文官の家系で、母の実家は広大な農地を有する穀物の生産量では国一といわれる伯爵家だった。どちらも国の要の家柄である。国としては、両家の関係の保持を優先した結果だった。
それが故に、フェリアは早くから家を存続させるために婿を取ることが決められた。その相手がアランであった。
一方、アランの家は、商家を営む伯爵家である。
先々代が起こした事業で大きく財を成し、国内でも有数の貴族となった。伯爵位ではあるが、資産は多い。ただ、先々代の功績により伯爵位に叙爵されたが、古参の貴族とは言えず、名家であるグリーフィルド家との縁談はマクドエル家の要望が叶った形だった。
男子が二人いたマクドエル家から、グリーフィルド家への婿入り。高位の貴族とのつながりが欲しかった家としては、願ってもない話であった。
そんな事情で結ばれた婚約であったはずが、今、フェリアの目の前で壊れようとしている。
それはまるで劇場で見る舞台のようだった。
王子然とした容貌の青年と、ふわふわと明るい色合いを纏う小動物のような令嬢が、隙間なく抱き合っている。
それが、学園の裏庭でなければ、そして自身の婚約者でなければ、フィリアもさほど気にはしなかっただろうが、さすがに男はアランであったから、そのまま通り過ぎることはできなかった。
「アラン様、どうして私たちは結ばれてはいけないの?」
麗しの少女が腕の中で涙流らに訴える。
「仕方のないことなんだ。真実、愛は君にあるんだ。でも決められた婚約は覆せない。
戸籍上夫婦にはなれないが、愛するのは君だけだよ」
アランは涙を拭ってやりながら、そう答える。
―― この間、アランと観た舞台のセリフのようだわ。
フェリアは小さくため息をついた。
アランは次男だからなのか、はたまた子供の頃から麗しかった見目に甘やかされて育ったからなのか、彼はとても夢見がちな青年なのだ。
ここまでもこれに近いことは何度かあった。アランの容姿は乙女の憧れである王子様のような容姿だ。キラキラ輝く黄金の髪に、少し垂れ気味の優しい翠玉の瞳。その顔に笑顔を乗せればぐっと甘さを増すのだ。少年っぽさと男性の色気を併せ持つ、少しアンバランスな具合がまた、女の心を掴むらしい。
そしてアランは、寄ってくる女性たちの中から、遊び相手を選んで一時の恋の遊戯を楽しんだ後、必ず『婚約者とは家の都合で結婚せねばならない』を理由に関係を終わらせる。
アラン本人は、『綺麗に別れている』という。そういう相手だけを選んでいるのだ。
それは、この国の法律にある。
数代前、『真実の愛』を巡って学園生たちの間で一つの騒動が起きた。
その出来事をきっかけに、国全体の秩序を再考するに至り、一つの法律が出来た。
貴族階級における政治的な婚姻や婚約の意味は大きい。だから貴族同士の約束を『真実の愛』であるという理由を盾に、一方的な婚約破棄や離婚をした場合、加害者側は貴族籍を剥奪するという法律である。
それは貴族社会の秩序を守る意味でもあり、国の利益のためでもある。互いに利益が見込めるからこそ縁を求めるのであり、それを国に承認されるということは国にも利があるからなのだ。
もちろん、相性が合わないということはあるだろう。また利を産む関係が変わり得ることも有る。だからこそ、双方が納得しての解消であれば法律は適用されない。
あくまで一方的な破棄、それも、他に情を移しての行為に関しては、裁判により処置が決定することになっている。
この法律が出来た後、理不尽な婚約不履行は少なくなった。
だが世の中は、必ず抜け道を見つける者がいる。そして悪用する者もいる。
アランは、この法律を盾に、『婚約解消はしないが、自由恋愛は楽しむ』ことにしているのだ。不実を理由にフェリア側からの婚約解消を求めても、悔い改めるとして話し合いを終わらせてしまう。婚約解消には同意しない。アラン側からの婚約不履行ではないので法律も適用されない。
そうして搔い潜りながら、フェリアに対して不実な態度を続けているのだ。
アランにとって、『真実の愛』とは、とても便利な言葉なのだ。
2歳年上の、伯爵家の次男アラン・マクドエル。
輝かんばかりの金髪に、透き通る蒼い瞳の絵本に出てくる王子のような見目麗しい青年である。
フェリアとアランの婚約は、幼い頃に決められた。
この国では、貴族の婚姻とは家と家の繋がりであり、国の利益になるよう組まれることが必然だ。
婚約するにも、国へ届け出をした後精査され、利があるとされたものが認められなければならない。
それが貴族の義務であり、存在意義でもある。国を支えるのは国民であり、その統率を担うのが貴族。この国の法律に謳われていることであった。
フェリアは、グリーフィルド侯爵の一人娘だ。
男の兄弟がいれば、おそらくこの婚約は為されなかった。
フェリアの母は、彼女を産んだ後、子供が産めない体になってしまった。母は父との離婚を希望したが、国はそれを認めなかった。この国では、男子に相続権の優位はあるが、女子の相続権も認められている。
国としては、フェリアがいる限り、次子が産めないことでの離縁は国の利ではないと判断された。
父の家系のグリーフィルド家は、国の財政を担う文官の家系で、母の実家は広大な農地を有する穀物の生産量では国一といわれる伯爵家だった。どちらも国の要の家柄である。国としては、両家の関係の保持を優先した結果だった。
それが故に、フェリアは早くから家を存続させるために婿を取ることが決められた。その相手がアランであった。
一方、アランの家は、商家を営む伯爵家である。
先々代が起こした事業で大きく財を成し、国内でも有数の貴族となった。伯爵位ではあるが、資産は多い。ただ、先々代の功績により伯爵位に叙爵されたが、古参の貴族とは言えず、名家であるグリーフィルド家との縁談はマクドエル家の要望が叶った形だった。
男子が二人いたマクドエル家から、グリーフィルド家への婿入り。高位の貴族とのつながりが欲しかった家としては、願ってもない話であった。
そんな事情で結ばれた婚約であったはずが、今、フェリアの目の前で壊れようとしている。
それはまるで劇場で見る舞台のようだった。
王子然とした容貌の青年と、ふわふわと明るい色合いを纏う小動物のような令嬢が、隙間なく抱き合っている。
それが、学園の裏庭でなければ、そして自身の婚約者でなければ、フィリアもさほど気にはしなかっただろうが、さすがに男はアランであったから、そのまま通り過ぎることはできなかった。
「アラン様、どうして私たちは結ばれてはいけないの?」
麗しの少女が腕の中で涙流らに訴える。
「仕方のないことなんだ。真実、愛は君にあるんだ。でも決められた婚約は覆せない。
戸籍上夫婦にはなれないが、愛するのは君だけだよ」
アランは涙を拭ってやりながら、そう答える。
―― この間、アランと観た舞台のセリフのようだわ。
フェリアは小さくため息をついた。
アランは次男だからなのか、はたまた子供の頃から麗しかった見目に甘やかされて育ったからなのか、彼はとても夢見がちな青年なのだ。
ここまでもこれに近いことは何度かあった。アランの容姿は乙女の憧れである王子様のような容姿だ。キラキラ輝く黄金の髪に、少し垂れ気味の優しい翠玉の瞳。その顔に笑顔を乗せればぐっと甘さを増すのだ。少年っぽさと男性の色気を併せ持つ、少しアンバランスな具合がまた、女の心を掴むらしい。
そしてアランは、寄ってくる女性たちの中から、遊び相手を選んで一時の恋の遊戯を楽しんだ後、必ず『婚約者とは家の都合で結婚せねばならない』を理由に関係を終わらせる。
アラン本人は、『綺麗に別れている』という。そういう相手だけを選んでいるのだ。
それは、この国の法律にある。
数代前、『真実の愛』を巡って学園生たちの間で一つの騒動が起きた。
その出来事をきっかけに、国全体の秩序を再考するに至り、一つの法律が出来た。
貴族階級における政治的な婚姻や婚約の意味は大きい。だから貴族同士の約束を『真実の愛』であるという理由を盾に、一方的な婚約破棄や離婚をした場合、加害者側は貴族籍を剥奪するという法律である。
それは貴族社会の秩序を守る意味でもあり、国の利益のためでもある。互いに利益が見込めるからこそ縁を求めるのであり、それを国に承認されるということは国にも利があるからなのだ。
もちろん、相性が合わないということはあるだろう。また利を産む関係が変わり得ることも有る。だからこそ、双方が納得しての解消であれば法律は適用されない。
あくまで一方的な破棄、それも、他に情を移しての行為に関しては、裁判により処置が決定することになっている。
この法律が出来た後、理不尽な婚約不履行は少なくなった。
だが世の中は、必ず抜け道を見つける者がいる。そして悪用する者もいる。
アランは、この法律を盾に、『婚約解消はしないが、自由恋愛は楽しむ』ことにしているのだ。不実を理由にフェリア側からの婚約解消を求めても、悔い改めるとして話し合いを終わらせてしまう。婚約解消には同意しない。アラン側からの婚約不履行ではないので法律も適用されない。
そうして搔い潜りながら、フェリアに対して不実な態度を続けているのだ。
アランにとって、『真実の愛』とは、とても便利な言葉なのだ。
22
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説



王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。


生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。

お姉様に恋した、私の婚約者。5日間部屋に篭っていたら500年が経過していました。
ごろごろみかん。
恋愛
「……すまない。彼女が、私の【運命】なんだ」
──フェリシアの婚約者の【運命】は、彼女ではなかった。
「あなたも知っている通り、彼女は病弱だ。彼女に王妃は務まらない。だから、フェリシア。あなたが、彼女を支えてあげて欲しいんだ。あなたは王妃として、あなたの姉……第二妃となる彼女を、助けてあげて欲しい」
婚約者にそう言われたフェリシアは──
(え、絶対嫌なんですけど……?)
その瞬間、前世の記憶を思い出した。
彼女は五日間、部屋に籠った。
そして、出した答えは、【婚約解消】。
やってられるか!と勘当覚悟で父に相談しに部屋を出た彼女は、愕然とする。
なぜなら、前世の記憶を取り戻した影響で魔力が暴走し、部屋の外では【五日間】ではなく【五百年】の時が経過していたからである。
フェリシアの第二の人生が始まる。
☆新連載始めました!今作はできる限り感想返信頑張りますので、良ければください(私のモチベが上がります)よろしくお願いします!


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる