銀狐と宝石の街 〜禁忌のプロジェクトと神と術師の契約〜

百田 万夜子

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三章 この一冊が繋ぐ

173 F氏 * The burglar スパイス

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「こんにちは。お忙しい中、ご協力頂き、本当にありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、少しでも街に貢献出来るのなら嬉しいですから」
「今日は、写真撮影もさせて頂けるとの事でしたので、あと二人連れて来ましたが、建物の中に入れても大丈夫ですか?」
「ええ、構いませんよ」
「助かります。では、調査と撮影を始めますので…大変、恐縮ですが、少しお店の外に出ていて貰えますでしょうか…? 撮影は、海外向けの宣伝としても使わせて頂くつもりなので、お店の雰囲気を優先したいんです」
「そ、そうですか。じゃあ何かありましたら、二階に居ますので、お声掛けください」
「はい。あ、こちらが利用調査等のアンケートになります」
「分かりました」
青年は、偽のアンケート用紙を受け取り、店の奥の突き当りを右に曲がっていった。多分、曲がった先に二階への階段でもあるのだろう。
さあ、ここからが正念場だ。
私は、玄関の外に待たせていた仲間二人を呼ぶ為に、扉を開けた。
「よし。入って良い……ぞ?」
……居ない!
「お、おいっ?!」
私は目を疑った。何という事だ。二人の姿が綺麗さっぱり消えてしまった。
この期に及んで、逃げたのか?
「まあ良い…」
この程度、動じないさ。強盗計画にハプニングは付き物。むしろ、予想外の出来事や、外敵となるものは、とっておきのスパイスになる。この、ゾクゾクとした、吊り橋を渡る時のような高揚感。全身を血が駆け巡り、体の内側で極限まで研ぎ澄まされた、恐怖と紙一重の感覚が堪らない。それに、これでお宝は独り占め出来るのだ。ひとり、内心でにやにやとしていた私は、微かな物音で我に返った。
「あの…」
見ると、少女だった。先程、青年が消えて行った壁の角から、そっと顔を出し私を見ていた。慌てて表情を引き締める。
「どうしたんですか?」
「え、えっと…」
少女が一瞬、目を伏せる。
そして、スッと少女が顔を上げた時、私は更なる快感に身を震わせた。
とても真っ直ぐな瞳。警戒の色は無いのに、どこか鋭く…人の心を見透かしそうな澄んだ瞳だった。精工に創られた人形みたいな綺麗な顔立ち。左右色違いの、独特な碧色と宝石のような金色の瞳が映え、引き込まれそうになる。少女が口を開く。
「貴方は、本当に保護官レンジャーさんかしら?」
私は震え、今にも笑い出しそうなたかぶりを抑えて飄々ひょうひょうと返す。
「突然、どうされたんですか?」
彼女はふっと眉を下げ、笑顔になると「ごめんなさい、気のせいみたいだわ」と肩をすくめて見せ、戻って行った。
……何だったんだ?
あの娘の意図はよく解らなかったが、あまり時間を掛けたくない。早く奪って、さっさと撤退しよう。
私は制服の下に隠していた小さな仕事鞄から、解体専用の道具を取り出す。
カウンターに入り、改めて硝子棚ガラスケースの中の本を見上げる。箱に閉じ込められた魅力的な空気と、見る角度によって微妙に変化する、表紙の表情が本当に美しい。
近くに置いてあった金属の踏み台の強度を確かめて、上に乗る。台は、大柄な私の体重を難なく支えてくれた。
私は棚の横から慎重に、こじ開けられる場所を探る。これは結構、開けるのは容易ではなさそうだ。作業に取り掛かった瞬間から察する。見た目はシンプルな構造の棚だが、素人が取り付けたわけじゃないのかもしれない。
以降、気を散らさないよう注意しながら、私は強奪を試みる。

「…よし」
数分格闘して、やっとの事で、壁との接地面から棚が少し浮き上がる感覚を掴む。
もういっそ、ここからは荒業でいこうか。
道具を鞄に仕舞うと、今度は腰の後ろから短銃を取り出す。重量感のある、無機質な塊は、相変わらず頼もしい。小柄だが、威力は見た目以上の代物だ。くるりと手の中で銃を回すと、ほんの少し出来た亀裂に銃口を当てる。
「最近の保護官レンジャーさんは、物騒な物で調査していらっしゃる様ですね」
……!!
あまりに唐突で、息が止まるかと思った。台から落ちるかと思った。
驚いて振り返ると、青年が立っていた。微塵も気配を感じさせなかった。やはり、彼は工匠様だからか、どことなく常人からかけ離れている。
私は諦める。
「くっ…はあっ…あはははははっ!」
抑えていた笑いが遂に声となって、辺りに響き渡った。
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