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二章 ハンタイガワ
127 劍 ◆ AKIRA 後悔してないのか?
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「そうだなぁ…惺には、どのくらい会ってなかったんだろうな…」
カウンターの中に立つ棕矢が、腕を組みながら、懐かしそうに惺を見ている。年寄り臭いのか、子供っぽいのか判らない言い方だった。
「どのくらいって…僕が〝院〟に入ってから、そんなに経ってなかったから…えっと…七年くらい前からじゃないか?」
「七年…。もう随分、会ってなかったもんな」
「そうだよ。急にお前が、待ち合わせに来なくなったから…」
二人は息ぴったりで、久し振りの再会とは思えないほど滑らかな会話が、俺と恭姉を取り残したまま進んでいく。
しかし、この時。表面的には二人の会話に関心を示しつつ、心の奥では古い記憶が手繰り寄せられていた。
〝院〟…それは、僕の家だった場所……〝孤児院〟
と不意に、棕矢を取り巻く空気が少しだけ変わった。
「…お前。飛び出してきて、後悔してないのか…?」
棕矢が発した科白は、俺の記憶も揺さぶるものだった…。
***
俺は、物心ついた時には、もう既に孤児院に居た。だから親ってものを知らない。
孤児院には、色んな理由で、色んな子供が、歳もバラバラに集まって居た。
保母さんが二人居て、ひとりがDさんという、見るからに歴の長そうな、おばあちゃん保母さん。もうひとりは多分「もし親が居たら、これくらいの年齢なのかな」と思う、恰幅の良いおばさんだった。
そうそう。あの孤児院って面白くってさ。何だか〝変な部屋〟が、たくさん在ったんだ。
…と言っても、俺が孤児院に居たのは、赤ん坊の時から棕矢に引き取られた五歳までの間。当時は、まだまだチビだったから、保母さんと一緒に居る事の方が多くて…それ等の部屋に入った事は無いに等しかった…という事で、正直、記憶は曖昧だ。
ちなみに、変と言っても〝変な噂が立つ部屋〟という方が正しいか。例えば、「部屋中が、きらきらしていた」だとか「見たことも無い大きな扉が在ったけれど、次に見た時には消えていた」だとか。毎回、噂になる内容は実に様々。ある少年は「小人さんを見たんだ! 絶対嘘じゃない!!」とか何とか騒いで、更にそのせいで興味を持った奴等が徘徊して、保母さん達を困らせた事もあった。困り果てた保母さん…Dさんじゃない方が、あまりに駄々をこねる奴の体調不良を疑い、ソイツの熱を測っていた…なんて事もあった気がする。まあ、その内、保母さん達も慣れた様子で上手く躱していたが。
俺にとって、家同然だった孤児院。幼少期、あの環境が当り前だと思って育ってきたから、館は凄く刺激的で特別な居場所となったんだ。
***
コトン
小さな音がした。見ると、恭姉が惺に飲み物を出していた。
あ、俺と棕矢の前にも。
「え…っと。これ…」
きらきらと煌めくカクテルグラスを前に、惺が慌てふためく。
恭姉が肩を竦め「お酒じゃないわ。見た目だけ」と説明する。見た目はカクテルだけれど、中身はソフトドリンクなんだ。店でも出しているらしい。洒落たもの作るの、この兄妹は本当に得意だからな。
惺は「なんだ、そうか」とか聞こえて来そうな顔をする。すると、少し間を置いて、こう言った。
「まさか、あの手紙を送ってきたのが、お前だと思わなかったよ…」
……来た!
惺が、グラスを眺めながら、なぜか少しだけ、はにかんだ。
カラン
彼のグラスの中で氷が小気味良い音を立てた。
カウンターの中に立つ棕矢が、腕を組みながら、懐かしそうに惺を見ている。年寄り臭いのか、子供っぽいのか判らない言い方だった。
「どのくらいって…僕が〝院〟に入ってから、そんなに経ってなかったから…えっと…七年くらい前からじゃないか?」
「七年…。もう随分、会ってなかったもんな」
「そうだよ。急にお前が、待ち合わせに来なくなったから…」
二人は息ぴったりで、久し振りの再会とは思えないほど滑らかな会話が、俺と恭姉を取り残したまま進んでいく。
しかし、この時。表面的には二人の会話に関心を示しつつ、心の奥では古い記憶が手繰り寄せられていた。
〝院〟…それは、僕の家だった場所……〝孤児院〟
と不意に、棕矢を取り巻く空気が少しだけ変わった。
「…お前。飛び出してきて、後悔してないのか…?」
棕矢が発した科白は、俺の記憶も揺さぶるものだった…。
***
俺は、物心ついた時には、もう既に孤児院に居た。だから親ってものを知らない。
孤児院には、色んな理由で、色んな子供が、歳もバラバラに集まって居た。
保母さんが二人居て、ひとりがDさんという、見るからに歴の長そうな、おばあちゃん保母さん。もうひとりは多分「もし親が居たら、これくらいの年齢なのかな」と思う、恰幅の良いおばさんだった。
そうそう。あの孤児院って面白くってさ。何だか〝変な部屋〟が、たくさん在ったんだ。
…と言っても、俺が孤児院に居たのは、赤ん坊の時から棕矢に引き取られた五歳までの間。当時は、まだまだチビだったから、保母さんと一緒に居る事の方が多くて…それ等の部屋に入った事は無いに等しかった…という事で、正直、記憶は曖昧だ。
ちなみに、変と言っても〝変な噂が立つ部屋〟という方が正しいか。例えば、「部屋中が、きらきらしていた」だとか「見たことも無い大きな扉が在ったけれど、次に見た時には消えていた」だとか。毎回、噂になる内容は実に様々。ある少年は「小人さんを見たんだ! 絶対嘘じゃない!!」とか何とか騒いで、更にそのせいで興味を持った奴等が徘徊して、保母さん達を困らせた事もあった。困り果てた保母さん…Dさんじゃない方が、あまりに駄々をこねる奴の体調不良を疑い、ソイツの熱を測っていた…なんて事もあった気がする。まあ、その内、保母さん達も慣れた様子で上手く躱していたが。
俺にとって、家同然だった孤児院。幼少期、あの環境が当り前だと思って育ってきたから、館は凄く刺激的で特別な居場所となったんだ。
***
コトン
小さな音がした。見ると、恭姉が惺に飲み物を出していた。
あ、俺と棕矢の前にも。
「え…っと。これ…」
きらきらと煌めくカクテルグラスを前に、惺が慌てふためく。
恭姉が肩を竦め「お酒じゃないわ。見た目だけ」と説明する。見た目はカクテルだけれど、中身はソフトドリンクなんだ。店でも出しているらしい。洒落たもの作るの、この兄妹は本当に得意だからな。
惺は「なんだ、そうか」とか聞こえて来そうな顔をする。すると、少し間を置いて、こう言った。
「まさか、あの手紙を送ってきたのが、お前だと思わなかったよ…」
……来た!
惺が、グラスを眺めながら、なぜか少しだけ、はにかんだ。
カラン
彼のグラスの中で氷が小気味良い音を立てた。
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