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二章 ハンタイガワ

125 劍 ◆ AKIRA お帰りなさい

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俺は、みせの玄関前に立っていた。
何を落ち込んでいるのか、鈴蘭形の玄関洋灯ポーチランプが、今にも消えそうに見える…勿論、気のせいだろうけど。
複雑な気持ちのまま、ドアノブに触れた時だった。
あきらくん。お帰りなさい」
「うおっ」
……うわ。変な声が出た。
今日も相変わらず、ひらひらしたドレスもどきを着た恭姉が後ろに立っていた。手には柳の枝で編まれた小さなざるの様な籠を持っている。
「ふふ」
仰天して固まった俺を見て、恭姉が笑った。
「な、何だよ」
「ううん。ちゃんと帰って来て、良かったわ。出て行ったきり、中々帰って来ないから、お兄様が心配してたのよ?」
「ああ…そう。そんなに子供じゃない…」
「素直じゃないわね」

少女は、くすくす笑いながら言うと、科白せりふの割には、あっさりと館の中に入って行った。
……はは。さっきも、似たような事、言われたな。同じく〝貴女あなた〟に。

   *

恭姉に続いて、臙脂色えんじいろ絨毯カーペットが敷き詰められた広間ホールに入り、そのままカウンターの部屋へと向かう。
薄暗い照明が照らすカウンターの中には、仕事着姿バーテンダー棕矢そうやが立っていた。店は休みとか言っていたのに、何で仕事着…?

棕矢は俺を見るなり、優しく「お帰り」と言った。
「ん」
俺は何となく、カウンターの椅子に腰掛ける。ふと、爽やかな良い香りがした。
……あれ?
「気付いた? ハーブ。いつもの、また作ってくれるそうよ」
俺が口を開く前に恭姉が言った。
〝いつもの〟 それは、俺達が慣れ親しんだ、特別なハーブティー。
この館の庭で育てているハーブや果実を、棕矢が独自にブレンドして作ったものだ。
たまたま、それを振る舞った客に好評だった、とかで、いつからか店のメニューとしても提供するようになった…と本人からは聞いている。
それから恭姉いわく、ベースの茶葉はあるらしいが、季節ごとに少しずつ組み合わせるものを変えているらしい。風味のバランスとか、旬のハーブとかの関係で…
ってのは、残念ながら俺には、さっぱり解らない未知の世界。俺じゃ、飲み比べたって、違いに気付けるかどうかって度合レベルの素人だし。
でも多分、棕矢のこだわりの工夫から皆がずっと好きだって、飽きないで味わってくれるものになるんだろうな…という事だけは分かる。
あ…余談だけれど。棕矢は、自家製のハーブを使って料理とかサシェ…要に、匂い袋まで手作りするんだ…。随分と前から、諸々コイツの趣味になっているらしい。
個人的にハーブやら〝サシェ〟やらは「女の趣味」って印象が強かったから、初めて聞いた時は意外だった。同時に器用な奴だなあ、って関心もしたけどな。

えっと…とにかくだ。
この、棕矢のオリジナル・ブレンド・ハーブティー…物凄く好きなんだ。ハーブにも色んな種類、色んな使い道があって。更に個性的なものも多いから「あ、これは苦手かな」って思うハーブもある。それでも…
「うん。何か…この香り、落ち着く」
「良かったよ」
声に出ていたらしい。慌てて顔を上げると、棕矢は心底嬉しそうに、にっこりとした。
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