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一章 Nid=Argent・Renard
112 劍 ◆ AKIRA 映画みたいなお屋敷
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何枚かの書類に署名をした棕矢は、保母さん二人に深々と頭を下げる。
保母さん達は、慌てて「いえいえ」とか「とんでもありません」とか言っていた。
玄関広間の椅子で待っていた、ぼくの所に、三人が来た。
保母さん…特にDさんが、既に涙ぐんでいる。しかし、何とか笑顔になると
「今日から、ちゃんと劍君のお家が決まったのよ。おめでとう」って言ってくれた。もうひとりの保母さんも、少し泣きそうな顔で頷いている。
それから、また三人は挨拶とか、お礼とか…何度も頭を下げた後、やっと玄関に向かい出した。ぼくは、そんな光景を「大人のやり取りって面倒臭いんだ…」とか思って見ていた。
Dさんが、玄関の外まで見送りに来てくれた…涙が堪え切れなかったのか、ハンカチで目元を押さえている。ぼくも〝お母さん〟との別れが目の前に迫って、泣きそうになる。けど、泣いちゃいけないと思って、顔が引き攣ったまま、必死で黙っていた。
と…ちらっと、こっちを見た棕矢が、やけに大人っぽい顔して、ぼくの頭に手を置きながら、こう言ってきた。
「我慢しなくて良いんだぞ」って。
だから、ぼくも泣いた。ここまで、あからさまに泣いた事ない…ってくらいに。
だって…今まで、こんなに「寂しい」なんて思った事、無かったから。
傍に来て、ぼくを抱き締めてくれるDさん。
棕矢は気遣ってか、気付けば、少し離れた所から僕達を見ていた。
*
「さあ、劍君。行こう」
ぼくは棕矢に背中をさすられながら、目を腫らした保母さん達に手を振る。
保母さん達から、ついさっきプレゼントされた新品のダッフルコートを着せて貰った。
この時、ぼくは付いて行きたい、行きたくない、なんて事は…きっと考えてなくて。
Dさん達に見送って貰ったから、棕矢に付いていくんだ…多分。
それに、Dさんが最後に「また、いつでも顔、出して頂戴ね」って言ってくれたのが、大きかったんだと思う。また、Dさんに会えるなら…って。
朝、どんより曇っていた空は、綺麗な青空になっていた。
***
思ったより長い時間、バスや電車に乗ったり、歩いたりして…やっと辿り着いたのは、物凄く大きい〝お屋敷〟だった。前に院で、保母さんが見せてくれた映画の中のお屋敷みたいだった。
……街にこんな所が在ったんだ。
「ん?」
棕矢が門のところで、ちょっと変な動きをした…気がした。そこまで変じゃないけど…こう、少しだけ違和感があった。でも、ほんと、それだけ。
「ま、別に良いか…」
棕矢の後に続き、玄関の扉をくぐる。入ったら「また映画みたい」な光景…
だって、真っ赤な絨毯が一面に敷かれていて、今にも、お姫様や王子様が出て来そうなんだ。
と、上の方からパタパタと小さな音がして、段々と近付いてくる。
……足音?
音がする方を、じっと見ていたら…急にお姉さんが現れた。お姉さんはぼくと目が合うと、それまで笑顔で、きらきら輝かせていた瞳を大きく見開いて、びくっと飛び上がった。
「ど、どちら様っ!?」
可愛く響いた声は、裏返っていた。そして「信じられない!」みたいな顔で、おろおろし出す。それから、何て言ったかは聞こえなかったけど、不安そうな表情して、何か小さく呟いた。
……?
この棕矢って人なら、ちゃんと家の人に「ぼくが来る」って説明を済ませていそうなのに…。ちょっと不思議だった。
あ、もうひとつ不思議だったのは、屋敷には棕矢とお姉さんの二人しか居ないみたいだ、という事…大人が一人も居ない。
「…変なの」
*
暫く棕矢に、屋敷の案内をして貰った。
食卓と最低限の水回り、棕矢とお姉さんの部屋くらいだったけれど。
あ…お姉さんは〝恭さん〟っていうんだって。
保母さん達は、慌てて「いえいえ」とか「とんでもありません」とか言っていた。
玄関広間の椅子で待っていた、ぼくの所に、三人が来た。
保母さん…特にDさんが、既に涙ぐんでいる。しかし、何とか笑顔になると
「今日から、ちゃんと劍君のお家が決まったのよ。おめでとう」って言ってくれた。もうひとりの保母さんも、少し泣きそうな顔で頷いている。
それから、また三人は挨拶とか、お礼とか…何度も頭を下げた後、やっと玄関に向かい出した。ぼくは、そんな光景を「大人のやり取りって面倒臭いんだ…」とか思って見ていた。
Dさんが、玄関の外まで見送りに来てくれた…涙が堪え切れなかったのか、ハンカチで目元を押さえている。ぼくも〝お母さん〟との別れが目の前に迫って、泣きそうになる。けど、泣いちゃいけないと思って、顔が引き攣ったまま、必死で黙っていた。
と…ちらっと、こっちを見た棕矢が、やけに大人っぽい顔して、ぼくの頭に手を置きながら、こう言ってきた。
「我慢しなくて良いんだぞ」って。
だから、ぼくも泣いた。ここまで、あからさまに泣いた事ない…ってくらいに。
だって…今まで、こんなに「寂しい」なんて思った事、無かったから。
傍に来て、ぼくを抱き締めてくれるDさん。
棕矢は気遣ってか、気付けば、少し離れた所から僕達を見ていた。
*
「さあ、劍君。行こう」
ぼくは棕矢に背中をさすられながら、目を腫らした保母さん達に手を振る。
保母さん達から、ついさっきプレゼントされた新品のダッフルコートを着せて貰った。
この時、ぼくは付いて行きたい、行きたくない、なんて事は…きっと考えてなくて。
Dさん達に見送って貰ったから、棕矢に付いていくんだ…多分。
それに、Dさんが最後に「また、いつでも顔、出して頂戴ね」って言ってくれたのが、大きかったんだと思う。また、Dさんに会えるなら…って。
朝、どんより曇っていた空は、綺麗な青空になっていた。
***
思ったより長い時間、バスや電車に乗ったり、歩いたりして…やっと辿り着いたのは、物凄く大きい〝お屋敷〟だった。前に院で、保母さんが見せてくれた映画の中のお屋敷みたいだった。
……街にこんな所が在ったんだ。
「ん?」
棕矢が門のところで、ちょっと変な動きをした…気がした。そこまで変じゃないけど…こう、少しだけ違和感があった。でも、ほんと、それだけ。
「ま、別に良いか…」
棕矢の後に続き、玄関の扉をくぐる。入ったら「また映画みたい」な光景…
だって、真っ赤な絨毯が一面に敷かれていて、今にも、お姫様や王子様が出て来そうなんだ。
と、上の方からパタパタと小さな音がして、段々と近付いてくる。
……足音?
音がする方を、じっと見ていたら…急にお姉さんが現れた。お姉さんはぼくと目が合うと、それまで笑顔で、きらきら輝かせていた瞳を大きく見開いて、びくっと飛び上がった。
「ど、どちら様っ!?」
可愛く響いた声は、裏返っていた。そして「信じられない!」みたいな顔で、おろおろし出す。それから、何て言ったかは聞こえなかったけど、不安そうな表情して、何か小さく呟いた。
……?
この棕矢って人なら、ちゃんと家の人に「ぼくが来る」って説明を済ませていそうなのに…。ちょっと不思議だった。
あ、もうひとつ不思議だったのは、屋敷には棕矢とお姉さんの二人しか居ないみたいだ、という事…大人が一人も居ない。
「…変なの」
*
暫く棕矢に、屋敷の案内をして貰った。
食卓と最低限の水回り、棕矢とお姉さんの部屋くらいだったけれど。
あ…お姉さんは〝恭さん〟っていうんだって。
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