上 下
109 / 211
一章 Nid=Argent・Renard

108 恭 ◇ Kyoh 私には何も出来ないの?

しおりを挟む
「…まずは…〝念〟から」と、Cさんが言う。
「え? は、はいっ」
静かな話し方をする人だけれど、あまりに唐突で驚いてしまいました。
私は「どうしたら良いの?」と、お兄様の目を見て訊こうと思ったの。
けれどAさんとCさんが、わざわざ来てくださっているし…
「急にせがんだのは私なんだから、一回はお兄様には頼らずに責任をもって、やってみよう」と思いとどまりました。Aさんが、私の不安を察してくれたのか
「恭ちゃん。目を閉じてごらん」と優しく言ってくださいました。
私は頷いて、言われた通りにします。
「恭、深呼吸して」と、今度は、お兄様の声がしました。
吸って…吐いて…吸って…吐いて…吸って…吐いて…
三回、深呼吸をしたところで、またお兄様の声が聞こえました。
「白い光を思い浮かべて」と。
……白い、光?
お兄様が言った〝それ〟が何の事か解らず、急に不安に駆られて鼓動が速くなる。
「…落ち着いて」
囁くような低い声。Cさんかしら?
……白い光。白い光。
私は念じるように思考を巡らせ、とにかく漠然と想像してみました。

…少しするとAさんが「良いかな?」と小声で言い、「はい」とお兄様が答えているのが思ったよりも遠くの方から聞こえました。続いて、足音がして私の手に誰かがそっと触れる。
……?!
「恭、大丈夫だよ」
「あ…」
吐息みたいな凄く小さな甘い声がして、同時に私に触れていた手の指先にきゅっと力がもる。この声は、お兄様だわ。良かった。多分…私に触れている、この手も。
「目を閉じたまま、聞いて」
「…う、うん」
「今、恭の前に錠が置いてあるんだ」
「ジョウ?」
「うん。鍵と錠前の錠ね」
「はい」
「この錠は閉まっている」
「はい」
「今から、この錠を〝解除〟して貰おうと思うんだ」
「…は、はい」
「まだ、目は閉じていてね」
「うん」
「お願いします」
「…うん」
Cさんのお返事を境に今度はCさんが、ゆっくりと話し出します。
「…目をつむったまま、言う通りに想像イメージして」
「はい」
「まず…錠。金属の」
私は金色の四角い、小さな錠前を思い浮かべます。
「…大丈夫?」
「はい」
「次…それに合う鍵を思い浮かべて」
私は錠と同じ金色の鍵を想像してみました。
それで錠を…開けて」
……開ける。
錠の下の鍵穴に鍵を差し込み、カチャって音を立てて…開ける。

一秒…二秒…三秒…四秒…五秒…
「目を開けて」
今まで、ずっと触れていたお兄様の手が私から離れてゆく…。
目を開けても、誰も一言も発しない。静かで重い空気が部屋一杯に広がっているだけ。
長い沈黙と、、皆の真剣な視線に不安があおられる。
Aさん、Cさんの顔を順に見て…縋る気持ちで、お兄様の目を見る私。
けれど、やっぱり皆一様に口を閉じたまま。
……ど、どうしたの? 私…失敗しちゃったの?

「恭…ごめん。ちょっと、恭には早かったみたいだ」
「…え」
申し訳なさそうに眉根を寄せ、でも穏やかに笑った、お兄様の表情に胸がズキンと痛み、鼻の奥がツンとして…
「そ…そっか」
頑張って笑おうとしたのに、涙が流れてきてしまいました。次から次へと涙が頬を伝っていきます。
……もう〝私の実力〟が解ったから。
私の心は鋭利なナイフで切られ、真っ赤な血が涙と同じくらい、どくどくと流れている。
段々と悔しくなって「私には何も出来ないの?」って心が軋んで、痛くて…痛くて…「ごめんなさい」
せめて泣き喚きたい声を堪えて、涙を流す事しか出来ない。
そうして暫く泣いていても、すっきりするどころか逆に胸が一杯一杯になってきて、苦しくて、そんな自分の姿がますます恥ずかしくなってゆく。
涙でぼやけた視界の中でお兄様が近付いて来て、しゃくり上げる私を優しく抱き締める。
だから私は思わず、お兄様に抱き着いて…。その胸に顔を埋めて静かに泣き続けました。

   *

その晩。お夕食が済んでも私はお部屋に籠もって、めそめそしていました。
「悔しい……お兄様のっ…力に…なりたいのにっ…」

普段、寝る時間を一時間以上過ぎても、眠れない。涙は止まったけれど、泣き過ぎて疲れちゃった…。
私はお部屋から抜け出して、お兄様のお部屋に行くことにしたの。
もう殆ど消灯した暗い廊下に出ると、なぜか一本…光の筋が廊下に伸びていました。
……お兄様のお部屋だわ。
「やっぱり」
光の線を辿っていくと予想した通り、お兄様のお部屋の扉が、ほんの少し開いていたのです。

「お…お兄様?」
私は細く開いた扉の隙間に口を近付けて、呼んでみました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

社畜は助けた隣のお姉さんに、ベランダで餌付けされる

椎名 富比路
ライト文芸
主人公の社畜は、隣のお姉さんを下着ドロから助けた。 後日、ベランダで晩酌するのが趣味な主人公は、カップ麺を持って外へ。 そこに、隣のお姉さんが話しかけてきた。 彼女の手料理をいただく代わりに、こちらもコンビニスイーツを分けてあげる。 そうして、少しずつ距離が近づいていく。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

となりの京町家書店にはあやかし黒猫がいる!

葉方萌生
ライト文芸
京都祇園、弥生小路にひっそりと佇む創業百年の老舗そば屋『やよい庵』で働く跡取り娘・月見彩葉。 うららかな春のある日、新しく隣にできた京町家書店『三つ葉書店』から黒猫が出てくるのを目撃する。 夜、月のない日に黒猫が喋り出すのを見てしまう。 「ええええ! 黒猫が喋ったーー!?」 四月、気持ちを新たに始まった彩葉の一年だったが、人語を喋る黒猫との出会いによって、日常が振り回されていく。 京町家書店×あやかし黒猫×イケメン書店員が繰り広げる、心温まる爽快ファンタジー!

【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。  曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。  おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。  それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。  異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。  異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる── ◆◆◆  ほのぼのスローライフなお話です。  のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。 ※カクヨムでも掲載予定です。

無能な悪役王子に転生した俺、推しの為に暗躍していたら主人公がキレているようです。どうやら主人公も転生者らしい~

そらら
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】 大人気ゲーム「剣と魔法のファンタジー」の悪役王子に転生した俺。 王族という血統でありながら、何も努力しない怠惰な第一王子。 中盤で主人公に暗殺されるざまぁ対象。 俺はそんな破滅的な運命を変える為に、魔法を極めて強くなる。 そんで推しの為に暗躍してたら、主人公がキレて来たんだが? 「お前なんかにヒロインと王位は渡さないぞ!?」 「俺は別に王位はいらないぞ? 推しの為に暗躍中だ」 「ふざけんな! 原作をぶっ壊しやがって、殺してやる」 「申し訳ないが、もう俺は主人公より強いぞ?」 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル総合週間ランキング50位入り。1300スター、3500フォロワーを達成!

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
 初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎  って、何故こんなにハイテンションかと言うとただ今絶賛大パニック中だからです!  何故こうなった…  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  そして死亡する原因には不可解な点が…  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのかのんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

マグナムブレイカー

サカキマンZET
ライト文芸
 第1章 覇気使い戦争。  数年振りに大阪市海道に帰って来た男、赤髪リーゼントヤンキーの品川修二は『覇気使い最強』の座を牛耳っている神崎忍の討伐を目的とし、仲間と共に日夜、激しい戦いに巻き込まれていく。  第2章 魔導使い襲来。  神崎忍との戦いから五年の歳月が過ぎ、能力を失った品川修二は再び覇気使いになるため待った。  だが、覇気使いの滅亡を企む影の存在があった。

おんなのこ

桃青
ライト文芸
体重130キロのオキヨ、ニートで体重90キロ越えのマリア、頑張るフリーター、ナツ(体重65キロ)の三人が繰り広げる、日常と恋愛と些細な進化の物語です。

処理中です...