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一章 Nid=Argent・Renard

104 棕矢 ◆ Sohya 二人の〝アキラ〟と中和

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もう話し始めて、どれくらい経ったのだろうか。俺達は互いに、淡々と言葉を交わしていく。ただ、情報だけのやり取り。その中で、お祖父様じいさまの遺言の手紙に書いてあった事を思い出していた。
「なあ…〝アキラ〟って言って、君は何の話か解るか?」

アキラ達を創った経緯や、もっと詳しい事は『裏側の世界の棕矢君』から聴く事。
もう裏の彼には、この件を伝えてあるから。

彼は表情を変える事もなく、あっさりと頷く。
「勿論」
「では『アキラ君たちを創った経緯』…ってのは、ご存じですか?」
更に投げ掛けると、彼は「ああ。やはり、それか」と言いたげな笑みを、微かに浮かべる。
「アキラ君たちの事。教えて貰えますか?」

■二人の〝アキラ〟と中和■
「お祖父様が亡くなる少し前に、手紙を貰ったんです。遺言書…みたいな」
「ああ」
「その中に、経緯や詳細は〝君から聞くこと〟って書いてあったんです」
「そうか」
彼は驚いて動揺したり、困惑した素振りを見せたりする事もなく、冷静に相槌を打つ。
「そうだな…簡潔に言うと〝中和〟する為だよ」
どこか遠くを見ている目だった。
「中和…? 何のですか?」
「世界の…」
崩れ歪んだことわりの釣合を取る為の。
そして〝狭間はざまを管理する〟為の〝つい〟の存在。

   *

彼は、今までの説明を踏まえ、順を追って、一から説明してくれた。
存在カタチ
〝表裏のルナの鉱物いしで、それぞれ創った、ふたりのアキラ〟
お祖父様が副本ダミーに挟んでいた、あの羊皮紙の通りだった。

「…俺達は、アキラ君たちや恭のように、計画プロジェクトで生み出した人間を〝カタチ〟と呼んでいる。お祖父様が、元々そう呼んでいたんだ」
「カタチ…か。言い得て妙だな」
「…かも知れませんね」
不意に、彼が立ち上がった。帰ってしまうのだろうか…?
「協力してくれないか?」
「え?」
「俺と…アキラに。力を貸してくれないか?」

『安心してくれ。あの子は、棕矢の味方になってくれるよ』

お祖父様の声が聞こえた気がした。

「…解った…協力しよう」
「ああ。ありがとう」
「でも条件がある」
「…どうぞ」
「どんな些細な事でも、情報交換は絶対だ。俺からも、君からもな」
「……」
「あと〝皆〟を。守…」
「守ろう」

俺が言い終わらない内に、彼は答える。
「ああ、これで」
「約束だ」
真夜中の寂しいほどの静けさの中で握手を交わす。
〝棕矢〟という人間の決意と、使命と…二人でひとりの始まり。

彼の方から緩やかに手を解く。
そして、白いマントが一瞬で現れた。窓に近付いてゆく、もうひとりの棕矢。

……行ってしまう。

「最後に!」
俺は、純白の背中に向けて、声を張る。
きっとまた会えると思っていても、どうなるのか判らない不安だってあるのだ。

俺の呼び掛けに、背中を向けたまま立ち止まっている彼に問う。
「君が言っていた、アキラ君たちが〝狭間はざまを管理する〟というのは、どういう意味なのか教えて貰えないか?」
真顔で振り返った彼は、ゆっくりと不敵な笑みを浮かべる。
「それは、まだ言えない」
理由はあるんだ、と察していても、どこか裏切られた気分になる。
眉をひそめ「なぜ?」と、出掛かった言葉を、俺はすぐに呑み込んだ。彼の全身から、銀白の炎のような〝術の波動〟が立ち上っていたから。触れたらすぐに消えてしまいそうなほどの弱い光が、彼を守護するかの如くゆらゆらと揺れ、俺に報せる。
『彼は、やはり同じ工匠なのだ』と。

「まあ、良いさ」
……時が来れば、か。

「また」
一言呟いて、棕矢かれは帰って行った。
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