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一章 Nid=Argent・Renard
101 棕矢 ◆ Sohya 白
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「再始動だ」
俺が言うと〝もうひとりの俺〟は真っ直ぐ俺を見据え「ああ」と答えた。
空気が張り詰め、しんとする。さあ。何が起こるのか…
静寂を破ったのは、対峙した彼の方だった。
「これ。お前のお祖父様から、預かっていたんだ」
彼がマントの内側から取り出したのは、封筒だった。
差し出されたそれは、確かに以前、お祖父様から貰った封筒とそっくりだ。
……また、白い封筒。
ふと、俺達の視線が交わる。
「…あの」と俺が言った。
「…はい?」
「君は、俺のお祖父様から何を聞いているんだ?」
「……?」
「俺は、お祖父様から一応、概要は聴きました…よく解らないことだらけですが」
「概要?」
「はい。そちら側の世界や、お狐さまが実在する事。
あの計画のせいで…世界のバランスが崩れて、各地で問題が起きている事。
…それから。君が俺に逢いに来る、という事も」
彼は、俺の言葉を聞いて「そうか…」とだけ呟いた。
「じゃあ…説明しようか」
彼が被っていたフードを外すと、マントが手品の如く、一瞬で消えた。
呆気に取られていると「魔性具みたいな物だから」と淡々と言われる。
魔性具…そうか。納得だ。同時に彼の、常人では不可能な不法侵入の謎も解けた。
「ああ。お願いします」
俺達は向かい合って、床に座る。
「言うまでも無く、俺達の世界は存在する」
「そうみたいですね」
Nid=Argent・Renardという、表裏二つの世界の狭間には〝門〟が在る。
『どちら側の世界でも守護神とされる、お狐さま』が管理をしていて、門の開閉は、お狐さまにしか出来ない。
では、どうして〝門〟というものが在るのか。
一つ目は『お狐さま自身が、表裏を行き来する』為。
世界は二つでも、お狐さまは一柱。だから、狭間に創る門はひとつで充分だった。
二つ目は『お狐さまが見初めた〝少女達〟を連れ去る』為。
「祈りの日」と「天気雨」という条件が揃った時…そこで初めて、街の少女が、ひとりだけお狐さまに見初められる。そして、選ばれた少女は、不思議なことに〝自ら門に近付いてゆく〟という。彼女達の行動が自分の意思なのか。はたまた、お狐さまや、何らかの外因的な作用によって呼び寄せられているのかは判らない。
それから、一番の疑問は『なぜ、こんな事をしているのか』という事。
更に『亡くなった少女達の亡骸』は一体、どこにいってしまったのか…という事である。
お狐さまの目的が全く不明の、祟り染みた〝悪夢〟が起きれば、どんなに血眼になって探しても、どんな捜索方法を試しても、行方不明になった娘は見付けられない。彼女達は、肉体ごと消えてしまう。
だから街の人間は、昔から強引にも〝ナクナッタ〟という事にしているのかもしれない。
勿論、どこまでが本当の話かは判らない。
「本当の理由は、お狐さましか知らない」
「…ああ」
……見初められ、選ばれた街の少女。
頭の片隅に追いやっていた記憶が掘り起こされ、俺をじわじわと蝕む。
……恭。
裏側の棕矢の説明が正しければ、お狐さまが恭を連れて行って…命を奪ったことになる。
守護神と讃えられる神の正体は、まるで死神だ。天使の姿をした、死神だ…!
閉じ込めていた記憶と、説明された言葉で頭が混乱している。
今、悲しいのか、悔しいのか、恨んでいるのか…俺は唇を固く結び、俯いて拳を握る。爪が掌に食い込む。それでも強く握り締める。
息を凝らすと、己の瞳孔が開いているのが判る。呼吸は浅くなり、胸が苦しくなって、鼓動が煩い…鬱陶しい。
「妹…〝恭〟の事か?」
突然、彼から発された名に顔を上げる。首筋を嫌な汗が伝った。
「俺達は〝表裏一体〟なんだ…恭達も。君の妹のこと、少しだけ聞いたんだ」
俺が言うと〝もうひとりの俺〟は真っ直ぐ俺を見据え「ああ」と答えた。
空気が張り詰め、しんとする。さあ。何が起こるのか…
静寂を破ったのは、対峙した彼の方だった。
「これ。お前のお祖父様から、預かっていたんだ」
彼がマントの内側から取り出したのは、封筒だった。
差し出されたそれは、確かに以前、お祖父様から貰った封筒とそっくりだ。
……また、白い封筒。
ふと、俺達の視線が交わる。
「…あの」と俺が言った。
「…はい?」
「君は、俺のお祖父様から何を聞いているんだ?」
「……?」
「俺は、お祖父様から一応、概要は聴きました…よく解らないことだらけですが」
「概要?」
「はい。そちら側の世界や、お狐さまが実在する事。
あの計画のせいで…世界のバランスが崩れて、各地で問題が起きている事。
…それから。君が俺に逢いに来る、という事も」
彼は、俺の言葉を聞いて「そうか…」とだけ呟いた。
「じゃあ…説明しようか」
彼が被っていたフードを外すと、マントが手品の如く、一瞬で消えた。
呆気に取られていると「魔性具みたいな物だから」と淡々と言われる。
魔性具…そうか。納得だ。同時に彼の、常人では不可能な不法侵入の謎も解けた。
「ああ。お願いします」
俺達は向かい合って、床に座る。
「言うまでも無く、俺達の世界は存在する」
「そうみたいですね」
Nid=Argent・Renardという、表裏二つの世界の狭間には〝門〟が在る。
『どちら側の世界でも守護神とされる、お狐さま』が管理をしていて、門の開閉は、お狐さまにしか出来ない。
では、どうして〝門〟というものが在るのか。
一つ目は『お狐さま自身が、表裏を行き来する』為。
世界は二つでも、お狐さまは一柱。だから、狭間に創る門はひとつで充分だった。
二つ目は『お狐さまが見初めた〝少女達〟を連れ去る』為。
「祈りの日」と「天気雨」という条件が揃った時…そこで初めて、街の少女が、ひとりだけお狐さまに見初められる。そして、選ばれた少女は、不思議なことに〝自ら門に近付いてゆく〟という。彼女達の行動が自分の意思なのか。はたまた、お狐さまや、何らかの外因的な作用によって呼び寄せられているのかは判らない。
それから、一番の疑問は『なぜ、こんな事をしているのか』という事。
更に『亡くなった少女達の亡骸』は一体、どこにいってしまったのか…という事である。
お狐さまの目的が全く不明の、祟り染みた〝悪夢〟が起きれば、どんなに血眼になって探しても、どんな捜索方法を試しても、行方不明になった娘は見付けられない。彼女達は、肉体ごと消えてしまう。
だから街の人間は、昔から強引にも〝ナクナッタ〟という事にしているのかもしれない。
勿論、どこまでが本当の話かは判らない。
「本当の理由は、お狐さましか知らない」
「…ああ」
……見初められ、選ばれた街の少女。
頭の片隅に追いやっていた記憶が掘り起こされ、俺をじわじわと蝕む。
……恭。
裏側の棕矢の説明が正しければ、お狐さまが恭を連れて行って…命を奪ったことになる。
守護神と讃えられる神の正体は、まるで死神だ。天使の姿をした、死神だ…!
閉じ込めていた記憶と、説明された言葉で頭が混乱している。
今、悲しいのか、悔しいのか、恨んでいるのか…俺は唇を固く結び、俯いて拳を握る。爪が掌に食い込む。それでも強く握り締める。
息を凝らすと、己の瞳孔が開いているのが判る。呼吸は浅くなり、胸が苦しくなって、鼓動が煩い…鬱陶しい。
「妹…〝恭〟の事か?」
突然、彼から発された名に顔を上げる。首筋を嫌な汗が伝った。
「俺達は〝表裏一体〟なんだ…恭達も。君の妹のこと、少しだけ聞いたんだ」
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