銀狐と宝石の街 〜禁忌のプロジェクトと神と術師の契約〜

百田 万夜子

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一章 Nid=Argent・Renard

94 祖父 □ grandfather ダミー

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「…これ?」
棕矢が振り返り、訊ねる。私は頷いた。
彼が今、手に持っているのは〝私が作った副本〟だ。
〝あの本〟を孤児院の古書室に隠す前に作った、計画プロジェクトの記録の写本。
封印ロックを解いてごらん」
「封印…?」
「ああ。しっかり掛かってるからな」
「はい」
棕矢が目を閉じて、本の表紙に手をかざす。
少しするとパリン、と小さくガラスを割ったような音がする。封印ロック解除、成功。
それなりに解除しにくい巧妙な封印ロックを掛けたが、これでこの子でも解除できる事が判明した。一安心だ。

「開きました」
「ああ」
「これ…今、中を見ても大丈夫ですか?」
「ああ。良いよ」
「…はい」
こくん、と唾を飲み込んだ棕矢が、慎重な手付きで表紙を開いた。
それから数秒、彼の動きが止まった。
「…存在カタチの創造手順ですね」
「そうだ」
「でも、これだけですか?」
ページをパラパラと捲っている彼の言わんとする事は判った。
「日記か?」
「あ、はい」
「あれは、敢えて写さなかったんだよ」
「そうなんですね」
「今後、恭が見付けても、困るだろう?」
「あ…そうか」
本を持って、棕矢が私の横に戻ってくる。
「俺は、この本をどうすれば良いんですか?」
「まず。さっき話した、表と裏の世界の事や、お狐さまの事。〝門〟や〝通り道〟についてだ」
「はい」
「それを全部、ここにまとめた」
私は、開けっ放しにしていた台の引き出しの中に手を入れ、あのタイプライターで打ち出した紙の束を取り出した。棕矢に渡す。
「これを、その本に書き写してくれ。その後、ちゃんと封印ロックを掛けるんだよ」
棕矢は一度、手に持った紙の束に視線を落とした後、顔を上げると「分かりました」と頷いた。

「書き写した次は〝大切なもの〟が奪われないように、敢えて〝判りやすいところ〟に置いてくれ」
案の定、少年は矛盾する私の言葉に首を傾げた。
「奪われないようにするのに、判りやすいって、その…目立つところに置くんですか?」
「そうだ」
「……?」
即答する私に、少年は、ますます不思議そうにする。
「ダミーだよ」
「ダミー?」
「そう。これは、ダミーなんだ」
「ダミー…。あ! この〝原本〟は、どうしたんですか?」
「あれは、おじいちゃんが隠してきたんだ」
「隠したって…どこに?」
「それは、お前にも言えない」
「何で?!」
「棕矢。すまないな」
「…うん」
少年が、こぶしを握り締めて俯く。
「時が」
「え?」
「時が…訪れた時は、これが役に立つさ」
「…う、うん」

曖昧に頷くだけで、棕矢は、もう追究しようとはしなかった。
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