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一章 Nid=Argent・Renard
54 棕矢 ◆ Sohya カエッテキタ
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説明を聞き終えた僕は、「ひとりにさせてください」と頼んだ。
お祖父様は「わかってるさ」と言いたげに、困った様な、優しい様な表情で頷くと、静かに部屋から出て行った。
ベッドの上へ、背中から倒れる様にして寝転ぶ。
大きくて弾力あるベッドは、僕の身体を上下に揺する。
ふわふわ…ふわふわ…
……ああ。このまま、もう一度、寝ちゃおうかな。
今の状況を、まだ漠然としか捉えられていないし、恭と再会する事が出来た喜びは冷めていないのに、モヤモヤとする。ここ一ヶ月間の計画で、僕の努力と根気は、使い果たしたのだろうか。
「会えた時は、あんなに嬉しかったのにな…」
誰に言うでもなく呟いた。それから僕は、ごろごろと寝返りを打っていたが、結局、一階に下りる事にした。
部屋を出る。臙脂色の絨毯の床を少し歩くと、その先に同じ色の絨毯が敷かれた階段が在る。
大きな階段…それは「未知の世界に続く回廊」に思えた。普段は、こんな感想を抱いた事すら無かったのに…。
*
カウンターのある部屋に着く。
俯き加減のまま、黙って自分のカウンター席…恭の隣に座る。〝前〟と同じ様に、大好きな妹がすぐ隣に居ると言うのに、心はまだ複雑だった。
お祖父様とお祖母様が、心配そうな目でこっちを見ているのが分かった。
きっと、お祖母様は、既にお祖父様から全部、聞いているんだろうな…。
「お兄様」
急に恭が、僕の事を呼んだ。見ると、恭はそわそわと落ち着かない様子で、僕の反応を待っている。だから僕は、出来るだけ〝普段通り〟を装って「なあに?」と返す。と、妹は「待ってました!」とばかりに、にっこりして、カウンターの影から小袋を取り出した。
「じゃん!」
袋には、拙い字で〝おにいさまへ〟と書いてある。
「プレゼント」
それを、おずおずと両手で僕に差し出す。ほんのりと桃色になった頬と、上目遣いで見詰めて来る姿に「女の子って、ずるいな…」と思った。
僕が「有り難う」と受け取ると、恭は、ますます頬を赤らめて瞳を輝かせた。
「はい!」
睫毛が長くて、ぱっちりした可愛らしい〝碧と金の瞳〟が必然的に視界の中で強調される…
また、ズキッと胸が痛んだ…。
その時。僕の心を察したのか、何とも絶妙なタイミングで、お祖母様が口を開いた。
「さあ、お兄ちゃん! 袋の中を見て頂戴」と。
……あ、久し振り。「お兄ちゃん」って呼ばれるの。
単なる呼び名でなく恭が居るからこそ意味を成す呼称に、僕はちょっと感動を覚える。
「うん」
小袋の口を縛ってあった細いリボンを解いてゆく。よく見ると、袋の端にも同じリボンを束ねて作った、小さな花飾りが付いていた。
…袋の中身は、クッキーだった。
「おばあちゃんが焼いたのよ」
僕が中身を確認すると、お祖母様が嬉しそうに言う。そして「恭ちゃんが袋に詰めてくれたのよね?」と、恭に笑い掛けた。急に振られた恭は、ちょっと驚いた後、恥ずかしそうに小さく頷いた。
ふとお祖母様が、カウンターの下から、もう一個。僕と色違いの小袋を取り出す…「はい。恭ちゃんにもプレゼント」と、恭に手渡した。
恭にとっても、これはサプライズだった様で「わあっ」とか「ふふ」とか零しながら、凄く嬉しそうだ。
そんなやり取りを見ていたら、モヤモヤした気持ちも薄れていた。
むしろ、安心感の方が勝っている。
……そう。
「もう、前と同じ。恭は〝カエッテキタ〟んだ」
凄惨な日常から、在り来りで穏やかな日常に戻ったんだ。
お祖父様が、僕等の事を愉しそうに眺めていた。
お祖父様は「わかってるさ」と言いたげに、困った様な、優しい様な表情で頷くと、静かに部屋から出て行った。
ベッドの上へ、背中から倒れる様にして寝転ぶ。
大きくて弾力あるベッドは、僕の身体を上下に揺する。
ふわふわ…ふわふわ…
……ああ。このまま、もう一度、寝ちゃおうかな。
今の状況を、まだ漠然としか捉えられていないし、恭と再会する事が出来た喜びは冷めていないのに、モヤモヤとする。ここ一ヶ月間の計画で、僕の努力と根気は、使い果たしたのだろうか。
「会えた時は、あんなに嬉しかったのにな…」
誰に言うでもなく呟いた。それから僕は、ごろごろと寝返りを打っていたが、結局、一階に下りる事にした。
部屋を出る。臙脂色の絨毯の床を少し歩くと、その先に同じ色の絨毯が敷かれた階段が在る。
大きな階段…それは「未知の世界に続く回廊」に思えた。普段は、こんな感想を抱いた事すら無かったのに…。
*
カウンターのある部屋に着く。
俯き加減のまま、黙って自分のカウンター席…恭の隣に座る。〝前〟と同じ様に、大好きな妹がすぐ隣に居ると言うのに、心はまだ複雑だった。
お祖父様とお祖母様が、心配そうな目でこっちを見ているのが分かった。
きっと、お祖母様は、既にお祖父様から全部、聞いているんだろうな…。
「お兄様」
急に恭が、僕の事を呼んだ。見ると、恭はそわそわと落ち着かない様子で、僕の反応を待っている。だから僕は、出来るだけ〝普段通り〟を装って「なあに?」と返す。と、妹は「待ってました!」とばかりに、にっこりして、カウンターの影から小袋を取り出した。
「じゃん!」
袋には、拙い字で〝おにいさまへ〟と書いてある。
「プレゼント」
それを、おずおずと両手で僕に差し出す。ほんのりと桃色になった頬と、上目遣いで見詰めて来る姿に「女の子って、ずるいな…」と思った。
僕が「有り難う」と受け取ると、恭は、ますます頬を赤らめて瞳を輝かせた。
「はい!」
睫毛が長くて、ぱっちりした可愛らしい〝碧と金の瞳〟が必然的に視界の中で強調される…
また、ズキッと胸が痛んだ…。
その時。僕の心を察したのか、何とも絶妙なタイミングで、お祖母様が口を開いた。
「さあ、お兄ちゃん! 袋の中を見て頂戴」と。
……あ、久し振り。「お兄ちゃん」って呼ばれるの。
単なる呼び名でなく恭が居るからこそ意味を成す呼称に、僕はちょっと感動を覚える。
「うん」
小袋の口を縛ってあった細いリボンを解いてゆく。よく見ると、袋の端にも同じリボンを束ねて作った、小さな花飾りが付いていた。
…袋の中身は、クッキーだった。
「おばあちゃんが焼いたのよ」
僕が中身を確認すると、お祖母様が嬉しそうに言う。そして「恭ちゃんが袋に詰めてくれたのよね?」と、恭に笑い掛けた。急に振られた恭は、ちょっと驚いた後、恥ずかしそうに小さく頷いた。
ふとお祖母様が、カウンターの下から、もう一個。僕と色違いの小袋を取り出す…「はい。恭ちゃんにもプレゼント」と、恭に手渡した。
恭にとっても、これはサプライズだった様で「わあっ」とか「ふふ」とか零しながら、凄く嬉しそうだ。
そんなやり取りを見ていたら、モヤモヤした気持ちも薄れていた。
むしろ、安心感の方が勝っている。
……そう。
「もう、前と同じ。恭は〝カエッテキタ〟んだ」
凄惨な日常から、在り来りで穏やかな日常に戻ったんだ。
お祖父様が、僕等の事を愉しそうに眺めていた。
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