銀狐と宝石の街 〜禁忌のプロジェクトと神と術師の契約〜

百田 万夜子

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一章 Nid=Argent・Renard

45 棕矢 ◆ Sohya 儀式

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XX11年 9月

九月になった。
今夜こそは、本格的に〝本番の儀式〟を行うと、お祖父様と決めていたんだ。


   *


緊張するかと思っていたけれど、そこまでしていない。好都合だった。リラックスしていないと〝基礎〟だって始められないから。

仕事部屋に入ると、いつもの様に窓を開ける。
今夜の窓の向こうには、三日月をひっくり返した様な形をしたお月様。残念ながら満月じゃないけれど、月明かりが少しでも入ってくれば大丈夫…って、お祖父様じいさまが言っていたから、大丈夫なんだよな。雲が掛かっていなくて良かった。

もう慣れた暗い部屋に、お祖父様が結界を張る。今までよりも、少し強度を上げているらしい。大事な日だから。


先にお祖父様が用意したのだろう。床には、必要な物が、たくさん並べられていた。

・木の器
蝋燭ろうそく
・多種多様な鉱物
・術で清めたルナの地下水
・ルナの鉱物いし


結界を張り終えたお祖父様が、今度は蝋燭に火を点け、部屋の真ん中辺りに置いている。立ったままだった僕が「何か手伝いますか?」と訊くと「大丈夫だよ。棕矢そうやは蝋燭の傍に座って居てくれ」と、返ってきた。
たくさんの鉱物が入った籠を持ち上げる、お祖父様を横目に蝋燭と向かい合う形で座る。

お祖父様が、僕の周りに鉱物を並べ始めた。
最初は、僕から1メートルくらい離れた床に。それが終わると、更に、もう少し外側にも同じ様に置いてゆく。鉱物の種類や大きさに、順番が決まっている訳ではないみたいだ。色も形も、大きさも、皆違う…


 *


暫くして。準備が整った。
部屋全体に、鉱物の力がうごめいている。流れる様な、漂う様な、重い様な…ここに在る、それぞれの鉱物達の息吹を感じる。それ等で出来た二重のに囲まれて、どこかの遺産や歴史的な儀式みたいだと思った。
今、僕の前の床には木で出来た器が置かれている。
古めかしいのは、お祖父様より、もっと前の御先祖様から、ずっと使い続けているからだそうだ。器の中は、まだ空っぽ。

「これから、この中に清めた水と、数種類の鉱物を入れていく」と、お祖父様が言った。でも、僕が「ある特定の鉱物いしに意識が向かない様に」って…何を使うのかは、教えてくれなかった。

「今から、おじいちゃんが言った通りの事をするんだよ」

優しい笑みで、お祖父様が言う。僕は頷く。お祖父様が一呼吸吐く…。

「よし。やってみよう」

「はい」

まず。いつもと同じく〝基礎〟から。つまり、精神統一。
目を閉じて集中する。


何だか、普段より研ぎ澄まされている気がする。
僕の呼吸が一定の深さで、一定の速さで繰り返す。
物音ひとつしないのが不気味だったが、お蔭でリラックス出来る。

少しして。

カタ

小さな音の直後、水の揺れる音がした。

……お祖父様が、器に水を注いでいる音。
心が落ち着き過ぎている僕は、驚きもしなかった。

「両手を出して」

言われるままに、手を前に差し出す。
ごつごつした、お祖父様の手が僕の手に触れる。僕のてのひらを上に向け、そのまま両手をくっ付ける。両手で水をすくう時みたいに…。
と、手の上に、小さくて、ひんやりとした物が乗せられた。

……あ。きっと、ルナの鉱物。

「そのまま器に、手を入れて」

僕は、意識を乱さない様に注意しながら、ゆっくりと〝手と鉱物〟を下に降ろしてゆく。

……冷たい。
無事、れる事なく、器の水に手の甲が触れた様だ。

「水に手、全体を浸して」

水中に、僕の両手と鉱物が呑み込まれていく。本当に、湧き出て来たばかりの水みたいに冷たくて…一瞬、本で読んだ事のある「みそぎみたいだ」と思った。

「もう一度〝基礎〟…焦るなよ」

『ここが一番肝心な工程だからな』と言う感情が伝わって来る声音だった。

……お祖父様との願いを。計画プロジェクトを成功させるって決めたんだ。

それに応えよう。

「…………」

心の奥底から込み上げて来る、強い感情。
僕の精一杯の…最大限の気持ち。
それが、こうやって何日、考えても…何度、想っても。
変わる事は無い。


……大切な、愛しい妹を、僕は一生想い続ける事が出来る。

つうっ…と温かいしずくが頬を流れた。
水の中。それを、両手で受け止める。

零さない様に…
僕のに〝僕の想い〟と〝かけがえのない記憶〟をすくい取る…溜めてゆく。


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