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一章 Nid=Argent・Renard

31 祖父 □ grandfather 〝あの本〟と〝存在創造計画〟

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六月の末。
私達は、恭が居ない現実と少しずつ向き合い始め、心の整理を付けつつあった。


しかし。棕矢そうやだけが未だに、大半を受け入れ切れない様子だった。
昼間、私達の前では、前と変わらず、明るくて誠実な兄のままで居てくれている。
でも…夜、彼ひとりの時間になってしまえば、部屋にもって、声を殺しながら、泣いているのだ。静かなやかたの中ゆえ、声を殺しても、嗚咽はどうしても部屋の外に漏れてしまう。


……きっと今は、棕矢が一番、苦しんでいるのだ。


妻は、そんな彼の声を聞く度「お兄ちゃん…大丈夫かしら…」と、とても悲しそうな顔をする。だから私も、不安そうな二人の姿に心苦しくなるばかりだった…。


こんな事が〝また起こるなんて〟


それを、十歳ばかりの少年に受け入れろ、だなんて。
酷過ぎるのは、私達も解っているんだ。


  ***


そんなある日、私と妻はこんな話をしていた。

「なあ、私達は〝あの本〟を、また開かなければ、ならないのだろうか…」

「でも。上手くいくのでしょうか…」

「けれど、このまま何もしないなんて…」

「そうかも知れませんが…」

「これじゃあ、息子の時と同じだ」

私が言うと、妻は黙ってしまった。少し強く言い過ぎただろうか。



〝あの本〟

それは〝鉱物〟と〝工匠わたしたちの技術〟を用いて…
新しい存在カタチを創造する計画プロジェクトを記録したものだった。


しかし
その本は〝未完成〟だった。

つまり、その計画も〝未完成〟のまま。

そう。
私は、この計画を再開しようと考えたのだ。
大切なものが欠けてから。
私は〝禁忌の計画プロジェクト〟を進めていた。

それは…
存在創造計画カタチそうぞうプロジェクト

つまりは、無から有を生み出す。


   *


私が継いだ、この技術と様々な鉱物を用いて…どうにかして〝何か〟を生み出せないものか、と考えていたのだ。
こんな技術を操れるのだから、何か奇跡を起こせる筈だ! と。
今思えば、実に無謀だった。ただ、その時は自信過剰だったのか、それこそ空回りで自棄やけになっていたからなのか。私は狂った様に毎日毎日、研究していた。
仕事部屋に籠もり〝あの時の息子〟の様に、私にしか解けない結界を張り…妻を無理矢理、納得させて……本当に、妻には悪い事をした。


でも、私は後悔していない。
いや。あの時は、後悔する余裕すら無かったのかも知れない。

息子夫婦が逝ってしまってから、少しして。
私と妻は、棕矢そうやに、ゆっくりと噛み砕いて〝現実いま〟を説明した。
始めはきょとんとしていた顔が、次第に強張り、複雑な表情となってゆくのを見るのは、とても辛かった。
私が何か一言を発する度に、棕矢の碧い無垢な瞳が濁ってゆく気がして…罪悪感が物凄くて…話し終えた時、私達三人の顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。
私達の嗚咽が聞こえたのか、少し離れた所に寝かせていた恭までもが泣いていた。
妻が涙を拭き、あやしに行く。この時「子を持ったははは、本当に強いな…」と痛感したのを、はっきりと覚えている。


  *


その晩、妻と息子達の話をした。
懐かしい話も、馬鹿話も、困ったところも、良いところも…色々な話をした。
ぼんやりとした微睡まどろみの中で、二人の面影を思い出し、語るのは幸せだった。

話の途中。
「棕矢と恭の為にも、今を乗り越えよう」と。
現実いまがどんなに辛くても、あの子達は、ちゃんと育てていこう」と、私と妻は誓った。

そして、妻が眠ってしまうと、私も目を閉じ眠りに就いた。


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