銀狐と宝石の街 〜禁忌のプロジェクトと神と術師の契約〜

〇章 招かれる

01 惺 ◇ AKIRA タイムリミット

〔21:00〕
十一月。夜風が冷え冷えとしている。吐息が白い。
辺りは真っ暗で。どこか哀しくて。
遠くの方に、微かな灯りが、ぼうっと見える事が救いだった。
〝目的地〟までは、指定された番地を見る限り、だいぶ離れているのだろう。
だから、指定時刻の一時間前には孤児院いえを出る事にする。

「今まで…ありがとう」
僕は、薄暗い夜道に踏み出した。

　　　＊

〔21:29　タイムリミット.残り31m〕
やっと四番地まで来た。幸運な事に、ここまでは何事もなく、順調だ。
でも、ここから既にカウントダウンが始まっていたのだ。

「この調子なら、余裕を持って行け…」と、唐突に何かが飛んで来た。
しかも、後ろから。間一髪で避けたものの、それは服をかすめ、花弁の様な衣を一片ひとひら風に乗せた。そのまま身をひるがえしながら振り向くと〝それ〟は、軽く高らかな音ねを上げ転がっていった。

「やれやれ、刃物とは…」

苦笑しながら、目線だけをそちらに向ける。そこには、一〇センチくらいの短刀が月光を反射しながら厚顔無恥な姿で居座っていた。
その時、また背後に気配を感じ、反射的に振り向…いた先には、白いフード付きのマントを身にまとった者が、一人。見たところ、身長は一七〇センチくらいだろうか…。

「ああ…時間厳守、ってこういう事だったんだね」

直感だが、要は、このマントの人物という障害を越えて時間内に目的地まで辿り着かねばならない、という事なんだ。そんな事を考えていたら、マントの人物がこちらに向かって歩いて来た。
そして、おもむろに懐から先程と同じ短刀を取り出した。

「あれ…？ じゃあ、さっきの…」飛んで来た短刀は言うまでもなく、こいつの仕業か。目の前の人物は、刃を向けてゆっくりとした足付で歩み寄って来ている。そして何を思ったのか、急に飛び掛かって来た。驚きながらも、それをかわしながら少しでも先に進もうと、進行方向に身を運んで行く僕。かわしながら進む事くらいは、思ったよりも簡単なものなので、ひょいひょいと避けつつ腕時計をちらりと見やる。

〔21:32　タイムリミット.残り28m〕

不覚だった。時間は刻一刻と進んでいるのだ。

「すみません。僕、あなたとあまり長く、追い掛けっこしていられないんですよ」

取り敢えず、奴の持っている刃物があると面倒だ。そう思った瞬間には、既に身体の方が動いていた。擦れ違いざまに奴の手元を掴み、そのまま距離を計り、虚をつく。刃物を握っている手を封じたまま、腹部に一発お見舞してやった。
拳こぶしを受け、そのマントの人物は、いとも簡単に、うずくまる。
それにしても、反射的に手向かってしまうとは。我ながら快くないものですね…。

すると今度は、唐突に「ああ…やっぱり。あの子、近距離戦法だから」
少し間延びした、呑気な声が降って来た。
見上げると、身長が一六〇センチくらいの、同じ風貌ふうぼうの者が近くの建物の屋根に立っている。声音から女性だろうか。
その女が屋根の上を歩き出す。辺りが一気に無音になる。
何の音も聞こえない……
いや、そんな事は良い。今は時間が無いんだ。
そう己を鼓舞し、歩ほを速めた甲斐かいあってか、何とか二つ目の小路まで辿り着いていた。
それを見た女は、薄ら笑いを浮かべ、字のごとく見下ろして言う。

「あら、逃げるの？」と。
それから、彼女も懐に手をすべらせたかと思うと何かを取り出した。
そして、ひとつ。それが、乾いた音を立てる。一瞬、何事かと戸惑ったが、それはすぐに判った。威嚇いかく射撃。彼女が取り出したのは短銃だった。
気付くと、つい先程まで対峙たいじしていた者も微動だにせず、ぼう然としている。
……何だ、奴等は仲間じゃないのか？
と、女が冷たい笑みのまま、もうひとりを人差し指だけで手招きした。まあ、やっぱり共謀者ですよね。

それより…。
一刻も早く解放してくれないものか。心なしか段々、イライラしてきた。

〔21:36　タイムリミット.残り25m〕