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23歳・白露 ー愛しいひとたちー

3.手紙 -1-

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「夕人………。
少し、待ってて」


そう言い朝美は立ち上がると、静かにリビングの隣室の和居室へ繋がる襖をスラリと開けた。
端に置かれた、昔から貴重品などを収納するのに使われているローチェストの引き出しを開け、ある物を取り出す。



「これをーー……。」

目の前に腰を下ろし、静かに手渡した。



それは手紙だった。


真っ白な無地の封筒。
おもて面には小さく、達筆な文字で、




『相模 夕人 様』



と書かれている。


「……………」


夕人は受け取ったその封書をすぐに手前へとかえす。

      

そして差出人の欄を確認した瞬間、目を見開いた。





 『風間』






心臓が、まるで思い切り鷲掴みにされたようにドクンッ!と叫ぶ。







「これを……
ずっと、いつ渡すか迷っていたの。
夕人、あなたがあの事件を乗り越えられた時に、そう思えた時に読んで欲しかったから……」





あの忌まわしい事件からーーー…
もうじき、10年という月日が経とうというのに。


その名を目にしただけで、本当に自分でも驚くほどに、鮮明に、当時のことを思い出せてしまうのだ。






記憶とは、なんとむごいものなのだろう。


忘れたい事柄ほど、そう願えば願うほど、心の中に網根を張るように絡みつき、しがみついて離れなくて。

まるで刺青のように、身体の奥の奥、深層に刻まれているのだと思った。
負わされた心の傷跡は自らが望んだものではないにも関わらずずっと、つらい、と叫び続けている。


そしてまるでなにかにつよく押さえ捻られているかのように、ギリギリ、ジクジクと疼き出すのは、この線画のように左腕へ鋭く描かれた創傷。


人間とはなぜこうも、単純で、それでいて複雑で。


自分をこれまでに形成りあげてきた過去の出来事、それらにずっと、終わることなくただただ翻弄され続けてしまうのか。







「……………これ、……いつ………?」



夕人は少し震える声で、母の目を見て問いかける。


「夕人、あなたが、大学へ進学が決まって東京へ行ったーーそのあとよ。
あなたが18歳を迎え未成年ではなくなったことで、こういった、“被害者への接触”という行動が許されるとーーー…相手も考えたのかもしれない」





こんなものが存在していたなんて。まったく知らなかった、考えもしなかった。




自分を一方的に傷付け,この消えない心的外傷トラウマを植え付けた風間やつが、まさかあの事件の後に……

こんな風に、存在を証明する行動を取っていただなんて。


頭の中から抹消しようとしていた風間の、あの姿、顔立ち、声色が、蘇ってくる。



「相手の弁護士の方から送られてきたものだから、きちんと中身も確認できているわ。
迷ったけど、私も、お父さんも読ませてもらったからーーー…
夕人、今のあなたになら渡せると思ったの。
今のあなたなら、これを読んでもきっと、大丈夫だろうと」




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