アイオライト・カンヴァス 【下】【前編完結済み】

オガタカイ

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23歳・白露 ー愛しいひとたちー

2.母と子

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「…………」

突然やってきた嵐がすぐさま去っていったように一気に静まり返る部屋。


リビングに二人きりとなった夕人と、母・朝美。

夕人はただ黙っていた。
言葉を探しているのではない。

この限られた母との二人だけの時間に、伝えなければいけない言葉を選んでいたからだ。


沢山ありすぎて、うまく纏められるか…そもそも口にできるのかすらわからない。
もどかしくて、喉が詰まり声が出せなくなる。



「……夕人。」

先に口を開いた朝美。
目線を上げる。

「………お茶、お代わりする?」

ティーカップの中の少なくなった赤橙色の液溜りを見つめる。


母が淹れてくれた、オーガニックアップルティー。

自分しか飲まない筈の、この珍しい海外メーカーの紅茶の茶葉。
中学生だったか、高校生だったか……思い出せないほど昔に。
土産で貰ったものを飲んで、“これ、美味しいね”と珍しく気に入った素振りを見せた記憶。

それ以来、そのアップルティーの茶葉は常にこの家に在った。

それは、母がいつも取り寄せて購入してくれていたのだと、家を出てからやっとわかる。

どの店に行っても珈琲・紅茶の棚にそれが陳列されているのを見つけられることは無かった。


そして今も。
いつでも帰って来れるように。

お気に入りの紅茶を飲み安心するひとときを過ごせるよう……
常備してくれていた。

当たり前のように感じていた、そんな気遣い、優しさが……胸を締め付ける。



「ううん。大丈夫。
あの………母さん。
ーーー……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」


「ずっと、帰らなかったこと。
いろんなことを話さずに…大切なこと、相談もせずに。これまでずっと……」

「昔のことは…もういいじゃない。
………終わったことよ」
 


夕人は顔を上げ小さく深呼吸する。
真っ直ぐに母を見つめた。






「それだけ、…じゃないよ。
俺、…っ…ひとり、息子なのに…
……速生と、俺は……男、同士で……っ
け、結婚だって…っ……。
子供もっ………っく、
母さん達に、孫、の顔見せたりとかそんなのも……っ…で、出来ない……。
ご、ごめん、なさっ………ひっ…」

ーーーぎゅっ…


朝美は座ったまま夕人の身体を抱きしめた。

「…………っ……」

優しく、強く。


朝美の肩に涙の粒が落ち滲む。
そのずっと昔から知った何よりも落ち着く温かい香りが、とても心地よくて。
こんな風にこのひとの胸に抱かれるのは、いったいいつぶりなんだろう、と記憶を辿ろうとする。そして、想う。

ああ、昔から……産まれてからこれまでずっと…

離れていてもずっと変わることなく、まるで強く抱きしめられているかのように、愛されていたんだなぁと改めて実感する。



「バカねぇ。
私は、あなたのお母さんなんだから。
夕人の幸せが、私の幸せなのよ。
結婚や子供なんて…そんなことよりも何よりも一番。
夕人、あなたが幸せじゃなきゃ、意味ないでしょう?」

「…………っ…」


「私、本当は全部…わかってたの。
夕人、あなたの気持ち…ずっと前から何よりも誰よりも、あなたが速生くんに惹かれていたことも。
夕人が悩んで苦しんで、M美大へ進学することを決めて……。怖い思いをしたはずの東京へ、また一人で戻る決心をしたこと。
頑なにこっちへ帰ってくるのを拒んでいた理由わけも……本当は全部、わかってた。」


「…………」


「だけど私も、言えなかったの。
ごめんなさい……謝らないといけないのは私の方ね。
認めるのが怖かったの、あなた達の関係を。
速生くんが……体育大学ではなくC大へ進んだこと、早苗さんから聞いて……。
全部、わかってたわ。だけど早苗さんも何も言わなかった…全部わかっていて、理解した上で。ちゃんと我が子から、伝えてくれることを待っていた。
私も早苗さんも、同じ。同じ母親として……」


ゆっくりと身体を離し、赤い目を擦り朝美は笑顔を向けた。


「ありがとう、夕人。
こうして……帰って来てくれて。
速生くんと一緒に、元気な顔を見せてくれて。
それだけでお母さんは、十分幸せよ。」

「…………」

「ーーーだから、謝らなくていいから、一つだけ約束して。
絶対に、今からも幸せでいること。
速生くんに幸せにしてもらうんじゃないの、夕人、あなたが自分で幸せを見つけるの。
それに向かって少しずつでもいいから、努力をしていくの。
無理はしなくていいから、本当に少しずつ」

「………うん…」

「そうすれば、必ず……。
あなたなら大丈夫。
ーーだって、こんなにもあなたは愛されている。たくさんの人たちに……支えられているんだから」


「うん。………わかった…」





鼻を啜って、夕人も真っ直ぐ朝美の顔見つめる。




赤らんだ頬の上のその睫毛の奥。
自分の姿を映す瞳からは、





“あなたが私の息子で本当に良かった”




と、優しく温かく囁かれているような気がした。





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