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23歳・白露 ー愛しいひとたちー

2.家族 -5-

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「夕人。
あなたの口から何も言わなくていいの?
全部、速生くんに任せっきりで……本当にいいの?
あなたの気持ちは?
お母さん、まだ聞けてないわよ?」

「…………っ……」



夕人は一度目を伏せて俯いた。

数秒。
沈黙の後に、きゅ、と真剣な眼差しで前を向いた。
目の前に座る母、そして父の顔をしっかりと見る。




「母さん、父さん。
ごめんなさい、ずっと……今日まで帰らなくて。」




ーーーそうだ。本当は……


聞いて欲しいことは、たくさん。
言わないといけないことは、少しだけ。


上手く伝えられるかなんてわからなくても……

ここは、俺の実家いえなんだ。



母さん、父さん。

ごめんね、ちゃんと話すから……聞いて。




「5年前……。俺の勝手な思いで、速生を……振り回してしまったこと。速生の将来を変えてしまうような行動を取ったこと……
その大きな事実を受け止めきれなくて、責任を負う覚悟が無くて……。
ずっと、逃げていたんだ。
ーーー…だから、帰られなかった。」



すぐ横でまっすぐ前を見ながら心の内を口にする夕人を、速生は床に手をついたまま、屈んだままーー…見つめた。


その横顔に、その瞳に迷いは無く。
すべてを信じ、今目の前にあるものを慈しみ慕い見据えるその眼差しが、
これまでに見た中でおそらく一番。

凛として強く、美しく。なんて神々しいのだろうかと目を見張るほどだった。

なんという人間ひとに惚れてしまったのだろうと、いまここに居ることが信じられなくなるほどに。
ぶわりと身体の芯から鳥肌が立ち震えが起こり、涙が溢れそうになる。



「ずっと……考えてた。そのあいだ。
俺にとって、速生にとって。
お互いにとって何が正解で、いったいこれから先どうしていくべきなのか。
一番の道筋は、間違いの無い未来はどこにあるのか、って。
ーーーけど、そんなものはどこにも無かった。」


「…………」


一度だけ、左隣を見る。


 

速生。


何も言わなくてごめん。
ありがとう、うちに来てくれて。
仕事に寄るためっていうのを口実に、見たことない綺麗なスーツを着て来てくれて。
たくさん汗滲ませて…誠実な想いを、震えながらドキドキしながらもきちんと伝える姿を見せてくれて。



代弁なんて、出来るわけないよな。

この想いはーー……誰でもない、俺だけの物なんだから。

ごめん、速生。
ありがとう。













「ただはっきりわかったことは……俺には、速生が必要だってこと。
速生に沢山、数えきれないほど救われたんだ。
依存し合っているだけなのかもしれない。この関係が正しいものなのか?なんて、わからない。
ーーだけど、そんなこともう考えていられなくなるくらいに。
俺は、速生のことを愛しています」




瞳に涙が滲んでしまう。
ーーーダメだよ、まだ泣いちゃ……頑張れ。



「ーーーこれから先ずっと、彼と、生きていきたいと思っています。
だから、どうか許してください。
お願い、します………」




言い切って、潤んだ瞳で見上げる。



目の前にいる、ずっと……





生まれてからこれまでの二十三年間。



温かい手で優しく抱きしめ、時に怒り叱り。

共に喜び励まし、傷付き悲しんで。

か弱い身体を案じ不安を拭い取るよう、
まるで真っさらで柔らかな…おくるみで護るように。


温かい光で道標を照らし続け……導いてくれた。


たくさん心配をかけた。
本当に、ごめんなさい。


期待に応えられないことも多かった。


それでもずっと、支えて、愛してくれて……



本当にありがとう。



今誇りを持って、胸を張って言える。



母さん、父さん。
貴方たちの子供に生まれてーー…本当に良かった。



こうして生きて、
いまここに居られることを。




心から感謝します。


ありがとう。








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