アイオライト・カンヴァス 【下】【前編完結済み】

オガタカイ

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23歳・白露 ー愛しいひとたちー

2.緊張のドライブ -1-

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駅のロータリーから出て道路を制限速度内で走る、3人の乗った車。


窓の外を流れる景色、実に5年ぶりに目にする光景は、ほとんど変わったようには思えなくて……にも関わらず全くもって安心できないのは、初めて乗る高級車の真新しいシート、隣に座る速生の母、運転席の速生。

突然降ってきたようなこの状況にまったく心の準備も覚悟も出来ておらず、夕人はただただ、冷や汗をかきながら何を話せばいいのかと言葉を探した。


先に口を開いたのは早苗だった。


「……ね、夕人くん。大丈夫よ、そんな緊張しなくて。
さっきも言ったけど…私、お母さんね、もう全部知ってるの。
夕人くんと、ハヤ……速生が、東京でいま一緒に過ごしてることも、……二人が、だってことも」

「…………」


夕人の複雑そうな顔を、速生はミラー越しに見つめる。

そして直後に母、早苗の顔色をうかがうが、今までに見たことのないほどの柔らかい笑顔で夕人を見つめているその様子に、なんとも言えない感情が心を覆う。


前を走る車三台先の黄色信号を目に、速度を落とす。
自宅へ向かう直進方向の道路から逸れ右折専用道路へと停車し、「ふぅ、」と息をつく。


方向指示器の『カッチ、カッチ、カッチ……』という音が車内に静かに響いている。




「夕人くん。あなたが美大の進学が決まって東京に行ったあとーー…ハヤの変わりようったらなくてね?
もう暫くの間は、ほんと抜け殻。
魂抜けてたわよねぇ……あ、いや責めてるんじゃないの。
ーーそれぞれがきちんと自分の道を進んだわけだから、あなたたちが離れることになったのは、何もおかしいことじゃないわ」


夕人はただ黙って俯いている。
何を言えばいいのか、懺悔するべきなのか。

だけどきっと、いま目の前にいるこのとても優しく、頼もしく温かい、とてもよく似たふたりは……自分にそんなことを望んではいない、ということだけはわかる。

だから何も言えない。




「その頃から…いや、もっと前からかしら。何となくだけど…。
速生が、夕人くんのことを本当に心から想っているってこと…その想いが、ただの”隣家に住む同級生の友達”へ向かうものとは全く違っているってこと。
ーーーなんとなく、わかっていた気がするのよ」


早苗は少し涙ぐんで、続ける。

鼻の頭が赤くなっている。速生の泣き顔にそっくりだ。


「だってーー…夕人くん?
あなたはこんなにも速生のことを、大切に想ってくれてるでしょう。そのことがね、昔から。ずーっと前から、本当に毎日のように感じられたから。
何よりも速生本人から、大切に想い、想われているというのを感じていたから。
だから、すぐに受け入れられたわ。
貴方たちはきっと、一緒にいないとダメなんだろう、って。」

「………」



速生はゆっくりとハンドルを切り、見通しの良い道路へと車を走らせる。

アクセルを緩めたり強めたりと細かな足の動きから感じられるのは少しの動揺と感情の高ぶり。




ーーいまもしかしたら生まれて初めて、後ろにいるこの母と共鳴しているかもしれない、と思う。

いつも大雑把で、明るく、細かいことなど気にしないその早苗の性格。




ーーーどれほど助けられただろう。貴女に。


意地を張って黙って、心配かけてごめん。


俺のことを何よりも、誰よりも、理解してくれている貴女のことを、心から信頼しているよ。



ありがとう、母さん。




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