アイオライト・カンヴァス 【下】【前編完結済み】

23歳・立秋 ー混ざり合い､重なるー

2.営業マン・玖賀速生

『RRRRRR……RRRRRR………』


スマホの着信音が鳴り始めて、動きが止まる。
そして2人は同時に思う。


ーーーこのパターン知ってる……。


「…………は、速生……？」

「…………」


気づかないふりをしたまま、黙ったまま…速生は夕人の頬に口づけようとしたが、その鳴り続ける着信音は紛れもなく速生の会社名義のスマホ。


『RRRRRR………RRRRRR……』


「…呼んでるよ、速生………」

「………ーーーー」


夕人のその言葉に、はああぁぁぁーーーと深い深い重いため息をつくと、「ちょっと…ごめん…」と速生は立ち上がる。




身体が離され、夕人はなんとも言えない気持ちでしゃがみ込んだまま……

キャビネットの上で鳴り続けるスマホを悲しそうに悔しそうに掴みあげる速生を見つめた。



つくづく、間の悪い二人。


　

『RRRRRR……RRRRRR……』


速生は「ふぅ。」と一息つくと、きゅ、と切り替えたような顔つきになりスマホの画面をスライドする。


「はいっもしもし営業2課の玖賀です！
あっ、三葉書店さん～！お世話になっております！
……今ですか？いえいえ、大丈夫ですよ！
はい、はいーー…あぁ、コラボグッズの販促品の件ですね、え？あ、そのディスプレイについてはーーー…」


まるで突然別人が現れたのかと思えるほどの営業トークを炸裂させる速生に驚きながら、夕人はキッチンから中腰のまま様子を伺う。



ーーーなんか、すごいな……本当に営業マンって感じだ……。



その流暢な話し口を聞きながらじっと見つめていると，取引先と話しながらちらっとこちらを見る速生と目が合う。



申し訳なさそうに、悔しそうに、“ごめん。”と目で伝えてくる。









「はい！かしこまりました、では…次回の時にご一緒に確認を…えっ？こ、これからですか？
あぁ……は、はい！では、本日出社してる者にぃーー…あっ、僕の方がいいですか？
あ～～～………。
………いえ！はい、大丈夫です………。
ええ、はい。
これから伺いますね………」



ーーー負けたっぽいな……。



ショボンと垂れ下がった犬の耳が見えてくるほどの、速生の残念そうな後ろ姿。

電話を切ると、がくっ……と俯く。




「ーーーごめん。ちょっと……行かないといけなくなった……。
もうやだ……、まだ会えて10分とかなのに」


泣きそうな顔でそう言う速生に、夕人は「仕方ないよ」と言うと、立ち上がる。



「速生、あのさ。
俺、夕方からはちょっと仕事の打ち合わせで約束があるから出ないといけないけど…それまでは何もないからーー…待ってるよ。
だから行ってこいよ、ちゃんと待ってるから」


不安そうな表情の速生に、言い聞かせる。


勝手に帰ったりしないから、大丈夫だよ、と。


その言葉に申し訳なさそうに頷くと，速生は服を脱いで壁に掛けたワイシャツに着替え始める。





「はぁ……。ほんと、ごめん…。
うちにあるもの適当に何でも、使ってくれていいから。
なる早で帰ってくるから、だから待ってて。
…ごめんな、夕人」


速生はそう言って急足で玄関へ向かう。

革靴を履こうとしてピタッと立ち止まり，引き返してきた。



「え、何？なにか忘れーー…」



キッチンでキャリーケースの中身を出そうとしていた夕人が不思議そうに振り向くと、肩を掴まれる。




ーーーちゅっ…


唇に触れるだけの優しいキス。





「忘れるとこだった、いってきますの、キス」


そう言って、突然のキスに驚いて固まる夕人の顔をじっと見つめる。




「お、遅れるだろ…早く行けって、バカ」


「えへへ、新婚さんみたい。
じゃ、ごめん。ーーー行ってくるな」