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Ⅲ◆23歳・夏至 ー邂逅ー
3.知らないはずの部屋のなか -1-
しおりを挟む「ーーーー…ん……」
ーーー数分後。
夕人は薄らと目を開けた。
ほんの少しでも入眠したおかげか、ついさっきまでのくるくると目が回るようだった酒酔いがマシになったように感じつつ、ぼうっと考える。
ーーーあれ、ここって……どこだっけ……?
なんだか知っている香り…懐かしいような、とても、落ち着くーー………
ーーーーはっ
そうだ。
さっきまで、俺、速生と…食事をしていた。
それで、確か焼酎を一緒に飲んで…… それで……?
知らない寝心地のベッドの上。
ゆっくりと身体を起こし周りを見渡してみるが、頭がぼやっとしてしまい集中して考えられず……まるで記憶が頭の中から抜け落ちてしまってるようにところどころにしか思い出せない。
薄暗い部屋。
天井下の間接照明の灯りだけが青白く光っている。
ふと、その先ーー…
正面のベランダの大きな窓、レースカーテンの隙間から見える景色を眺めた。
ーーーザアアアアアアア……
大きな音を立てて絶えず降り頻る雨に、やっと、少しずつ。状況を把握し始めた。
ーーーここは、速生の、アパート……。
たしか、雨で電車が止まってて……それで、ここに来たんだ。
そうだ。
思い出したーーー……。
ーーーギシ……
ベッドから脚を下ろした瞬間に、くらりと目眩がするが、シーツの掛けられたマットレスの淵に手をつきなんとか踏ん張る。
ふぅ、と息を吐き、
立ち上がり、もう一度あたりを見渡す。
1DKの真新しい部屋。
自分が横たわっていた壁際のシングルベッドの前にはローテーブルが置かれ………
収納キャビネットの上には、開かれたままのノートパソコンと仕事のものだろうか、書類が乱雑に広がる。
壁掛けフックにはスーツとワイシャツが丁寧に掛けられていてーーー…。
本当に、営業職に就いた速生が、この部屋に住んでいるんだ…と自覚する。
ーーー速生は…………?
ふらつく足取りでキッチンの横を通り、玄関へと続く廊下のすぐ横。
脱衣所の扉の前。
ドアの向こう、その奥から、シャワーの音が聞こえる。
速生だ。
そして、少しずつ、酒の酔いが覚めてくるのと同時に、冷静に考え始めた。
ーーー俺、ここにいて………いいのか……?
このーーー、速生の香りしかしない、少し狭くて、片付いた部屋で。
どんな思いで、この部屋に居させてもらったらいいんだ?
ーーー速生がシャワーから上がったら……
ーーーどんな顔して、何を話せばいい?
5年前の、あの別れ際の出来事を思い出す。
今でも鮮明に思い出すことができるその、つらくまるで引き裂かれそうなほどに、苦い記憶。
それは、自分にとってではない。
速生がいったいどんな思いをしたのかなんて……想像もできない。
“関係ないだろ、ほっといてくれよ。”
“お前のことなんて、嫌いだ。”
“顔も見たくない。”
あの時自分が発した言葉。
速生を突然つき放して、切り捨てるような真似をしたことーー……
置き去りにして、いなくなって。
裏切ったこと。
それらは決して、許されるものではないはずだ。
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