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23歳・夏至 ー邂逅ー
2.“ペン屋のにいちゃん”
しおりを挟む駅隣のバーから15分ほど歩いた先の、少し込み入った人通りの少ない路地にその小料理屋は佇んでいた。
“小料理・和食”と書かれた暖簾がかかっていて、横には赤々とした提灯に灯りが点っている。
速生は入り口の戸をガララ…と横に開けた。
「いらっしゃい!ーーおっ、ペンヤのにいちゃんじゃねぇか」
「どうも。親父さん、空いてる?二人なんだけど……」
厨房へと続くカウンターの中、店主の年配男性が速生の姿を見るなり笑顔で招き入れる。
速生に続いて暖簾をくぐり中へ入った夕人は、店内を見渡した。
昔ながらの居酒屋兼小料理店といった雰囲気のあまり広くない店内は、週末金曜日ということもあってか仕事帰りのサラリーマンや、常連客で賑わっていた。
4つしかないテーブル席は満席で、色々な種類の焼酎、日本酒のボトルが置かれたカウンター席にも客が並んで座り、楽しそうに酒と料理を嗜んでいる。
「ふたり?珍しいなぁ。
ちょっと待ってな。ここの席、すぐ片付けるから二人並びで座ってもらっていいかい?
ーーーおーい、悪い!ここハケさせて!」
ついさっき空いたように見える一番端の2名分のカウンター席を、厨房の中にいる奥さんに片付けるよう頼む店主。
「………“ペンヤのにいちゃん”?」
夕人が速生の呼ばれ名を繰り返した。
ああ、と照れくさそうに笑うと、
「前に一度、親父さんから書いて消せるボールペンが欲しいって話をされた時があって。
うちで作ってる新商品のサンプルをあげたことがあるんだ。
それからずっと……“ペン屋のにいちゃん”」
「ははっ、ストレートだな」
夕人が小さく笑うと、店主が「お待たせ、どうぞ」、と片付いたカウンターに手招きする。
二人は席についた。
「先週ぶりだな、いらっしゃい。
かっこいい兄ちゃんも一緒で…よく来てくれたな。
今日はいいクロガレイが入ったから煮付けができるけど…どうだい?」
気さくな様子で話しかける店主の様子に、速生はうん、と頷く。
「じゃあ、それお通しで。あとは適当に頼みますよ。
ーーー夕人、ほらメニュー。」
好きなもの、頼んで。と手渡す。
「ーーあのさ。俺、さっきのビールでお腹張っちゃってて……。
任せるから、速生の好きなものとかおすすめ、頼んでもらっていい?」
夕人のその言葉に「わかった」と答えると、
肉じゃが、湯豆腐、ぶつぎりタコの生姜和え…と速生が注文をする。
わりとおなかに優しそうなメニューのチョイスに、もしかして、あまり胃の調子が良くないことがバレてるのか?と思う。
相変わらずの速生から感じる気遣い、優しさに、調子が狂いそうだ。と内心思いながら、並々に注がれたコップの冷水を口に含む。
「ここさ、和食が美味しいんだよ。魚も新鮮だし……肉じゃがとか、すごいおすすめ」
「へぇ……よく来るんだ?」
「ああ、うん。最近はちょっと忙しくて、なかなか来れてなかったけど。
多い時は週3くらいかな」
「ーーーそっか…」
“近くに住んでるの?”
“なんで今の会社に?転勤で東京に?”
“普段どんなことして過ごしてる?”
“あれからーーー…5年間、どうしてた?”
聞きたいことが、多くて。
知りたいことが沢山ありすぎて。
速生のことをもっと聞きたい、教えて欲しい。
速生のこれまでの生活、いま、いったいどんな風に過ごしていて、誰と、何を共有して。
聞きたい。けど、何ならば訊いてもいいのか。
わからなくて、喉が詰まるように、声が出せなくなる。
当たり障りのない質問を探すが、なかなか見つからない。
自制のきかない心に、欲に、嫌気がさしそうで………。
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