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23歳・夏至 ー邂逅ー
2.cocktail of words“MOJITO”
しおりを挟むーーーガタタッ
隣の席の椅子が引かれる音にびく、と身体を震わせた。
ゆっくり、恐る恐る、左隣に視線をうつす。
「ーーーお待たせ。ごめん、少し遅れた」
ーーードクンッ
そこにいたのは、紛れもなく、あの速生だった。
昼間、外の横断歩道で会った時と同じスーツ姿の速生は、落ち着いて改めて見るとやたらと大人びて見えてーーー……。
少し茶色みを帯びた髪はサイド分けでセットされていて、カウンターに置かれた腕、スーツの袖から覗く左手首にはクロノグラフの腕時計がはめられていた。
そのすべてからは清潔感を感じ、
大人びた、スーツを着こなす、社会に溶け込んだ……なんだか少しだけ、別人のような速生。
じっと凝視はできなくて、視界の隅に入る程度にしか容姿の確認ができず、とてももどかしい。
「………夕人。
何飲んでんの?………ビール?」
突然名前を呼ばれ一瞬驚くが、静かにうん、とだけ答えた。なかなか顔が見れない。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「あ、じゃあーーー…ジン・ライム、
あ、いややっぱり……こっち。モヒートで」
「かしこまりました」
「…………………」
何か、話さないと。沈黙が痛い、何か……
「夕人も、酒飲むんだな…………」
「ーーーーえ?あ、ああ………。
あんま、強くないけど。
やっぱり飲まないといけないこと、多くて……」
ビールだけでもなんとか飲めるように訓練したんだ、という言葉を隠した。
「へぇ………そっか………
ーーーーーーー元気?」
速生が、静かに問いかけた。
そしてちら、と夕人の横顔に目をやる。
ゴブレットグラスの下の汗をかいたコースターをじっと見つめて、ただ、言葉を探す夕人。
「ーーーうん。まあ………。ほどほどに。
速生、は…………?」
5年ぶりに、口にしたこの名前。
絶対に二度と口にしてはいけないと、固く閉ざしていたはずがーー…
また、呼ぶことを許される時が来るなんて。
「まあ、ぼちぼち………かな?」
「ーーーモヒートです」
速生の目の前に、タンブラーグラスに入れられたカクテルが置かれる。
ミントとライムが浮かぶ綺麗な緑色と透明の液体に、カウンター上のペンダントライトの灯りが反射してきら、と光った。
眩しくて、余計に視線を横に移せない。
「………あの」「あのさ………」
声がかぶる。
懐かしい情景に夕人は胸の奥がズキ、と痛んだ。
そんな小さなことですら、恐ろしいくらいに思い出せる、あの頃の記憶。
「あ………っ……なに……?」
「うん………いや。
昼間、夕人ーー…あそこで何してたのかなって。今日、平日だろ?休み?」
少しずつ少しずつ、核心をつかないよう、探りながら。速生は話を続ける。
「あーーーうん、ちょっと……仕事の関係の買い物と下見してて、そのあと、まあ、いろいろ……。」
なぜか、答えづらくて。
今の自分の身の上の話をするのが躊躇われてしまうのはーー…いま、少しでも、充実した日々を過ごしているなどと思われたくないという思いからだろうか。
「へぇ……そっか…」
「速生……は?
今日、仕事……って言ってたけどーーー…
なんでいま、東京に…………?」
「あ、ああ。そうそう…。それはさ…」
速生は背広の内ポケットから銀色の薄いケースを取り出すと、中からある物を取り出し、カウンターの上に置いた。
「ーーーここに勤めてるんだ。ここの本社。それが、東京だから」
”株式会社ペンタル 量販営業部 営業2課
玖賀 速生”
ーーー…名刺。
会社名を見た瞬間、夕人は「えっ」と驚く。
「………って超大手じゃん…。
これって、あの文具メーカーだよな?
速生、ここの営業?しかも本社で?マジで?
すげぇじゃん!」
思わず声を上げてしまい、はっとした夕人は、
「……あっ、いや、うん……。ほんと、すごいよ……」
と落ち着いたテンションで言い直す。
驚きのあまり、大きな声で馬鹿みたいな言い方をしてしまった。
まるで、5年前のーー…高校生の頃のような気持ちで。
速生はその夕人の様子を見て思わず、ふっと吹き出した。
「……ははっ。
すげぇだろ?……もっと褒めてよ」
ーーー笑ってる。
困ったように、少しだけ笑った速生の顔を見て、胸がきゅうっと締め付けられる。
同時に、ものすごく動揺してしまいまた目を逸らした。
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