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23歳・夏至 ー邂逅ー
2.約束の時間
しおりを挟む速生に言われた約束の時間の、7時。
それまでの時間を夕人は、マンションへと帰宅することもできずどう過ごせばいいか考えた結果、待ち合わせの場所の道路を挟み向かいにある本屋に立ち寄って、時間を潰した。
ガラス張りの店内から何度も、真向かいのバーの入り口を眺めては、腕時計を確認する。
さして興味も無いファッション雑誌や、”NO.1人気”と見出しのディスプレイが貼られ平置きされている新刊小説に目を通してみたりした。
正直、どの本を開いても全くと言っていいほど内容が頭に入ってこず、ただ文字の羅列に目を落としているだけで、ずっと、心ここに在らず状態で。
こんなにも、時間を永く感じたことはあっただろうか。
“来るまで待ってるから”
“絶対だぞ”
速生は、そう言った。
ーーーそうでも言わないと、俺は来ないと思ったんだろうか。
そうまでして、俺と、話をしたいと思ったんだろうか?
何の話を?今更、いったいーー…
ーーーやっぱり、帰ろうか。
見なかったことにしてしまおうか?
その方が…きっとお互いのためにも……
いや、だけど。
延々とそんなことを考えながら、結局。
本屋の店員に怪訝な顔をされながら……
長い長い待ち時間の末に、ようやく………
約束の、10分前。
夕人はバーの扉を押していた。
「いらっしゃいませ」
薄暗い店内。若い男性のバーテンダーが夕人に声をかける。
辺りを見渡すが、速生らしき人物は見当たらない。
といっても、まだ速生が来ていないことはわかっていた。
なんたって数時間、向かいの本屋から入り口を見続けていたのだから。
それはもう張り込み中の刑事さながら……。
「あとで、もう1人………連れが。」
それだけ言って、カウンター席の一番奥に座った。
言っておいて不安になってくる。
ーーー本当に、来るんだよな?
「何か頼まれますか?」
バーテンダーが夕人に問いかける。
「えー…と…、じゃあ…この、ピルスナー・ウルケルを。
グラスで……」
「かしこまりました」
普段こんな洒落たバーになんてまず縁のない夕人は、1人で席に座っていることにむず痒さを感じる。
店内はとても落ち着いた雰囲気だった。後ろのボックス席に座るカップルはカクテルを注文し、ゆったりと、静かに過ごしている。
まだ酒を嗜むには少し早い時間のためか… カウンター席には夕人一人だけだった。
「お待たせ致しました」
バーテンが夕人の前に、コルクコースターを置き、その上にゴブレットグラスを乗せた。
黄色く透き通ったクラフトビールが並々に注がれている。
とりあえず、一口だけ……。
泡の浮かぶピルスナーを口に含む。
ーーーもうすぐ、来るだろうか…
そわそわとやたらに落ち着かず、ついつい、グラスに手を持って行く。
舌にほのかな苦味を感じるそのビールは、おそらく、生まれて初めての味わう感覚で。
腕時計に目をやる。
7時を少しすぎたところだった。
一応、と、スマホを取り出し液晶画面にも目を落とす。
19:07……。
ーーー7時にこのバーって、言ったよな?
もしかして、聞き間違えた…?いや、確かにそう言ったはず。
まさか、7時って…朝の……?いやいや。そんな時間にこの店開いてないだろ。
ーーーあれは、本当に速生だったんだろうか?
もしかして、実はそっくりさんで…俺、何か、新手の勧誘にでも…いやいや…そんなわけ、だけど、もしかしてーーー
めちゃくちゃな思考回路で、ひたすらぐるぐると似たようなことばかり考えていた……その時。
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