169 / 189
23歳・夏至 ー邂逅ー
1.街へ
しおりを挟む翌朝。
夕人は支度をしてマンションを出た。
梅雨も終わりに近づき、久しぶりの晴れ間に夕人は空を見上げる。
湿気の伴う少し熱気を帯びた空気。
もし次に街へ出かける時は、帽子を身につけた方が良さそうだ。
マンションの最寄駅から電車で2駅、画材店近くの駅を降りた夕人は改札口から歩道へと降りる。
大勢の人たちが行き交う、都心の街並み。
普段取得しない余った有休を消化するのに、今日はちょうどいい日と思えた。
夕人の担当する美術科の授業が今日は休講ということで、たまたま、土日に絡めて三連休を取れることになったからだ。
本来なら忙しく働いているはずの平日の、しかも週末の金曜日に、こうして街を歩けるのはなんだか少し得をした気分になる。
駅から10分ほど歩いたところ、馴染みの画材店が見えてきた。
ーーーあれ……?
あの店、あんなだったか…?
その時、なんだかその外装が、普段の店のそれとは違うことに夕人は遠目から見て気が付いた。
建物全体にシートがかけられ、ガラス張りの入り口ドアには張り紙が貼られている。
“店舗移転のお知らせ”ーーーー。
「ええーー……、マジかよーーー…」
夕人は店の目の前で、思わず一人呟いた。
ここ最近、自分の使う画材道具はもっぱらネットショップで通販購入していたため、この店にはもう3ヶ月近く訪れておらず……
少し来ない間にそんな事になっていようとは思いもしなかった。
ーーー先に電話でもしとくべきだった…どうしよう……
せっかく電車でここまで来たのに…無駄足にするのも勿体無い。
夕人は店の入り口に貼られた案内に目を戻す。
そこには、移転先の住所が書いてあり、日程を確認するもリニューアルオープンもすでに済んでいる様子。
スマホのブラウザで検索をかけると、すぐに目的地がヒットした。
ーーーここからさらに5駅乗り継ぎ、徒歩15分。
「ーーーよし。」
夕人は顔を上げて、駅へと続く道を戻り始めた。
『次はーーー、N駅、N駅ですーー…お降りのお客様はーーー…』
夕人は目的の駅で電車を降りると、足早に改札口を出る。
朝よりも日差しが強くなりつつある、アスファルトの照り返しに少し目を細める。
普段まったく利用しない駅周辺、土地勘のない場所で少し不安に思いながらも、スマホのマップアプリを起動し、移転先の画材店までの道のりを案内してもらう。
「ーーーほんと、便利な世の中だ。」
歩きながらふと呟く。今の世の中ーー…この小さな画面さえあればなんだって出来るんだから…むしろできないことの方が少ないんじゃないか。
あたりをきょろきょろと見回しながら20分ほど歩いたところ、綺麗なガラス張りの二階建ての画材店が見えてきた。
ーーーここだ。良かった、ちゃんと辿り着けて…。
夕人は安堵の息を吐き、そのまだ真新しい建物内へと、自動ドアをくぐった。
綺麗な店内を見渡しながら歩く。
ひとまず自分の必要としていた画材を手にとり、右手に抱えた買い物カゴに入れた後、
肩に掛けたショルダーバッグからメモ帳とペンを取り出す。
ーーークロッキー帳と、6B鉛筆は、こっちの1ダース……あとは……
クロッキー会で必要になりそうな道具を探して、値札を確認してメモに書き込む。
ーーーその時だった。
応援ありがとうございます!
50
お気に入りに追加
157
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる